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試練


 どうも試験というものは憂鬱だ。直近でなくとも凄まじく憂鬱だ。


そもそも、試すという字面からして厄介ごとの匂いがプンプンする。


 付き合いを変えず、努力してないフリをしつつ全力で勉強するのだ。ほんとうに、ほんとうに疲れる。


 が、それもここまでだ。試験は受ける側だと苦痛だが、課す側だと気楽かつ愉快だとても、とても。


 しかも三歳児だからほぼ責任はない。文句なしに最高なことだ。と思っていた。


 だが、現実は常に非情である。

 そう気楽には行かない。自分に何の関係もない試練であればそれこそサイコロで決めてしまってもいいが王の楯(キングズガード)の試練であれば冗談じゃなく命に関わる。


さて、父様から提示された選択肢は三つだ。


 三つの候補の中一つ目は、まず決闘。候補者同士で戦わせる案だ。これは中々良さそうな見えるが、いくつか問題がある。この試練は指揮官たる総帥を決めるためのものだ。ただ腕が立つだけでは困る。それに、辛勝しましたがもう剣を握れません。なんてことは避けたい。が、手っ取り早くて分かりやすい手ではある。


 次に父様とベヒトルスハイム卿の気持ち(フィーリング)で決める案だ。はっきり言ってこれが一番無難だが、俺がやるのだ。それでは面目が立たない。が、逆に言えば父上と、ベヒトルスハイム卿の面目は立つ訳でそこから攻めるのもありだ。


 三つ目、投票。王の楯(キングズガード)が一人一票で投票する。ぶっちゃけこれが一番悪い手かもしれない。別に人望があるから腕が立つわけでも、優秀な訳でもないのだ。

 護衛という立場から人格は重要ではあるが、そもそも問題があるものは王の楯にはしない。とはいえ、信頼性を示すことが出来るという意味では利点がない訳ではない。それに、人格に問題がなくてもコミニケーションが上手く出来なければ護衛としては失格だ。



 どれも一長一短でとても決めにくい。だからこそ、次の選択肢を考える。人望がわかって、優秀さもはかれ、さらには個人の武勇が役に立つ。そして父様を噛ませる。


 とくれば、思いつくのは一つ。


「エルレーン卿」


 候補者の一人であり、俺につけられた王の楯(キングズガード)の統括である。


 ゆっくりと自らの豪奢かつ、座り心地の良い椅子から立ち上がり、声をかける。


「父様の執務室に行くぞ」


 静かに礼をしたエルレーン卿と、バルドルト以下護衛と侍従を引き連れ、執務室に向かう。


 丁度部屋を出た宰相と目があった。


「これはこれは、こんにちはルドルフ殿下」

「ギルベルト公…奇遇だな」


 今俺に跪いているのは母様の父つまり母方の祖父であり、宰相でもある老雄だ。


「陛下とお会いになるのですか?」

「そうだ。そういえば、姉様が会いたがっていたし、今度其方の屋敷に二人で行こうと思う」


 つまり、異母兄弟と争う時には心強い味方となるはずだ。生まれてくるかも知れない同じ母を持つ弟と争うときはまだ読めないが、この国の国教では生まれる順も神の意志であり、嫡子存続こそが正しいという理論があるので、よほどのことがなければ味方になるだろう。


「それはそれは、楽しみです。いつでもいらしてください」


 おっと、また考え込んでしまった。


「うむ。ではな」

「はい、良い一日を」

「お祖父様も」


 軽く会釈して父様の執務室に入る。


「決まったか?」


 羽ペンを机に置いて、父様が口を開く。


「ええ、決まりました」 

「決闘、選定、投票どれにするか?」


 さあ、ここが正念場だ。俺は唇を舐める。


「どれでもありません」

「ほう」

「決闘、選定、投票どれもそれぞれ利点と欠点があります。それらを考えているうちに、どうにも新しく考えるべきだと思い始めたのです」


 父は笑っている。そうだろう。なぜあの時部屋を移動してまでわざわざバルコニーに移動したのか。たまたまかも知れないが、父様の視線の先に王城守護の任につく近衛の訓練場があれば話は別だ。


