講義再開のお知らせ
ノルベルトは丁寧辺りを見渡す。現在も彼の一隊は進行中である。
重装歩兵達が油断なく盾を構え、馬車がゆっくりと進む。勝利条件は二つ。主催者であるるルドルフ殿下をゴールに届けるか、制限時間を乗り切ること。攻撃を受けていない間の停止は認められない。
王の楯の構成員は百五十人足らず。年代も階級もバラバラであり、共通するのは優れた資質と忠誠、たったそれだけだ。
そのため、友人を作るのにはかなり苦労する。三人に一人が友人を作るのに否定的なので同年代の友人ができるのとはほとんどない。
そんな中にあって。エルレーン・ヴァン・アルディボードは貴重な友人だ。
王の楯はその職務の特性上友人を作りたがらない。一々素性を確認する必要がある上に確認しても本当に信用できるかわからないからだ。入隊する前の友人ともあまり連絡を取ろうとしない。同じ娼館には通わず、家で出来る趣味を作る。
だからこそ、詮索の必要性が薄い同僚とは濃く付き合っている。
エルレーンのことならなんでも知っているとまではいかないが、こういう時に何をするかは見当がつく。
あいつは慎重で奇策を用いず常に正道を行く。慎重さ故圧倒的な勝利とは縁が薄いが負けはより経験がない。
苦手な敵だ。それでも、攻める側ならそれなりにやりようはあるし、せめて事前にこの場所に細工することが可能ならもう少しやりようがあるんだが・・・・
こんもりと盛り上がった丘が見えてきた。
この辺りは道幅が広く、数の利を生かしやすい。
予想通り、丘にはエルレーンの隊がいた。
「構え!」
号令をかけて重装の歩兵達が槍を構える。
こういう時に騎兵というのはあまり適さない。重装歩兵が最適だ。
盾の間から槍が突き出し、徐々に馬車を後退させる。
が、それをわざわざ待ってやる必要はないと騎馬が進む。余裕を持って側面から回り込むつもりか、合図を出して馬車に張り付くような縦長の陣形を組ませ更に後退した。
来る‼︎
戦士としての勘を頼りに槍を突き出した。が、エルレーンの盾に払われる。だがここで援護が入った。隣の者の槍が突き出され、エルレーンの馬が嘶いた。柄を脇に挟みエルレーンの騎士槍による刺突とんで来るが助走による補助のない騎士槍は精彩を欠き、余裕を持って弾き飛ばした。その勢いのまま押し切ろうとするが、文字通り横槍が入った、ノルベルトの部下のほとんどは武器に付けられた赤いインクでべったりと汚れており、数のバランスは崩壊している。
突き出された槍を掴むが、エルレーンの騎士槍が迫った。エルレーンの馬を盾にしてよけ、同時に馬を蹴り上げた。再び嘶き、暴れる哀れな馬に目もくれず、槍を手放し剣を抜いた騎士と向き合う。
数号火花を散らしながら打ち合うが自分の方が腕は上だろう。再び後ろから突き出された槍を踏んで抑え、模造剣を待つ腕を左手で肩から押さえ、剣を持った新手を蹴り飛ばす。正直、候補の中では一番剣術に自信がない自分がここまで出来たことが信じられないが中々上手くやった。
だが、馬から降りたエルレーンの姿を確認し、乱雑に槍と肩を離す。部下はほぼ全滅だ。くじ引きで来た十七人の内、戦えるのは二人、選んだ五人のうち三人が立っていた。
人数比は六対十三で、ほぼ半分だ。
槍を投げつけ、剣を抜き、手近な相手にかかりかかる。
振り下ろされた剣を弾いて腹を蹴り飛ばし、兜に守られた頭を叩きつける。
切りかかってきたエルレーンの剣に左腕の鎧の硬い部分を合わせ右に抜けつつ逆に切りつける。
だが、エルレーンが剣を合わせて突いてきた。躱せない。ギリギリまで逸らし、そのまま剣を振り下ろーーせない。エルレーンの後ろから槍が突き出され、右胸に赤く痕を残した。
ノルベルトは死んだことになったのだ。
膝をつく。左右を見渡してみれば最後一人が倒れたところだ。
馬車の扉に手をかけたエルレーンを見て内心でニヤリと笑う。
「やはりいらっしゃらないのか?」
エルレーンが言った。ノルベルトは笑みを顔に出す。
「守るべき方を死地に連れるわけには行かないからな」
「どこにいる?」
「機密事項だ」
殴りつけたくなる良い笑顔で、ノルベルトが言う。だが殴るよりも有効な攻撃手段をエルレーンは持っていた。
「いや、言う必要はないな」
「は?」
エルレーンの指を差す方向を見れば、馬に乗った殿下が見えた。
「お前が俺を良く知っているように、俺もお前を知っている」
エルレーンはノルベルトの方を叩き、舌を出した。
「なんでわかった?」
「機密事項だ」
「おい」
「冗談だよ。まあ、あのルールを見た時からお前がやりそうな手だと思ったさ。この試練の性質上どうかと思うがな?」
エルレーンは肩を竦める。
「次は俺対ターナーだ。応援してくれよ。お前を負かせた男を」
ハハハと、乾いた笑いが広がる。ノルベルトにとってエルレーンは貴重な友人であり、殴りつけるべきライバルだ。
○☆○☆○☆○☆○☆○
「殿下申し訳ございません!」
再び深く頭を下げたザイフリートに苦笑を浮かべる。
「別に怒ってないぞ」
嘘である。四歳児に森を歩かせるか?普通。
「まあ、特異な手段ではあったが」
いや、護衛の腕を競う時に護衛対象をふたりで歩かせるとか正気じゃねぇ。ただ、口には出さないが。
「バルドルトもいたしな。それにしても、面白い男だなあの者」
「ただ悪知恵が働くだけにございます」
これは本気である。だがそれでも中々お面白い男であることには変わりない。
「なにゆえああも偏屈なのか気になるくらいだ」
「左様にございます」
「あの者腕は立つのか?」
「王の楯の中でも指折り…とまでは行きませんがそらなりに出来ますぞ王弟殿下」
ようやくザイフリートが頭を上げた。
「あのように捻くれてはいますが、奴の観察眼と危険感知能力は私も他の候補者の二人も敵わないでしょう」
「護衛としては稀有な資質ではないか」
二人の話も聞きながらぼんやりと考える。
アーベライが指南役になるのは勘弁してほしい。
○☆○☆○☆○☆○☆○
「今を持って記念すべき第二十五回試練を終了する。王と神々の前で選ばれたアルディボード卿は明日より総帥とする。陛下の治世が続きますよう」
「陛下の治世が続きますよう」
ベヒトルスハイム卿は総帥としての最後の仕事を果たし、その徽章をエルレーンに譲り渡す。
エルレーンは中々良い奴だ。話も面白いし、腕も立つそれに堅実だ。護衛として最高である。
そして俺は自らに付けられた護衛の指揮官にチラリと目をやった。
話は面白いだろう。剣術も下手なはずもない。がこいつが堅実などとは認めない。
心中でため息をつく。遊びの時間は終わりだ。明日から剣術も馬術も励まなければならないそうだ。