約束された君主
美しい細工のなされた重厚なとびらがゆっくりと開く。ヴェルハン家開闢以来千年以上の長きにわたり使われてきた歴史ある逸品だ。
当然、何度も整備されてきたが、その重さと格式により開く速度は非常に遅い。
やっと開き切った扉の向こうでは全ての参議たちが跪いている。
俺の右後ろに控えていたバルドルトが口を開く。
「第一王子ルドルフ殿下が御入場です」
再びバルドルトが俺の右後ろに戻ったことを確認してからかなり高くなった玉座へ歩み寄る。
「よくきたな、ルドルフ」
「はっ」
父上が玉座から立ち上がる。
「皆面を上げよ。皆にはまだ紹介していなかったな」
俺の肩に手を置いた。実はほぼ全員と個別には会っている。
が、建前というのは大事だ。
「見よ。これが我が息子ルディだ。よしなに頼む」
顔を上げていた参議たちが再び跪く。
父の合図で軽い自己紹介に入る。
「私こそがクローヴィスの息子ルドルフである」
ここまでが、言えと言われた言葉だ。が、ここで止める訳には行かない。
どんな世界でも尊ばれるのは費用対効果の良い人材だ。出しゃばりすぎてはならないが、玉座への権利を主張するのだ。存在感がありすぎるくらいが丁度良い。
「誓おう。諸君らが王の参議を名乗れるのは後十年と少しだろう」
参議の顔に隠しきれない動揺の色が走る。
「どうしてか、簡単だ」
俺は南に向かって指を指した。
「ふざけた異教徒どもを殺し尽くすからだ」
そして西に指を向ける。
「皇帝を僭称する落とし子を殺し、帝都を、私に属すべき全てを奪い返し、私から奪った者から全てを奪ったのちに、私は帝冠を得る」
一拍置いて全員に視線を配った。
「諸君らは遠くない未来に、王の参議でなくなる。皇帝の参議となるのだ」
痛いほどの沈黙の時間が過ぎ、再び参議は一斉に跪く。
「では、私はこれで」
父に礼をしてから、その前玉座の近くから下り、十分な距離を取ってから背を向け、退室する。どうも、大勢の前で話すことに慣れない。必要ならやるができれば勘弁して欲しかった。
アルコールを入れつつ、ベットに飛び込みたい気分だ。
○☆○☆○☆○☆○☆○
「ルディ」
「何ですか父様」
夕食が始まってから無言を貫いていた父がやっと口を開く。
「どういうつもりだ?」
ナイフとフォークを置いて問い返す。
「と、おっしゃいますと?」
「参議院でのことだ。なぜわざわざ自分の言葉をいれた?」
果実水を少し口に含む。責めている風ではないな。
「自らの生来の権利を保持するためです」
「ふむ」
「確かに、このまま行けば私の即位はほぼ確定でしょう。ただ、狩は爪を研いで行うべきでしょう。」
「お前が次の王とは限らないぞ?」
「私が父上の子で、母上の子で、お祖母様の孫である限り、私の地位は盤石です」
父はゆっくりとゴブレットをテーブルに戻す。
「どちらのだ?」
「両方です」
「そう、か楽しみだな」
父に含む所はないが警戒は解けないな。
「二人とも食事が冷めてしまいますよ」
じっと見つめあっている父と俺に、母が再び完璧なタイミングで声をかける。
「そうだな、ところでクリス舞踏会のことだが」
少し表情を和らげた父様がゆっくりと俺から視線を外した。
☆○☆○☆☆○☆○
参議院との顔合わせから数ヶ月、いつものようにバルドルトの朗読を聴いていると、ノックの音が響いた。
「王の楯アーベライン卿です」
対応に向かった侍従の声に反応し、バルドルトは静かに本を片付ける。
朗読が中止されたことを俺は悟った。
「とうせ」
臣下の礼を取った侍従が、ゆっくりと大きな扉を開く開かれた扉から王の楯特有の全身鎧と、下品な派手さを持たない優雅な兜に身を包んだ騎士が現れる。
跪いたアーベライン卿に作法上問題ない最短時間で声をかける。
「面を上げよ、父様からの使いか?」
「左様にございます殿下。陛下の執務室までお越し下さい」
バルドルトが表情を変えていないのできっと予定されていたことなのだろう。
