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善くも悪くも剣に善悪はない

主人公の死因を変更しました

 統一暦829年10月エルレーン・ヴァン・アルディボード卿総帥へ就任




 最も豪華かつ巨大な玉座の間にエルレーンがゆっくりと入ってくる。

 玉座へと続く階段を上り、少し広くなった場所で歩みを止め静かに跪いた。


「エルレーン・ヴァン・アルディボード。御身の前に参上奉りました」


 総帥の最後の見せ場を噛み締め、ベヒトルスハイム卿が低く落ち着いた声を上げる。


「面を上げよ」


 エルレーンはまだ頭を下げたままだ。


「面を上げよ」


 ゆっくりと顔を上げながらも父様と目を合わせることはない。

 その場にいる全ての者が厳粛な雰囲気に合わせた生真面目な顔をしている。叔父上でさえ、皆と同じように表情を引き締めていた。


「近こう寄れ」


 ゆっくりとエルレーンは立ち上がり、玉座へ続く階段の一番上から一つ下に座っていた俺の前を通り過ぎ、父様の前に跪き、剣を捧げる。


「私はこれより、妻を娶らず、土地を持たず、父とならず、我が全てを貴方に捧げます。

 常に背を守り、陛下の為に剣を振るうことをお許しいただけますか?」


 父様は剣を受け取る。


「我が忠実なる友よ。そなたはこれより我が剣となる。余の為にありとあらゆる敵を打ち砕くと誓うか?」

「誓います」

「ならば我が最強の剣として酒食を共にし、求めぬ奉仕を強いることはないと誓おう。世にある数多の神々とここにいる其方らが証人である。この者こそが栄誉ある王の楯(キングズガード)の総帥であり、最も名誉ある騎士だ」