「ですので、僕は王の楯(キングズガード)による集団的な模擬戦を提案いたします」


 それも、集団で防衛戦の訓練を行なっていれば気付かない訳がない。


「場所は?」

「少し遠いですが王の森の一角で行えば良いでしょう」

「もう少し詳しく言ってみろ」

「まず候補者三人にそれぞれ三人ずつ選ばせます」

「ふむ、続けろ」

「選ばれた者は拒否でき、拒否された場合再び選べることにします。その後、王の楯を年代別に若年、中年、高年に分けそれぞれから二十人ずつくじで選び」

「ふむ、中年と若年の間を上手く決めなければ不満が湧き出そうだな」


 俺がわからなそうな顔をしているのを察してか父は補足する様に続ける。


「男でも女でも中年扱いは嫌なものだ」

「そういうものですか」

「そういうものだ」


 冗談のようで、やけに実感のこもった声に踏み込んではいけない物の存在を感じ話を戻す。


「それで選ばれた六十人にそれぞれ誰の指揮下に入るか選ばせます」

「なるほど、そこで投票の要素を入れるのだな」

「そうです、王の森の開けた部分で馬車を護衛する側と攻撃する側に分け、模擬戦開始です」

「勝利条件は?」

「防御側は時間内に馬車に誰も入れないこと攻撃側は馬車に中にある物なにかを破壊することとします」

「木剣でだな」

「その辺りはお任せします」


 はいっ、顔を立てる作戦成功。


「わかった、ではそういうことで手配しよう」









  ☆○☆○☆○


 







 ほとんど揺れのない王族専用の馬車にのり、王の森の一角にある平地を疾走する。

 なぜだかわからないが、俺も審査員の一人として派遣された。馬車にいるのは四人だ。

 まず一人はベヒトルスハイム卿の腹心ザイフリート卿これはまあ、当然だ。次に時間の計測を担当するバルドルトまあ、俺がいるのだからこれも妥当だ。だがまあ、そもそも、俺は馬車は嫌いな訳で。

 最後に叔父上、王弟ユルゲン・ファン・フュルスト・ヴェルハンこいつが謎である。ああ、ちなみにこの人は三重苦の叔父ではない。

 優秀な指揮官として前線を飛び回っている彼がなぜわざわざここに来たのか皆目見当がつかない。


「あの、叔父上なぜこちらにいらっしゃるのですか?」


 傷だらけの顔をこちらに向けて叔父上は言う。


「いや、大事な甥の初の公務だ。ここはきっちり見てやらねば、と思ってな」


 邪魔か?と尋ねられ、いえ別にとつい言ってしまった。ダメだ。日本人の悪いところが出てしまった。王位継承権的に見れば地位は上なのだが、寡黙で強健は叔父が実は少し苦手である。


「始まったようですね」


 沈黙を保っていたザイフリート卿が口を開く。


 現在守備側はターナー卿攻撃側はアーベライ卿だ。


「今はどの辺りかな?」


 俺が誰にともなく聞いて見ればバルドルトがずっと地図を差し出し、一点を指差し。


「この辺りです」


 と答えた。灌木覆われ、少し狭くなった部分だ。


「どうやると思う?」

「相手は騎乗しているんだ、それを止めねば始まるまい」

「アーベライが十七人ターナーが二十二人です。まずは数を減らすために攻めるかと」


 どちらともあり得そうだ。さて、どう攻める?







  ☆○☆○



 ロベルト・ヴァン・ターナーはフルフェイスの兜の下から周囲に油断なく目を配っていた。木々により道が侵食され細くなった道。


 襲うとなれば今が絶好の機会だ。しかも相手は少数。

 となれば、小道を抜けたところで矢での集中攻撃を受けるかもしれない。全身鎧を着用してはいるが、胴体でも三度矢が当たればルール上脱落だ。静かに微笑んで愛馬の首を撫でる。