癪に触らないでもないが三歳児に一々予定は教えないだろうと納得する。
めんどくさいと思わないでもなかったが、まあ行くとしよう。
「母様に遅れると伝え」
「恐れながら殿下。王妃様もそちらにおられます」
発言を遮られたことに最近培われ始めた王子的プライドパラメータが刺激されてつい言ってしまう。
「重大な理由もなく、貴人の話を途中で遮るのはあまり良い行いとは思えんな」
めんどくさいと自分でも思うが、これを言わなければ舐められる世の中だ。
「恐れながら殿下、国王陛下の望みは常に重大でございます」
が、少し微笑んでから反論された。殺気立つ護衛達を抑え、素直に称賛を表す。
「違いない。これは一本取られたな」
先導を頼む、と微笑んだ。
これで、人格者アピールもできた。
☆○☆○☆☆○☆○
またもや午前の宮殿を闊歩し、父様の部屋へ向かう。
王宮の最も大きな施設の一つ王城の最上階にそれはあった。
「ルドルフ殿下です」
バルドルトがノックすると直接侍従長が対応に出る。
何事か室内でやり取りしたのち、侍従長が扉を開いた。
何を言うでもなく、扉を開いて礼を取る姿は仕事一筋の彼によく似合っている。
意識を切り替えて、父の執務机の前に立つ。
「よく来たな」
書類から目を上げ言った。
「はい」
「なぜ呼んだかわかるか?」
一番面倒臭い質問を叩きつけられる。これが一回寝ると彼女づらし始める女だの、一時間ごとに連絡しないとキレる女だのであれば知らねーよ、と言ってやるのだが、無回答は認められないようで、いつかのように父は俺の瞳をじっと見つめる。
なぜだかそういう女は異常に記念日が好きなのだ。最低でも月一度は何かしらの記念日があり、忘れると不機嫌になる。
中でも最悪なのは誕生日を一ヶ月前から刻み始める女だ。発狂しそうになった。
あ、待てよ誕生日じゃないかそういえば、俺は前世では子供の日に生まれた人間だったが今年は丁度満月の日に生まれた気がする。
「もしかして僕の誕生日ですか?」
「それもある」
やだ、父様最高抱いて。
「時が来た」
なんのだろう。
「そうだな?」
父様の声に反応して王の楯の総帥ベヒトルスハイム卿に、侍従長にしてバルドルトの兄アルベルトが深く頷く。
「何の時か聞いても?」
「次代の総帥を決める試練だ」
まあ、そろそろベヒトルスハイム卿も歳だろうからな。
「ベヒトルスハイム卿はどうなさるのですか?」
ベヒトルスハイム卿に目をやり問えば父は少し微笑む。
「彼は最強の剣士だが、老いには勝てない。総帥は常に最善の状態であってもらいたいのでね。もちろん王の楯は終身の職務だ。辞めるわけではないぞ、心配するな」
「私もそろそろ老いて参りました。残念ですが、もう総帥はできませぬ」
ベヒトルスハイム卿は静かに微笑む。
「そう、ですか。ではなぜ僕を呼んだのですか?」
「そのことだがな。お前もそろそろ四歳だ。色々と始めなければ」
「色々と言うと?」
「剣術、学問、馬術に弓も。教える者を選ぶ必要がある」
だからだよ、と立ち上がって俺の頭を撫でる父様に、俺はチョロインの気分を味合わされた。
なるほど。高身長なイケメンに撫でられると安心感が違う。…父親だからかも知れないが。
総帥は王の護衛だ。落選者が俺の教師になる訳か。
「そうなんですか。それで試練の内容は?」
父様は俺を抱き上げ、そのままバルコニーへ移動する。
「それがな、いくつか考えたのだがどれも面白くてな、決めにくいのでここは一つお前に任せてみようかと思ったんだ」
「・・・へ?あの、三歳ですよ」
「もうすぐ四つだ」
いや確かにそうですけどね。
「心配するな。どの候補も問題ない」
そういう問題じゃないと思う。外を見つめている父様に言ってやりたかったが、全力で抑え、代わりに頷いた。
「分かりました僕が選びます」
一応、前世の意識が強い時は父親の呼び方が父になるという裏設定があります…