死んでしまうとは情けない
俺は勝ち組である。
超一流とまではいかないまでも国立の大学へ入り、テニスの腕前も、サークル内で上から数えた方がはやい。両親も元気に働いている。
特別顔が良いわけでもなく、謎のカリスマがあるわけでもなく、実はハイスペックなわけでもない。
俺は知っている。一番にはなれない。
俺は知っている。唯一にもなれない。
俺は知っている。それでも俺は負けない。
負けそうな勝負をせず、少しづつ勝ってきた。二番手、三番手に甘んじながらも、一番手の首をすげ替えることもあった。それなりに上手くしがらみの中を泳ぎ回っていた。
称賛される生き方ではないだろう。それには余りにも汚すぎる。
だがら、そうならないように出来るだけ上手く立ち回っていた。
それだって簡単じゃない。自分が嫌になることもあった。くだらないと諭されることもあった。それでも、それでも努力してきた。勝ち馬を見極め、泥舟から降りる。人の感情を察し流れ乗る。なんでもないようで、社会生活を送るには必須の能力だ。
が、俺には足りなかったらしい。
背中に衝撃が走り、俺はプラットホームに身を投げ出した。
は?なんだこれ?飛び込む勢いのまま振り返れば、髭をそり、髪を整えればかなりの美男子となるであろう顔を凶悪に歪めた男が見えた。
残念ながらこの男には見覚えがあった。高校時代の同級生で、いわゆるカースト上位層であったが、御し難いので転落させたはずだ。
まさか転落させた男から転落されられるとは皮肉なことだ。
高校時代を振り返れば、自分の行ったことの杜撰さに腹が立つ。今の俺ならもう少し上手く出来たはずだ。
命の危機にこれしか考えることがないのかと、少し愕然とする。
思えば、あまり楽しい人生ではなかった。蹴落とし、蹴落とされくだらない争いだったかもしれない。教室の隅で固まっているものを羨ましく思ったのも一度や二度ではなかった。
ほとんど落ちきった時、電車が近づく音が聞こえてきた。
ふと、昔聞いた話しを思い出す。
曰く、電車の轢き方は3パターンあるそうだ。
一つ目、単純に電車の車体とぶつかり、吹き飛ばされる。これは一番遺体が綺麗だそうだ。
次に、線路に落ち、車輪にぶった斬られる。三等流ならぬ三等分である。かなりグロいが最後よりはマシかもしれない。
最後に、車輪に引き込まれ、挽肉になる。こうなると身元を証明するのはほぼ不可能で後に残った肉片を片付けるのに大分苦労するらしい。
ここまでくると一番目はないだろう。出来れ…
そこまで考えた時俺は腰から車輪に引き込まれ、激痛を味わう。
なにを言っているか最早定かではない今わかるのはたった一つ今日ここで俺は死ぬ。
そして次の車輪が容赦なく俺の頭を潰し、周囲の悲鳴の中で、俺は死んだ。
「アァァァギャァァァァーァァあ”あ”」
男がいた。黒髪黒目で世の中を舐めていそうな整った顔立ちをしているが、それを崩し、文字通り絶叫している。
「おはよう」
甲高い声に、俺は振り返った。
「あんた誰だ?」
俺は背後から聞こえる背筋が寒くなるような悲鳴を無視して、白いズボンに白いパーカー白い肌に白い髪をした目がおかしくなるような白一色のショタに問いかけた。
「なんだと思う?」
バレーボールを持ってきたらドッヂボールが始まったようなどうにもずれた返答に、質問に質問で返すのは、などと食い下がりたかったが、それよりも気になる質問をした。
「じゃ、あれは誰だ」
「簡単に言えば、君の前任者さ」
意味がわからない。再び口を開こうとした俺を抑えるように、ショタが続ける。
「もっとそれらしく言うならば、あれは勇者さ」
は?