 戦士の笑みだった。この先に集まっているのならば丁度いい。踏み潰すのみだ。

 武功によって下賜された八足の悍馬(スレイプニル)を撫でれば闘志がフツフツと湧いてくる。負ける気がしなかった。


 小道を抜けたロベルトは、念のため槍を構えていた槍を下ろす。

 どうやら誰もいないようだ。警戒は解いてはならないが、まあーー


 後ろから怒号が聞こえてきた。まずい。そちらかっ。







  ○☆○☆○☆○☆○☆○






 ノルベルト・ヴァン・アーベライはじっと合図を待つ。彼らが取った作戦はシンプルである。


 狭まった小道で、後方に矢を射掛け、あらかじめ回り込んでいた騎兵で突撃する。シンプルかつ強力だ。

 怒号とともに合図の火矢が放たれた。

 さあ、突撃だ。






  ☆○☆○☆○☆○☆○






「総員回避!」


 ターナーの隊の後方に矢が撃ち込まれる。殿を務めていたのはターナーの親友カルトだ。


 容赦なく矢が撃ち込まれ、馬がいなき、暴れ始める。

 訓練された軍馬がなぜ…違う。


「馬に矢が当たった者は今すぐ降りろ!」


 馬が狙われているのだ。ということはまずい。矢の当たった馬に乗り続けるのは反則だ。

 懸念された戦術の一つだが、ここまであからさまに突かれては笑うしかない。


「馬を盾にして陣形を構えろ!騎馬が突っ込ん」


 言い終わらない内にノルベルトに率いられた騎士が飛び込んでくる。


 ノルベルトの槍を剣でいなし、後ろの一人を斬り付け、脱落させるが殆どの者が蹴散らされている。当然だ。陣形を立て直さずに馬を降りた者だけで騎兵を止められるはずがない。




 ○☆○☆○☆○☆○☆○





 ターナーは後ろから聴こえてくる戦闘音に反応し、馬を返せば、大半の者が立ち往生しているのが見えた。


「何をしている!一旦ここまで出てから馬首を返せ!」


 ターナーはほぞを噛んだ。やられた。

 ここはすれ違えはするものの、馬が方向転換するには幅が足りない。 

 この辺りは丁度道の三分のニが過ぎたあたりだ。集中力が最も低下している。使い古されたやり方だが、正攻法とも言える。


 ターナーの声で一気に小道を駆け抜ける部下とすれ違いつつ、馬を駆る。アーベライが見えた。



「オォォォォ」


 唸り声を上げながら先鋒のアーベライと、槍を突き交わす。唸りを上げる槍を叩きつけるが、弾かれ、逆に突きを放たれた。


 槍では間に合わないと悟ったターナーは即座に槍を手放し、剣を抜き槍を弾いてから距離を詰める。


 首筋を狙った剣撃は槍に弾かれそのまま数号撃ち合うい、徐々にターナーが押し始める。


 それもそのはずだ。単純に剣の腕だけで見れば同年代でターナーに敵う者はいない。


 だがターナーの馬に矢が当たり、飛び降りた隙を狙って槍が胴に当てられた。脱落したターナーに目を向けず、アーベライは取って返したターナー隊とぶつかった。






  ○☆○☆○☆○☆○☆○  







 戦闘音が聞こえてから十数分馬車の扉が勢いよく開かれ、アーベライ卿が顔を出した。

 バルドルトに視線で問えばこくりと頷いた。


「アーベライ、其方の勝ちだ」

「まあ、当然でしょう」


 ザイフリート卿の無表情が、怒りと恥辱に変わり始める。


「お前ぇお前ぇぇ!」


 低い唸り声を上げるザイフリート卿に勝者を殺されては敵わないので、俺は一応フォローすることにした。


「凄まじい自信だな」

「ターナーほど腕は立ちませんし、くじ運には恵まれないので(ここ)で勝ちませんと」


 俺はつい感心してしまった。

 ここまで謙虚でないと一周回って美点になりそうだ。


 だが、ザイフリート卿はそうは思ってないようなので再び口を開く。


「そうか、次の試合の準備もあるだろう下がって良いぞ」


 一礼したアーベライは丁寧に馬車の戸を閉めて立ち去った。


「申し訳ありません!」

「よい、気にするな」


 土下座せんばかりの雰囲気のザイフリート卿に俺はつい苦笑を洩らす。


「別に気にはしないぞ?一人くらいああいう奴がいなければな」


 まあ、二度と()と呼ばないが。


「ですが…」

「よい。次の試合はアーベライ卿とエルレーン卿か」

「はい、アーベライ卿が守備側エルレーン卿が攻撃側です」

「守備側が少数とはな」

「いや、この試合どう転ぶか分からないぞ」


 ここまで沈黙を保っていたユルゲンが口を開いた。


「そうですか?」

「ああ、楽しみだ」

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