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幼児=チートの証明

「いかがでしょうか?」

「なかなか良かったけどな」


 静かに微笑むのは白髪の老紳士だ。現侍従長の弟で、元侍従長の次男。 

 つまり、王国の独立以来から王室の私財の管理の一端を担ってきた由緒正しき子爵家の当主の弟である。


 あたり触りのない感想を言ってみたが本心は無論違う。

 違うというより実際の感想はもっとこう・・・。

 単純に引いている。いや魚を毒殺ってひどくないかとか、童話で骨肉の争いってひどすぎないか、とか。


 さすが異世界クオリティー、なわけがない。


 必ず理由があるはずだ。童話には必ず意味がある。これの場合魔族の恐ろしさと獅子の強さを知らしめるものだ。


 つまり、獅子はなにかの暗喩であろう。首筋に目をやれば、細かい獅子の細工がなされた首飾りがある。それだけでなく、王城に掲げられた旗は獅子のものだ。ここまでくれば動物が示すものはそれぞれの土地の有力者のことと考えてまず間違いない。


 ということは魔族の王なる者によって一国、下手すれば人類全体が壊滅の危機にあったということだ。


 俺はそいつを殺さなくてはならないらしい。考えただけでも胃が痛む。確かに、俺は狭い範囲でのカースト争いにかなり積極的に手を出していたが、流石に命のかかったやり取りをしたのは殺された時が初めてだ。殺されたことに怒りはない。


三年の平穏な日々が俺の憤怒をすっかりと弱めてしまった。


ただ、俺を殺した男と顔を合わせたら必ず殺すだろう。それは一種義務感に似た透明な感情であり、けじめだ。


「もう一冊お読みになりますか?」


 そうそう、絵本を読んでくれた彼の名をバルドルト・ファン・クライストと言う。俺の侍従の統括役である。ちなみに爵位はない。


「いや、母様に会いに行こう。そろそろ父様とのお話しも終えられただろうからな」

「左様にございますか」


 一礼したバルドルトは合図して控えていた王の楯(キングズガード)に扉を開けさせた。


 椅子からたちが上がった俺は自らの塔を離れ、典雅な宮殿を王妃の塔まで移動する。


 これが意外と重労働である。宮殿自体がありえない広さを持つ上、基本的に貴人は上階に住んでいるので、三歳児の足では凄まじい時間がかかる。まだ日が上りきっていないからいいものの、正午を超えてから移動すると汗だくになる。


 本来馬車で移動すべき広さなのだがチビデブハゲの三重苦(親愛なる叔父上)と言う悲しい前例があるので、俺は大抵歩いて移動する。俺が車輪が苦手なことは関係ないと記しておく。

