父は選べない
結局、他の魔物は現れなかった。猪の魔物を狩った後であることから、番いの復讐とお爺様の私設騎士団『紅獅子騎士団』は判断した。
『紅獅子騎士団』は、ヴェルハン家当主に忠誠を捧げる騎士団ではなく、あくまでもお爺様のみに忠実な騎士である。
主君であるお爺様からして、所属する騎士は老年ではあるものの、その経験から来る智恵は侮り難い。
その彼らが言うのだからきっとそうなのだろう。
まあ、その辺りはお爺様の問題であって俺の問題ではない。それより重要なのは、
「ノルベルトの見せたあの技、あれは何なのだ?」
そう、あの炎だ。あれが科学技術の賜物であるとは考えにくい。
となれば選択肢は少ない。
「殿下、何度も言いますが、私にそれをお教えする権限はございません。学師に聞いてください」
「何を言っている。お前も学師の一人だろうが」
「それはそうですが」
「そうだろう。早く教えよ」
この男、バルドルトはこれでも、人口一千万を超えるこの王国の中で、数千人しかいない学士のさらに上位数%しかなることの出来ない学師である。
ちなみに、専門は聞いたことがない。
「申し訳ありません。ですが、陛下の命がないぎり誰もお教えできません」
「父様の?」
「はい、殿下はまだお小さい。知るべきでないこともございます」
父様が俺の得られる情報を操作している?
何ために?
まあいい。
「そうか、ではお爺様に聞こう」
「殿下!」
なんだ、鬱陶しい。
「お願いですお聞き分けください!」
「知識は力なり、なら知る時は早い方がいいだろう?」
納得していないバルドルトの脇をすり抜け、与えられた居室から俺が出るより早く、ノルベルトが帰ってきた。
「帰ったか」
「はい、既にご存知でしょうが、私からもご報告いたします」
そういって、ノルベルトは跪く。
面倒な儀式だが、権威とは得てして面倒な手段から生まれるものだ。
それに、戦功を誇示するのは騎士の正当な権利であると言われれば、無視するわけにもいかない。
「騎士ノルベルト・アーベライ、発言を許す」
ノルベルトが、ゆっくりと顔を上げた。
ノルベルトが、最高位の騎士たる王の楯で、そもそも直答を許されていることは、この際触れないことにしておく。
「はっ、当方十余名にて、中型魔獣を撃退。死者負傷者共になし、後続も確認されておりません」
この制度は、側用人という高位の貴族に取り次ぐ役人がその職能により、分不相応な地位、さらには騎士の発言を捻じ曲げることを危惧した初代皇帝が認めた、騎士の普遍の権利である。
「それは重畳。そなたの働き、実に見事であった」
ははっ、とノルベルトが頭を下げて報告は終わりだ。弛緩した空気が辺りに立ち込める。
「ちょうどいい。ノルベルトあの技はなんだ?」
報告のために兜を脱ぎ、露わになったノルベルトの整った顔がピクリと動くが、すぐに取り繕われる。
「あの技とは?」
「炎の玉のことだ」
ノルベルトの目線がバルドルトに向かう。目線の意味など読めないが、なにかの確認のような気がした。
「よくわかりませんね。なんのことでしょう」
ブルータス、お前もか。
「思い出せないのか?」
「全くわからないのです」
ともすれば、信じそうになる完璧な演技だが、真実でないことを知っている。
「僕が命令しても思い出せないのか?」
なので、手っ取り早く王子の権限を使うことにした。
「申し訳ありません」
「お願い、でもか?」
「どうか、お許しを」
ゆっくりとため息を押し殺す。
少し、そうほんの少しだけ、削れ切ったはずの心が哀しみを訴えた。
そうか、お前も騎士だものな。
しかし、父が関わっているのは確定と言ってもいい。
「人の考えを読む時。お前たちは何をする?」
突然の奇妙な質問に二人は首を傾げる。
「はぁ、特にこれといった方法はないですね」
と、ノルベルト。
「経験からの予測ですかな」
これはバルドルトだ。
「そうか」
「殿下はどうなさるので?」
「さあな、ノルベルト自分で考えてみろ」
ノルベルトが、少し困った顔をするが、まあいい。
俺の考え方は、取り敢えず五つ理由をあげ、その中で自分にとって最悪な理由を想定して動く。
そうすれば、裏切られない。
訂正、裏切られても辛くない、少しは。
まず簡単に思いつく理由。
この者たちの言う通り、子供に害悪な情報だから。
次に、後継者しか知ることのできない情報で、即位の時に伝えられる。
これも悪くはない。後継者争いはギルベルト公の力を借りればいい。ただ、同母の弟が生まれてしまったので、ギルベルト公以外の味方を作ることも考えるべきだろう。
三つ目、カステリア家ー母方の実家ーが力を持ち過ぎることを快く思っていない父は、元々俺や、母から生まれた兄弟を殺す予定で、死人に知識は必要ないから。
これは非常にまずい。ともすればノルベルトがいきなり切り掛かって来てもおかしくない。そうなれば俺に止める手はないし、対策を練ることも難しい。
四つ目、王位につきたい何者かが、ノルベルトたちに嘘をつかせている。この場合、黒幕の候補は多く、正体を推察することは非常に厳しい。叔父たちに、力のある諸侯。膨大だ。
が、対策は割と簡単だ。父様に聞けばいい。それで教えてくれれば、嘘をつかれてもすぐに看破できる。
最後にお爺様、又はお婆様の介入があった可能性。
お爺様の場合はまだマシだ。父様が三十後半でなはずなので、その父といば多分そう長くない。が、お婆様の場合その生家が壁となる。
出来れば敵に回したくはない。
となれば、取るべき対策は…
「か、殿下!」
耳元の声に反応してみれば、声の主はバルドルトだ。
「なんだ、お前か。なんだ?」
そう聞いてみれば、バルドルトは少し考え、口を開いた。
「いえ、殿下。大したことではないのですが、お疲れでしたら明日にしますが」
目を閉じていたから眠っているように見えた、ということか?
そう思い、湖に目を向けた。夕日が沈みかかり、オレンジになった湖面は息を呑むほど美しかった。
黙って湖に目を向けている俺に何を思ったか、バルドルトが話しかけて来た。
「殿下、私は殿下のお味方をしとうございますが、陛下の臣ゆえそう簡単には参りませぬ。ですが、一つだけご忠告を」
振り返って見れば、夕日が、バルドルトのシワだらけの顔に影を作っていた。
「不敬ではございますが、どうか陛下を悪く思はないよう」
真剣な表情で、バルドルトは続ける。
「陛下を嫌ってはなりませぬ。父は子を選ぶことはできても、子は父を選べませぬ」
そして、と言いながら、深く息を吸った。
「恐れなさいませ、あの方を。それが、私がご忠告できる全てにございます」
真剣な顔に、場違いだが思わず微笑みそうになった。
きっと誰よりもクローヴィスという男を恐れているのは、この俺だ。
あいつの意思で俺の死後の安寧の是非が決まる。
「わかった」
だから、俺の返答は短かった。
バルドルトは、小さく頭を下げて今度こそ下がって行った。




