泣けぬなら 泣いて見せよう 新生児
統一暦825年九月ルイ第一王子誕生
たまに思うことがあった。小さい頃に戻りたい。
あの頃はまだ純粋で、怠惰な平和を享受していた。そう思っていた頃の自分を殴りつけ、耳元で怒鳴ってやりたい。
小さいというのも楽じゃない。
その一、暇である。
スマホなし、話し相手なし、テレビなし、本なし、やること・・・なし。天井のシミを数えるのも、乳母らしき人のシミを数えるのも飽きてしまった。
その二、例え新生児だとしても、仮にも成人した男がおむつを変えてもらうのはかなり屈辱である。
その三泣き真似が上手くなっていて辛い。
赤ちゃんとは泣くものだ。きっと異世界でもそうだろう。もう一度いうが、多少は体に引っ張られるとしても、流石に理由もなく泣くのはハードルが高い。
が、もし泣かなければどうなるか。
異常→配下からの不信→異端審問→キャンプファイヤー
Badendである。実にBadendである。できれば今度は平穏に畳の上で死にたい。まあ、奈落の王という字面だけでもラスボス感のするヤツを殺せと言われているから、平穏な人生とは無縁だろう。
だからこそ、涙を呑んで身も世もなく号泣しているのである。最近過度のストレスで情緒不安定になり、つい泣いてしまうこともある。役には立つ訳でが複雑だ。
それでもここまで来てもメンタルは崩壊していない。勇者君がいるからだ。
そもそも呼ばれた原因が彼なので感謝はしないが三万年拷問され続ける彼と比べたら人間扱いされてるし拷問されてもいない。
まだマシだ。
頭を掻き毟ろうとして、途中で手を止める。手が届かなかったのだ。途端、前世二十数年で培ってきた何かが崩れ虚無感が心を支配する。
衝動を抑えきれなかった俺は大声で泣き始めた。それが情け無くて、涙が次々と落ちる。
限界だった。
・・・・・・・
『あるところに神々と精霊に祝福された大地がありました。
そこはとても綺麗なところで動物たちは仲良く皆で暮らしていました。
しかし、ある時突然悪い魔族たちがやってきたのです。
最初に襲れたのは狼です。彼らは賢く、仲間思いで団結して戦いましたが、多勢に無勢。全てが魔物に殺されました。
次に襲われたのは魚たちでした。彼らは湖の中で奮戦しましたが、魔族が湖に毒を入れ彼らは敗れました。
二度に渡る攻撃により、動物たちは魔族がいることに気がつきました。
動物たちは皆怒っていました。仲間が殺されてしまったのですから。大地の王たる獅子が言いました。
「このままではいけない。皆で団結し、魔族と戦おう」
偉大なる獅子王が言いました。
「王の言う通りだ!皆で戦おう!」
鷹が言いました。
「私たちも力を貸そう」
猪が言いました。
「皆でこの土地を守ろう!」
牡鹿が言いました。
「王様万歳!」
鹿に続いて皆が言いました。
「王様万歳!万歳!万歳!」
動物たちのほとんどが一致団結して戦いました。
戦いは熾烈を極め、動物たちは次々と倒れていきました。しかし、それ以上に魔族を倒していました。
とりわけ雄々しく戦ったのは大地の王たる獅子です。
彼が腕を振れば魔族の悲鳴が上がります。彼の牙を受ければ、悲鳴すら上げずに倒れました。
動物たちは口々に言いました。
「あと少しだ!」
「勝てるぞ」
「頑張れ」
動物たちが必死に戦っている中で恐ろしいことが起きました。
突然一匹の獅子が王に飛び掛かったのです。
裏切りに驚き、動きを止めた王に魔族たちが次々と襲いかかります。
周りの者が必死に守りますが魔族たちは最後の好機を、逃さないとばかりに襲いかかります。
背中を傷付けられた王は獅子に向き直りました。
「なぜた!何故こんなことを」
王を襲った獅子は王の弟だったのです。勇猛な王も家族の裏切りに動けなくなってしまいました。
弟は言いました。
「それが理解できぬから俺はお前が嫌いなんだ」
呆然としている王の背に魔族の槍が突き刺さりました。我に帰った王が必死に抵抗するものあまりに深く刺さった槍は抜けません。
王は数多の魔族と共に大地に横たわりました。
魔族の多くを倒しましたが、動物たちも次々と倒れていきました。
