焼き尽くす炎
お、おかしいな投稿してたはずなのに
カン!カン!カン!
木と木が打ち合わさせる長閑な音が朝の草原に響く。
音自体は軽く、前世の工事の音に比べればよほどマシなのだが出しているのは自分なのでかかる労力はその比ではない。
「盾を下げてはなりません、」
ノルベルトの声に俺は四歳児の矮躯に残る力を振り絞り、木製の盾を上げた。
勘弁してほしい。執拗に左側を狙う剣戟に盾で対応し続けるのはかなり疲れるのだ。
「たるんでいますよ。殿下」
「そう言われても疲れるものは疲れるのだ」
自分でもそう思うが、四歳児の貧弱さを考えてほしいものだ。
「続けます」
そう言ってノルベルトは再び木剣を構えるが俺の腕は上がらない。こちらの疲労を悟ったのか、ノルベルトが渋々と言った表情で剣を下げた。
「もう少しやりましょう」
「流石に疲れたぞ」
「殿下のためを思って鍛錬しているのです!」
「そう言われてもな」
ため息を吐いたノルベルトはかぶりを振ってなにかを振り払ったようで顔を上げてにっこりと笑い、閃光のような突きを繰り出す。
「なんだ、できるじゃないですか」
「念のために構えただけだ」
どうやらギリギリ防げたようだ。
ノルベルトは性格とは対照的に顔は良いので危険な笑顔ですら魅力的に映るがこちとら王子様フェイスの四歳児である。耐性は高い。
笑顔のままでノルベルトは俺がギリギリいなせる攻撃を繰り返す。
猛烈な突きの連撃を盾で防ぐが、跳ね上がった剣尖が額に当たる。
「死にました」
勢いよく突きつけられた木剣を弾くが、絡めとられて剣が吹き飛び、再び振り下ろされた剣が首に突きつけられる。
「また死にました」
差し出された木剣を受け取るが早いか全力で喉を突こうとするが手首を打たれる方が早かった。
「三度目です。十分の内三十回以上死んだら最初から計り直しですよ。構えて!」
あ、単語自体は別物だが、この世界にも時間の単位はある。分という日本語が最も近いから訳しただけで多少時間の違いがある。
結局俺が解放されたのはそれから一時間以上経ってからだった。
俺の頬をゆっくりと心地よい風が撫でていく。
ああ、世界は平和だ。なんてことはない。どうでもいい。世界が平和だろうが、崩れ去ろうが、奈落の王なる者さえ殺せればどうでもいい。
が、
「ルディー」
近寄ってくる姉様を見て、心が安らぐのも事実だった。
○☆○☆○
「なんですか、あれは」
「鷹便ねヴィルからの使いでしょう」
「ヴィルって誰のことなの?お祖母様」
姉様が顔を顔を上げた。例えここがどれだけ良いところだろうと、居眠りするのは淑女としてどうかと思う。
「あなたたちのお父様のことよ」
「そうなの⁈」
「そんなに驚くことかしら」
「私が聞く限り母様もお祖父様も父様のことをクレイって呼んでいたから」
「なら、これは母親の特権ね」
「その話しもいいけど結局鷹便ってなに?」
「鷹に手紙を運ばせるのよ」
「鷹に?」
なにそのファンタジー。
「訓練された鷹は伝書鳩よりずっと信頼できるからよく使うのよ訓練が大変だけどそれは私たちの力でね」
などと言っている間にお祖母様は飛んできた鷹の足に括り付けられた手紙を取り鷹を侍女に渡した。
「ヴィルからね」
焼き付けられた紋章を確認してから丁寧に手紙を開ける。
手紙に目を通していたお祖母様の表情が暗くなった。
「どうやらあなたちもそろそろ帰らなければならないようね」
「どうして?」
お祖母様は尋ねた姉様の金髪を丁寧に撫でる。
「ヴィルは二人と会いたいそうよ帰ってあげなさい」
「私もっとお祖母様といたい!」
「僕も」
いや、父と母に会って俺の扱いを確認したいのだが。
いままで大きな失態もなく長子である俺が継承権で負けるとは考えにくいので念のためではあるし、側室たちの動きも気になる。そう別に親に会いたい訳ではないのだ。ホームシックなど論外である。
「それは儂らも嬉しいのじゃが帰ってあげなさい子供と会えないのは寂しいことじゃ」
「ふんどうせ父様も母様も新しい子が好きなんだわ!」
面倒くさい展開になりそうだぞ。まあ、姉様の気持ちも分かる。一ヶ月近く放置され、それが二回目だとすれば子供である姉様は拗ねてしまうのも当然だ。俺にも経験がある。
「そんなことはないぞ。子供は皆いつまでたっても可愛いものじゃ」
「お祖父様は今もお父様のことを?」
「可愛く思うぞクレイも、ユーリも、ヘルも皆大事な儂の子じゃ優劣はない」
「父様もそうかな」
「親は全てそうじゃ」
「本当?」
「確かだとも」
「良かった」
姉様、本音が隠せていませんよ。
年相応な姉様に父性愛を感じつつ駒を進めた。
今俺とお祖父様は戦戯というボードゲームで遊んでいる。
戦戯というのは将棋の駒を増やし板を広くしたような遊びだ。
数が多すぎて駒の動きが覚えにくい上に、そもそも将棋が苦手な俺はお祖父様にかなりの駒を落としてもらっているが、それでも押されている。