 言い終えた途端、玉座の後ろにある水晶で出来た壁から力強い陽光が差した。二人の整った顔と相まって名画のような光景に、爆発のような歓声と、熱狂的な拍手が沸き起こる。


 この場にはほぼすべての貴族と王に忠誠を誓う高位の騎士、それに貴族が持つ高位の騎士のほとんどが詰めており、数にして優に千を超える。 

 その全員が普段の仮面を捨て、この時ばかりは最も名誉ある騎士の誕生を祝っていた。








  ○☆○☆○☆○☆○☆○



「お前気にしてるのか?」

「なにがですか?」


 数日前から始まった稽古だが、最早慣れたものだ。もちろん、上達したという意味ではない。

 俺の剣は無様にノルベルトに弾き飛ばされ、侍従が拾いに走っている。


「ありがとう」


 質問に答えず、差し出された剣を受け取った。大分ノルベルトとの距離感も掴めた気がする。


「なにがって」


 剣を構え、ノルベルトと向き合う。剣と言っても、模造剣を持ち上げることは気の後押しを受けても筋力的に不可能なのでただの木剣である。


「試練でお前を選んだ者が少なかったことだよ」

「気にしてませんよ。はい右、左、上、右」

「痛っ今右っていただろうが」

「それを真剣でも言えますか?」

「やっぱり気にしてるだろ」

「気にしてません!はい下、右、上今度は殿下が打ち込んでください」


 比較的大柄かつ筋肉質な成人男性にどこから打ち込めと言うのか。

 とはいえ、やるしかないので取り敢えずノルベルトの木剣に自分の木剣を叩きつけ、後悔した。

 巨岩を殴りつけたかのような感触と、腕の痺れが伝わる。


 だが、こちとら一度挽肉にされたことのある男だ。多少腕が痺れようが問題にもならない。


 そのまま距離を詰めるが、手首に少し痛みが走る。

 右手首にノルベルトの木剣が添えられていた。こうも手加減されると、一周回って殺意が沸くのは”俺”の精神七不思議のひとつだ。


「もう一度やりましょう」

「わかった」


 そして、王子の塔の訓練場に再び木剣の打ち合う音が響く。










「今日はここまでとしましょう」


 疲労困憊な俺とは対照的に汗ひとつかいていないノルベルトが、倒れた俺を起こして言った。


「剣ばかりで良いのか?」


 馬術だのなんだのやると言っていたのに、少し拍子抜けだ。

 とはいえ、それも初日だけのこと今は惰性で聞いているだけだ。


「馬術も槍ももう少し大きくなられてからの方がなにかと都合がよろしいのです」

「そういうものか」


 どちらともやったことのない身としてはそうかとしか言いようがない。多分そういう物なのでだろう。 

 音もなく近づいてきた侍従に汗を拭われつつ、俺はそんなことを考える。自分としてはかなり真剣にやっているつもりだ。

 つまりの部分が情けない気がしなくもないが、剣術はかなり重要視している。結局、どのような部下を集めようと、最後に頼れるのは自分一人だ。それが厳然たる事実である。


「お時間でございます」

「わかった。行こう」


 語学だの、歴史だのは面倒くさいが仕方がない。真面目に受ければ周囲の心証も良くなるし、役に立つことも多い。



 王の楯や侍従をぞろぞろと引き連れ、自分の部屋へ向かう。


「こんにちは。良い日ですな殿下」

「ああ、よく晴れているな」


 教員となる学師に軽く挨拶し、机に向かう。


「で、今日はなにをやるんだ?」


 机に置かれた本を見つつも最後の抵抗をするフリをする。

 今日も今日とて、エルツ語だろう。エルツとは、その昔中央大陸のほとんどを支配した巨大な帝国のことだ。

 それが二つに分裂し、さらに三つに分裂し、そこから様々なゴタゴタがありもう一つ欠けが出て今に至る。

 我かがヴェルハン王家はその流れを汲む大陸有数の名家であり、エルツ帝室の系譜にあり、いまだ隆盛である唯一の国だ。

 それには色々と訳がある。まず大帝国が、”奈落の王”の攻撃により力を失い、分裂と融合を繰り返しさらに力を落とした。

 蛮族だの新興宗教だのと混乱が広がり、東側の旧大帝国の大部分が滅びてしまったそうだ。

 ちなみに大帝国の中央に位置する平原で生まれた”奈落の王”は帝都を灰にしたものの敗死したらしい。

 詳しいことは知らされていない。


 閑話休題(どうでもいいな)


 ともかく、言いたいのは真面目に勉強しつつ、勉強したがっているという異常性を知られないこと。知りたくはあるが、死にたくないんでね。


「さて、では始めましょう」





  ○☆○☆○☆○☆○☆○





 第一王子に昼が来た!



 どこかのサラリーで生きるマンの昼食を報道する番組のようだが気にするな。


 今世の昼食はある一点を除けば最高である。豪華な食事にお抱えの楽団による演奏、丁寧な給仕これを前世でやろうと思ったら居酒屋のバイトである俺の年収でも無理だろう。


 問題はこれだ。じっとこちらを見つめるバルバトスに目をやり小さくため息をつく。

 食べにくい。昼食を食べる時までずっと見られている。

 ただ見られているならまだ耐えられるのだが、バルバトスは俺のマナーに少しでも問題があると判断すれば一回ごとに数分間マナーの講義を始める。これがかなりつらい。

 二十五年近く庶民として暮らしてきた日本人に宮廷で通じるマナーを学べと言われても難しい。これはそれこそ離乳食から卒業した頃から言われているのだがどうして直しがたい癖があり、一食に一回は小言をもらっている。


 和やかに話す父様と母様や、異様な速度で口に入れながらもお淑やかな姉様もマナーは完璧である。

 今回ばかりは前世が足を引っ張る形だ。


 進み出たバルバトスを見て肩を落とす。

 さあ、楽しい楽しいお説教の始まりだ。





 ようやく説教が終わり、食事を続けられるようになると、もう皆は終わりかけていた。


「なかなか直らないのねルディ」


 姉様の呆れたような声に情けない声で返す。


「苦手なんだよ。こういう面倒なのは」

「それでも必要だぞ。ルディ」


 父様まで言ってきた。


「わかってるよ。けど」

「大丈夫よルディ。クリスだって最初はできなかったのだから」


 母様が宥めるように言う。ちょっと待て、それマジ?


「本当ですか母様?」

「ちょっと母様!」


 姉様が少し焦っているようだ。


「そうよ。弟にかっこいい姉だと思われるんだ、て」


 ほ、本当に?


「姉様、そうなんですか?」

「なによ?悪い」


 開き直った姉様に最高の言葉を差し上げる。


「姉様照れちゃって可愛いー」


 蹴られた。解せぬ。


 ○☆○☆○☆○☆○☆○





「これはこれはエレオノーラ殿」


 昼食で得たストレスを発散させようと宮殿を散歩していると面倒な相手と会った“僕”の部分がたじろぎ。

 即座に悪辣な現代人”俺”の意識が強くなる。


「第一王子殿下」


 俺の義母であり父の第二夫人である女に会ってしまった。

 難しい相手だ。彼女はあまり母と仲が良くないので、素直に俺の即位を歓迎するとは考えにくい。いずれ殺すかも知れないし、殺されるかも知れない女だ。どちらにせよ会いたくない相手であることには変わりない。


 じっと見つめ合う。先に礼をするような愚は犯さない。

 偏見かも知れないが、こういう異常に派手派手しい女は一度格下認定すると永遠に変えないし、格上はなにをしてでも蹴落とそうとする。


 即位だけを考えるならばさっさと殺した方が得であるが、父からすればエレオノーラの生家であるハルクウルド家の助力も欲しいのだろう。小物の始末で父の不興を買っても困る。


 少しの間がすぎる。俺の護衛が殺気立ち、向こうの護衛が困り果てるには十分な時間だった。エレオノーラがマナー通りの礼を怒りを滲ませながら行う。

 こちらも会釈で返した。あまりに軽い礼に再び怒りを滲ませるが、こちとら正妃の第一子であり唯一の男児だ。王の楯は王命の次にその場で継承権の高いものの命を優先するので、ここで俺に怒鳴り散らしても死ぬのはエレオノーラだ。だからこそ、彼女は怒りを滲ませながらも、行動には移さない。移せない。

 所詮小物である。だがしかし、家名とは角も偉大である。油断は禁物だ。


 そのまま優雅に歩き去り、ようやく部屋についた俺は自分のベッドに飛び込んだ。この時ばかりはバルドルトも許してくれた。この程度の修羅場現代社会の生んだ闇と神に讃え?られた”俺”にとって大したことはないが、”僕”は生まれてこの方殺意を向けられたことはほとんどない。


 その日は、いつもより長く昼寝をした。



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