ゴブリンから逃げて狼に捕まる
馬車の中は重苦しい沈黙が支配していた。ガタガタと凄まじく揺れる馬車の中誰もが口を開こうとしない。
バルドルトはどこからか杖を取り出し、女騎士は油断なく剣を構える。神官は嵐の中にも関わらず鷹を飛ばしていた。
俺はと言うと、特にすることもないが念のためと渡された短剣を握り締めている。
この馬車を護衛しているのは二十騎ほどだ。あとの十騎はあの場に残し、歩兵と共に殿を任されている。
出来る限り急いでの逃避行だ。当然馬車は揺れるし、心も揺れる。
襲撃者たちは何者だろうか、いや別に何者でもいい。問題は誰が送ったかだ。
この場所王領のど真ん中に仮にも精兵を押し止められる部隊を送ったのだ。必然的に何者かの関与が予想される。
義母たちか、それともカステリア家を快く思わない者。かのカステリアとて降ったのはそれほど昔の話ではない。
カステリアの血を引く我々がヴェルハンの当主になることを快く思わないものも当然いるだろう。
しかし、それならばギルベルト公なり、現当主なりがさっさと潰してくれてもいいはずだ。それとも案外カステリア家というのは役に立たないのか。
又は父王という可能性がある。王領に簡単に軍を入れられるし、護衛に事前に知られせておけばわざと警戒を緩めさせることも可能だ。
しかし、三人の子供のうち二人とも襲わせるだろうか。普通に考えて生まれたばかりの赤子より成長した子供の方が自然死する可能性は低いはずだ。そうなると、単純に年長な子供の方が価値が高いはずだ。いや、あの子も殺してカステリア家の影響力を削ぐつもりなのか?ありえる。
あとは他領からの兵という簡単な答えがある。が、これはかなり問題だ。裏切り者がいたらまだいい。それを処分すれば済む。だが、もしいなければ我が領の兵の質が問われる。
「どこの兵だと思う?」
「皆目見当がつきません」
バルドルトが憔悴した顔で答えた。伝令を最後にこの馬車は全力で駆けている。報告を受ける暇もなかった。
「襲撃はまたあると思うか」
「あるでしょうな。馬車では逃げ切れませぬ」
重苦しい沈黙が三度馬車を支配する。
雨足が弱まり日が暮れはじめるころ、神官が目を開いた。
「襲撃です!」
「数は?」
「三十騎ほど!」
言うが早いか御者をしていた騎士が笛を鋭く吹いた。
「我々はどうする⁈」
バルドルトが即座に答える。
「このまま駆け抜けます」
鞭を振るう冷めたい音と馬の嘶きが聞こえた。こいつら本当に駆け抜けるつもりなのだ。
姉様が俺の手を握った。小さく温かいその手を五歳児の全力で握り返す。
「前方から増援!」
神官の悲鳴が聞こえたのはその時だ。
「どちらのだ!」
バルドルトが鬼気に満ちた怒声を上げる。
「敵です!ッ魔術が来ます!結界を」
言い終える前にバルドルトが杖を振りそのコンマ数秒後、凄まじい衝撃が走る。
咄嗟に盾を構えた女騎士により姉様と俺は守られたが扉の一部が破損している。
「馬鹿な!」
バルドルトが喘ぐように言った。
「即席とは言え結界を破るとは!」
神官が必死に祝詞を唱え、周囲が戦闘音に包まれる。
「後方が接敵しました!」
分かりきったことを言う騎士にひと睨みくれたから、女騎士がこちらに目を向けた。
「如何致しましょうか」
俺に聞くなよ。数秒目を閉じて考える。考えろ考えろルドルフ。この場の最適解はなんだ?
「後方の敵を最速で叩く」
「その後は?」
よっぽど知るか!と言ってやりたかったが、自棄になる余裕はないので必死に頭を使う。
「殿は襲撃者に勝ったと思うか?」
「確かなことは分かりませぬが、負けはしないはずです」
「我が城までと襲撃された場所。どちらが近い?」
「襲撃場所がかなり近いかと」
なら仕方がない。目を合わせた姉様がしっかりと頷いた。
「後方を叩いた勢いでそのまま突破する」
一斉に首を垂れた部下たちから目を逸らし、もう一度自分に問いかけた。
それは正しいのか?
短めですがキリがいいので