「チェックメイトじゃ」
「…参りました」
「さ、ゲームも終わったようだし出発の準備をなさい」
「「はーい」」
元気よく返事…姉様だけだが…した俺たちは与えられた部屋へ戻って行った。
とはいえ、流石に俺が準備をする訳でもない。あの場にいたバルドルトが侍従たちに命じるだけだ。
「爺僕は散歩に行く」
「お供いたします」
「よい、お前は準備があるだろう」
「しかし」
「良いと言っているだろうノルベルトもいるし、王の楯は全員連れて行く。心配するな」
「、、、わかりましたくれぐれもお気をつけて」
渋い顔をするバルドルトに笑いかけ、部屋を出る。
つくづく思うがここはいい場所だ。磨き上げられた大理石の床に、嫌味にならない上品な装飾に気持ちの良い風。
ここに住めればどれだけいいだろうか。一瞬のことではあるが豪奢かつ華美な王城ではなく、静かで住み心地のよいここで暮らしたいと思ってしまう。
「ルディ!」
「姉様。なにをしているの?」
玄関前に立っていた姉様一行と鉢合わせた。
「これからお散歩に行くの!ルディは?」
「僕も散歩に」
「それじゃあ、一緒に行きましょう!」
「いいよ、行こうか」
やった、と喜ぶ姉様に再び父性が身をもたげる。
あのお菓子が美味しいだの、帰ったらなにがしたいだの、他愛もない話をしながら、ゆっくりと歩を進める。
よく晴れた空に雲が一筋流れていた。
「あれは何かしら」
姉様が指差す方向を見れば、微かに草が揺れている。
「なんだろう、、、ね」
身長的に子供では視線が通らないので王の楯を見れば、剣に手を掛けているものはいない。
「近づいてみようよ!」
「あ、ちょっと姉様!」
走り出した姉様に慌てて続く。
「ウサギさん!かな」
多分そうであろう。茶色の体毛に長い耳つぶらな瞳とくればウサギしか思い浮かばない。
「これは?」
「これはってウサギですよウサギ。知らないんですか」
「姉様も僕も父様の方針で外出の機会は少ないのでね」
「左様です「ねえウサギさんに触ってみても大丈夫かしら」大丈夫ですよ。ゆっくり下から撫でてあげてください」
姉様に遮られたが、あまりにも嬉しそうな顔でウサギを撫でているので怒ろうと言う気も起きない。
というか、ノルベルトみたいに無駄にふてぶてしい顔でなければ俺は細事で怒ったりしないのだ。
姉様の隣に腰を下ろし丁寧にウサギを撫でる。どうやらかなり大人しいようだ。二人から撫でられても身動き一つしない。動物園の触れ合いコーナーで見たの最後なのでよくわからないが、
「ウサギというのはかなり大人しいのだな」
俺の言葉に王の楯たちが苦笑をしたような気がして、訳を聞こうと思ったのだが遠くから猛烈な勢いの足音が聞こえた。
文字通り脱兎の如くウサギが走り出し、逃げられた姉様が顔を上げた。
「待ってウサギさん!」
「殿下逃げてください!」
振り返れば、姉様に目を向けた一瞬の隙に全ての護衛が抜剣している。
「デール、ギュンター、ハンク、両殿下をお連れしろ!オットーお前は合図を送って援軍を」
ノルベルトがいつものふざけた声とは違う、いわゆる本気の声を出した。
「お前たちは」
「お任せあれ、殿下に危害は加えさせません逃げていいですよ」
わざと核心を外しいつも通りの答えを返す。
「死ぬなよ」
「私は処女百人喰いを達成するまで死にませんよ」
一部の女性騎士の目線が温度を失ったが、ノルベルトの飄々とした態度に少し余裕が出てきた。
「死ぬなよ」
重ねて命じ背を向けて走り出した。息が上がり掛けている。前世では経験したことのない物理的脅威に少し、ほんの少しだが恐怖を感じている。
無言で走り続けた後背後から獣との戦闘音とは思えない硬い音が聞こえてきた。チラリと振り返って見えたのは体高二メートルを超える獣の姫に出てきそうな馬鹿でかい猪が見えた。
「心配いりませんアーベライ卿は邪龍落としのバメイ様の薫陶を受けた騎士。そう簡単には負けません」
「だとよいのだが、、、」
一瞬こちらを返り見たノルベルトが何事か指示を出し、下がった。
いけないとは思いつつ、ついつい振り返ってしまう。
突然ノルベルトを残し、他の者が引き始めた。驚く俺たちをよそに、ノルベルトが人外の跳躍力を見せ、空中から剣を振り下ろし、太陽が顕現した。
それはまさしく太陽であった。全てを焼く火球が顕現し、周辺が一瞬炎に包まれ、燃え尽き、すぐに炎は消える。だが、被害は甚大であった。猪の巨躯が一瞬で炭化し草も影を残して消える。
「な、なんだあれは」
「殿下!それより、後続が来るやもしれませんお下がりください」
「ルディ!走って」
姉様に手を掴まれ共に走る。しかし、俺の鼻の奥から炭化した猪の臭いが消えることはなかった。
誤字報告お願いします!正直それだけでもかなり嬉しいです