ついに、魔族の王が動物の王達を倒し、魔族が勝利しました。
動物たちは皆討ち取られ食べられてしまいました。
魔族が口々に言いました。
「もっと柔らかい肉を食いたいな」
「ヒヒッ奥に行けば子供が食えるぞ」
「数が少なくなったからたらふく食えるぞ」
魔族の王が邪悪に笑いました。
「待て待て、まだ一匹食べてない奴がいるぞ」
魔族の王が獅子王の弟を呼びました。
「俺を王にする約束は嘘だったのか」
裏切り者が魔族の王に食ってかかりました。
「さあ?なんのことだ?」
魔族の王は卑劣な嘘つきでした。裏切り者は自らと同じく卑劣な行いによって命を落としました。
「さあ、柔らかい子供を襲いに行くぞ!」
邪悪な魔族たちは大地の奥に向かい進行しました。
魔族が通れば木々は枯れて、大地は毒に塗れ、水は渇きました。
やがて魔族は洞窟に辿り着きました。
そこにいるのはもう戦えない老いた者たちと子供たちでした。
年をとり、力の衰えた者たちが魔族に打ちかかりました。
想定に反して、魔族は彼らに手こずりました。
理由は二つあります。一つ目は彼らがあまりにも少なくなっていたことです。王たちの奮戦により彼らの数は減っていたのです。
二つ目は一人の老いた獅子が理由でした。
魔族の王は言いました。
「ええい、老いぼれめとっととくたばれ!」
何度も何度も剣を振り下ろしましたが、かつて王であっ獅子は負けじと爪を振るいます。
「例え儂がいくら老いぼれようと貴様などには負けん」
老いた獅子が、爪を振るえば血飛沫が上がります。魔族の王が剣を振るえば獅子の長い毛と血が飛び散ります。
二人は互角に戦いました。しかし、魔族の王を倒すにはあまりにも歳をとり過ぎた。
王であった獅子は魔族の王の凶刃の下に倒れました。
魔族の王が辺りを見回せば、立っているのは魔族だけでした。
ただ、立っているのはたったの三人。それを見て王は喜びました。
「これで柔らかい子供の肉を吐くほど食えるわ」
魔族の王は洞窟を進みました。
その頃、子供たちは必死に逃げていました。年寄りが戦ったのは子供達を逃すためでした。
半日ほど経ったとき、ついに魔族が追いつき、子供たちは袋小路に追い詰められました。
魔族たちは剣を抜きました。
その時一人の小さな獅子が泣いている子供たちの前に出ました。
「これ以上進むと言うならこの私がお前達を神の御許へ叩き込むぞ!」
魔族たちは顔を見合わせ、恐ろしい笑みを浮かべました。
「ふん、子供がたった一人でどうするつもりだ」
「例え子供だろうと力がなかろうと獅子には牙がある獅子の牙は貴様らなど楽に屠るとも」
子供に似合わぬ堂々とした振る舞いに、魔族の王は気圧されたことを誤魔化し、言いました。
「今までの獅子の牙は少しも俺に届かなかったぞ」
「届くさ、私の牙は誰であろうと必ず届く」
魔族の王は叫びながら斬りかかりました。
しかし、その動きは遅い。度重なる戦いの傷が魔族の王から力を奪っていました。
長い戦いの末、立っていたのは子供の獅子でした。
血を流して倒れている魔族の王は媚びるような声で言いました。
「あ、謝る。すまなかった。な?だから許してくれ」
小さな獅子は黙って牙を剥きました。
「な、なんでもするだから、だから許してくれ」
小さな獅子は右肩の傷を指しました。
「この傷はいつ付けたか覚えているか?」
「は?」
「私は覚えているとも。三番目の傷だな」
「何が言いた」
「父の傷は私の傷だ。祖父の傷は私の傷だ。民の傷は私の傷だ。覚えているぞ。忘れないぞ。例えどれだけ小さな傷だろうと、私が私の傷を忘れることなどあり得ない。まして傷を付けた相手をただで許すはずもないだろう。」
魔族の王が再び口を開く前に若き獅子王は喉笛を噛みちぎりました。
前足で魔族の王の頭を踏みつけ、若き獅子王は咆哮を上げました。それは怒りの咆哮でした。それは悲しみの咆哮でした。
そして勝利の咆哮でした。
残った魔族は逃げ、王に見つからない場所へ隠れました。
生き残った子供たちは勇猛で、賢い獅子王と共に平和に暮らしました。
おしまい。 』
あ、なんか長くなりすぎそうな予感がしたので途中で切りました。