「あなたは誰だ」
少し丁寧に俺は再び問うた。
「あれが勇者?なんで苦しんでるんだ?あなたがやってるのか?そもそもここはどこだ?」
「質問が多いねぇ」
そういったきり、ショタは口を閉ざす。
話す気はないと察した俺は話しを変えることにする。
「脇道にそれたが、彼が勇者で、俺の前任者ということはつまり俺も」
「いや、違うね君は勇者じゃないね。君はただの転生者だ」
転生、転生と来ましたか。
曰く別の世界に生まれ変わる。曰く、そこでハーレムを築く。曰く、チートなるものをもらい人生楽勝である。曰く神様が原因で死ぬ。曰くトラックに轢かれて死ぬ。
「お、俺って神様が原因で死んだんですか?というかあなた神様何ですか?」
「神の定義は非常に曖昧だ。ただ一般的な基準によると僕は神で、どちらの質問もイエスになるかな」
ふざけんなや。
それが殺した奴に対する態度かよ。
ショタが、俺の顔をの目を覗き込んでくる。
いやな目だ。そうだあの目は見たことがあるぞ。俺や周りの奴がしていた目だ。
実験動物を見る目だ。底辺も見る目だ。相手になんの価値も見出していない冷たい目だ。
「じゃあなんで彼はあんな目に?」
俺の声は震えていた。
「なんでだと思う?」
知るかと言ってやれればどれだけいいだろう。
だが、俺は自分の人の目を見る力を信じている。これで常にカースト上位を維持し続けた。
あれも見たことがある。
「もしかして、何か失敗したんじゃ、それもかなり重大な」
ショタが、ニッコリと笑い、わざとらしくパチパチと言った。
「正解だよー。この子はね、死んだんだよ。
バフもガン積みにしてやったのに、奈落の王になんの関係もない雑魚相手に」
はあ、なるほど全然わからない。
「奈落の王?」
「そ、君が殺す相手さ、あれぇ言わなかったっけ?」
んなこと一言も言われてねぇよ。
「ええ、まだ。で、誰ですそいつ」
「さあ」
「は?」
「さあ、としか言いようがないよ。知ったら面白くないじゃん。ま、だいたい強めの魔族だけどね」
「誰か知らない奴を殺せって無茶振りすぎません?」
笑って大丈夫といったショタへの殺意をどうにか抑え、続けた。
「確認ですけど俺勇者じゃないんですよね」
「そうだよ、バフは、まあ弱めだね」
「なんでまた」
「この件のための予算のほとんどを彼に使ったのさ」
と転がっている勇者を指す。
「そのくせ負けやがったんだぜ。偉そうに正義がどうのとか語ってたくせに。いくら温厚な僕でも我慢の限界ってものがあるよ」
鏡見ろよ。きっと世界一心の温厚って言葉から遠い奴が写ってるぞ。
勇者君を蹴りながら、ショタは続ける。
「だからこそ、君は王にしてやる」
ショタが顔を上げる。
「だから数でなんとかやって」
なんとかってなんだよなんとかって。
「そもそもなんで俺なんです?」
「君は得意だろう」
「何が?」
「わかってるだろう?君は負けない。勝ちはしなくても絶対に負けない。理由も知ってるよ」
顔が強張るのを感じる。
「君は勇敢でも、賢くも、魅力的でもない」
ショタが指をふる。
「でもでも、君はそれを知っている。だからこそ勇敢じゃないけど臆病じゃない。賢くもないけど馬鹿じゃない。魅力はないけど不快には映らない。そのための努力をしている」
俺はじっと黙っていた。
「それにさ、嫉妬してるでしょ」
「そんなことは」
「あるよ。君は勝てないと、届かないと知っても努力した。嫉妬心を燃やしどう対処するか考え、躊躇なく実行した」
ショタが仰々しく手を広げた。
「いわば君は現代社会が産んだ闇だ」
俺は再び黙る。
「キミはゲームに負けたわけだ」
ショタ神の表情は不気味なほど変わらないが、嘲られているように感じた。
「人生という最大のゲームに挑み、負けたんだ」
「だが、幸運なことにキミはもう一度ゲームに挑む権利を与えられた。どうする?」
閉じていた目を開き、問う。
「ちなみに彼はどうなるんです?」
「ああ、あと3万年はこのままさ」
聞かなきゃよかった。腹を括るしかない。
「自分でやるとかないんですか?」
「君は新品のルービックキューブをいきなり分解するのか?」
あんた分解どころかぶっ壊しただろうが。
「わかりました」
何もわからねぇよ。
「転生します」
したくねぇーー。
「そうよかった」
目を瞑った俺にショタが声をかける。
「じゃいくよ、あ、そういえば気をつけてね、最初から心の声は聞こえてるから」
「は、ちょま」
ゾッとすることを教えられ、今度こそ俺は転生した。