 宮殿はどこも見所があるのであまり退屈はしないのだ。まあ、疲れはするのは事実だが。


 閑話休題。


 この三年間暇という地獄を乗り切ってきた俺には自己防衛本能でどうでもいいことを考える癖がついてしまった。

 まあ暇とは言え半年ほどで段々と言葉がわかるようになってきたので、幼児の脳はチートだ。


 っと着いたか。


「母様入ってもよろしいですか?」


 バルドルトがノックしようとするのを抑え、俺はノックする。


 程なくして開いた扉の向こうで、今世の母たる女性が口を開いた。


「お入り。よく来たねルディ」


 ああ、そうだ。いっていなっかた。ルドルフ・フュルスト・ファン・ヴェルハン。ハ行が異常に多い名前が俺の今世の名前だ。

 ルディは愛称である。


「母様!」


 俺はトコトコと母様ーーアレクシア・フュルスティン・ファン・ヴェルハンーーに近付き、上目遣いで頼む。


「僕をお膝に乗せてください!」


 膝に乗せろというのだ。それもただの膝ではない。お膝と言ったのだ。

 この思春期になればからかわれそうな頼みは断じて『俺』の本心ではない。この三年間の間に『俺』が弱まり新たに『僕』が台頭し始め、結果幼児へと退行している。


 これはルディの本来の人格ではなく、俺の新たな人格である。平たく言うなら俺は二重人格になったわけだ。

 ショタ神の脅しと暇さと屈辱にメンタルが崩壊した俺は幼い『僕』という人格をつくることによって心を防衛しようとした。

 が、皮肉にも自身の体が小さかったため、(今もだが)体に馴染む新たな人格が主人格に成り代わろうとしているのだ。まあ、あと数年もすれば、自然と合流するだろう。多分。


「いいわよ、よいしょっ」


 抱き上げられ、無事母様の膝の上を確保した僕は母様に尋ねる。


「姉様はまだですか?」

「もう直ぐ来ると思うわ」

「来ても母様の膝は僕のです。姉様は向かいの席に座るんです」

「そうね」


 軽く笑いながら母様は俺の髪を撫でる。こんなことを言うだけで好感度が上がるのだ。幼児に戻るというのはチートである。


 しばらくしてから、扉がノックされる。


 出迎えに行った侍女が言った。


「クリスティーネ殿下です」

「入れなさい」


 母様に礼をした侍女がゆっくりと扉を開けーーようとしたが、勢いよく外側から開かれた。


 弾かれたように王の楯(キングズガード)が身構える。

 だが、入ってきた人物を見て彼らはゆっくりと待機の姿勢に戻った。


「姉様!」

「母様!」


 呼び掛けた俺に反応せず、五歳くらいの幼女が母様ーー膝に俺を乗せているーーに突撃してくる。


「ルディはひきょうです、私が眠い日に限って早く来るのですから」


 そう、普段の俺ならバルーーバルドルトの愛称であるーーの言葉通りに、もう一冊要求するのだが、今日はそろそろ姉様が油断してくるだろう、と考えて早めに切り上げたのだ。


「油断しましたね、姉様」


 前世で言えば冷たい目で睨まれるだけのセリフも、今世(金髪碧眼の幼児)ならば生意気な言動も、悪戯好きに転換されるのだ。


「明日はわたくしが母様のひざですからね」

「ふふん、どうだがまだわかりませんよ?」


 むきー、と愛らしく怒りながら姉様が向かいの席に着いた。


 ちなみに明日は譲ってやるつもりだ。第一王女である姉と険悪になっても、なんの得もない、母様の好感度とともに、高めておく必要がある。


 姉様のカップに紅茶が注がれていく様をぼんやりと眺めつつ二人の話に耳を傾ける。


「聞いているの?ルディ」

「聞いているよ姉様。父様がぬいぐるみをくださったのでしょ?」

「そうよそれでね…」


 我らが父王は茶色に近い金髪に蒼い瞳を持った美中年である。西洋風の顔立ちをしたこの世界の人間の年齢を推し量ることは非常に困難なので、30前半だろうとだけ言っておく。母様も同じくらいだ。


「さっきから上の空じゃない。きいているの?」


 母様の言葉に、再び我に返る。幼児の頭はよく回るのだ。考えすぎてしまう。


「ごめんなさいなんのお話?」


 必殺上目遣い幼児はこれで許される。


「もう、参議院に参加せよとあなたのお父様が言っているのよ」

「は?はぁぁぁ!」


 当然ながらこの世界に国民による議会など存在しないし、平民が政治に関わることもない。


 今話している参議院は、文字通りであり、それ以外に訳し方がないため”参議院”としたのだ。


 話しがそれた。つまり参議院とは参議・・・高級官僚や議題に関わる上級貴族極一部の軍人に王の楯(キングズガード)の総帥等の者たちつまり国の上層部のほとんどを集めて行うものだ。


 基本的に参議院が開かれることは殆どない。大抵王の裁量で決められるし、王が相談するとしても、王宮や、王城の中の本庁で働く参議だけを集めた枢密院で済ませるからだ。


 半年に一度の定例会は終えたはずだから当分ないと思ったし、年齢的に俺が参加するのは大分先だと思っていたのだが。


「何故僕が呼ばれるので?」


 母様は膝の上の僕の向きを変え僕の目をじっと見つめる。


「いいですか。あなたは王になるのです。その時に貴方に仕えるのは彼らでしょう。早くから知り合うことは重要です」

「…はい」


 まあ、どうせそんなことだろうとは思っていた。


「いつになるんですか?」

「次の定例会だそうよ」 


 ということは猶予は三ヶ月場合によってはもう少しと言ったところか。


 ・・・この三ヶ月は地獄になるな。





 +・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・





「父様、僕が定例会に出るとはまことですか?」


 俺は上座に座る美中年に問いかけてた。彼の容姿は前述の通り。たまに鏡で見る自分がこうなるだろう、という姿だ。祖母には父とそっくりだそっくりだと言われている。

 母親譲りの色素の薄い金髪と碧い目がなければ俺は父のクローンだと本気で疑ったといえばどれほどのものかわかるだろう。


「ああ、本当だ。ルディ勝手に決めてすまないが出てくれ」

「僕はまだ三歳ですよ」

「私も三歳で参議と顔合わせしたとも」


 そう言われては反論がしにくい。


「という訳で頼んだぞ」

「はい」


 返事はしっかりと、父の好感度は誰のよりも王位に影響する。

 拒否権がないのなら今はまだ大人しく従うべきだ。


「クリス貴女も七歳になったら参議と会うのよ」


 我関せずと食事に精を出していた姉様に母様が水を向けた。

 完璧なタイミングだ。


「そうだなお前はあと一年と少しだ」


 そういえば、どうやら時間軸だけは前世と差が小さいらしく元の感覚でも通じる。


「ええぇー、わたし行きたくない」


 ・・・明るい姉様でよかった。


 両親が何とかして説得しようとしているのを尻目に俺も食事に精をだす。

 王城の散策には優れた肉体が必要だ。


 結局、いくら説得しても姉はやる気を出さず、三歳児の小さな口での食事が終わった頃には両親は疲れ果てて諦めていた。


 今回は姉が勝てたが、結局行くことになるだろう。両親は必要なら御付きの侍女や、姉つきの王の楯(キングズガード)すら動員して姉が諦めるまで説得するだろう。


 姉様も我慢を覚えればいいのに。






 ・+・+・+・+・+・+・+・+・+・



 三ヶ月間に及ぶ徹底的なマナーの訓練と舌が萎びるまで指定された文言を読み上げ、母様が何時間も何時間も嬉々として選んだ服を身につけて、参議院の開かれる塔へと向かう。先に入場する父様に緊張しすぎるなよ、肩を叩かれた。


 十数分王室用の控えの間でバルドルトと雑談して待ち、ついに一人の侍従が俺を呼びにくる。


 目を瞑り、俺は静かに椅子から立ち上がった。

語彙の貧弱さに絶望

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