04 ドM、夏休みを普通に楽しむ
季節は夏。
連日の猛暑により身体的に辛く、どうしてもダレてしまう。ああ涼みたいなあ。そう思う者も少なくはないだろう。
となれば、こんなときは海に限る。
海を舞台に大はしゃぎするのもよし。ひんやりとした水の中に浸るもよし。海風を感じながらアイスを頬張るのもよし。砂浜で開放的な水着姿のお姉さんたちを眺めるのもよし。バーベキューするのだってよし。スイカ割りをしている人が振り下ろす棒に敢えて当たりに行くというスイカ割られごっこをするもよし。
ってことで、どうも真性のドMことキモチ・ハーペインです。
ステータスを付与され、例の最高オブ最高のスキルーー『ドMの境地』を手にしてから更に1年が経過して、11才となっていた。まあドMといえど歳は普通に重ねるから。痛みは無視できても、この世のルールは無視できないものだ。とまあそんなことは心底どうでもよくて。
俺は今常夏のビーチに遊びに来ていた。今は夏真っ盛りなので皆ひとときの涼しさを求めて海に集まる。俺が住んでいる育児館フレアの皆も同じで、今日は少し遠出をしてビーチまで来たわけだ。
フレア先生を始め、引率の先生監視のもと元気に遊び回っている皆。海を見てテンションが上がっているのかいつも以上にキャッキャと騒いでいた。そんな楽しそうな子供たちを穏やかな瞳で眺める引率の先生たち。そんな和気藹々とした和やかな雰囲気を醸し出しているが、二人だけどうもそうではない者がいた。
一人は俺だ。
俺は今でこそこんななりだが前世も含めれば、それなりに長く生きているだけあって流石にもう精神だけは成熟している大人だと自負している。そんな俺が他の子供たちと混ざるのもちょっと抵抗がある……とかいうスカした理由では決してないよ。なんだったら皆の輪に入って楽しみたいくらいだ。でもちょっとした切実な理由があって今回は遠慮した。
俺、カナヅチだから泳げないんだよね。
溺れるのは全然得意なんだけどさ。俺ってご存知の通り超弩級のドMだから海の中で苦しみながら藻掻くのは全然嫌じゃない……むしろ好きだからいいんだけど、万が一にでも沖に流されたら死んじゃうリスクがあるだろ? まだ第二の生《性》をこれっぽっちも謳歌できてないのにそれはご勘弁願いたいし。ドMといえど死ぬのは怖いもんだ。泳げないのは色々と支障きたすから今度先生たち捕まえて教えてもらっておこうかな。
とまあそんなわけで俺は大人しく砂浜や浜辺横の木々が生い茂っている涼しいゾーンを散策したり、スイカ割りしているグループを探したりと、割と自由に暇を潰していた。
で、もう一人は引率の先生の内の一人であり、どうも顔色が優れない……というかどこか疲れたような顔をしているようだ。まあここまでの道のりは結構長く、2時間ほどバスに乗っていたし、それで車酔いでも起こしたのかな。ちょっと心配だ。大人で優しさに満ち溢れている俺はその先生へと声をかけてあげる。
「ブリザ先生、体調悪そうだけど大丈夫?」
そう、俺が声をかけたブリザ先生は育児館フレアの院長先生兼代表でもあるフレア先生の娘ーー次女であるブリザード・カチュアことブリザ先生である。
水色の髪を風になびかせた美少女であり、俺の5個上の16歳。しかもアルフレッド魔術学園っていう日本一と称される魔術師育成機関に通っている関係で、今は実家である育児館フレアから離れた場所に暮らしているのだが夏休みで帰省中だ。夏休みという貴重な時間なのに父親であるフレア先生の手伝いを自ら志願するほど親孝行な女の子。
ちなみにブリザ先生は若いながら魔法の才に恵まれていたようで、アルフレッド魔術学園では学年主席らしく相当な実力を持っているらしい。お得意の魔法ーー確か氷魔法って言ってたから、いつかこの身で味わってみたい。冷たさに凍える俺を見下した眼差しで見て欲しいなあ。
そんな優しさと強さを兼ね揃えたブリザ先生を下から上目遣いで見ながら可愛らしさ全開で声をかけると俺をじぃーっと見つめ。
「……あ、ああ心配してくれてありがとうキモチくん。でもね、私の体調が優れないのは君のおかげなんだよ?」
えっ、俺のせいだって⁉︎
まさかの発言に首を傾げてしまう。人様に迷惑をかけるようなことは一切していないはずだ。全く皆目見当がつかないでいる俺にブリザは、「はぁ……」と深い溜め息をついた。
「キモチくん、頼むからその辺でスイカ割りをしている人の振り下ろす棒に自ら当たりに行く遊びはもう止めようね。その人たちのご迷惑になっちゃうからさ。それに頭かち割れて死んじゃうよ」
どうやらブリザ先生の顔色が悪かったのは俺のせいだったらしい。話を聞くと俺がさっきこっそりと抜け出して、スイカ割りしている人が振り下ろす棒に突撃したのを見ていたらしく、その人たちにめちゃくちゃ謝っていたという。なるほど、これは完全に俺のせいだったわ……。
「ごめんなさいブリザ先生」
素直に謝るとブリザ先生は優しい眼差しで「よし、お利口さんだ。ちゃんと謝れて偉いぞ」と言いながら頭を撫でてくる。
ブリザ先生の撫でテクやばい、心地良すぎ、寝ちゃう。ドMといえど苦痛以外のことで気持ちよくなることも普通にあるから。
とはいえドM気質が強すぎて気づけばスイカ割りの棒に引き寄せられるんだよなあ。あれはドMホイホイだよ。俺も悪いけどあの棒も悪いわ、ちゃんと反省してもらわないと。罠と分かっていても餌に食いつく魚の気持ちが少し分かる気がする。
まあブリザ先生が心配しているようなことにはならないんだけどね。なんせ俺はマイフェイバリットスキルーー『ドMの境地』のおかげで生命力と耐久力は大幅に強化されている。それに加えて特殊能力である『ダメージ変換』を使えば、痛みと引き換えにダメージ量を大幅に軽減できるから全く問題ない。まあ心配してくれるブリザ先生にそんなことを言えるはずもないが。これ以上ブリザ先生に負担をかけたくないし、他の方々に迷惑のかからない遊びでもしようか。
そう思い、その辺に落ちているクラゲを拾い集める。そしてそこそこ大きなーー俺がすっぽり入るくらいの穴を掘っていく。ここ掘れワンワンってね。
「……キ、キモチくん、何をしてるのかな? そんな大量のクラゲを集めて。あともう一つ聞きたいんだけど、なぜそんな穴を掘っているだい? まさかとは思うけどーー」
ブリザ先生の目付きが急に厳しくなり、「クラゲを敷き詰めた落とし穴でも作っているじゃないだろうね?」と怒気を込めて聞いてきた。
いやいや違うから‼︎ それブリザ先生の勘違いだから‼︎
俺がタチの悪い悪戯を敢行しようと思っていると勘違いしているので即座に返す。
「そんなことしないよ‼︎ これはクラゲ風呂を作ってるの。もちろんこの中に入るのは俺。クラゲから色んなところを刺されてヒリヒリするのを味わおうと思っただけだから‼︎ 落とし穴なんて他人の迷惑になるようなことはしないよ! まったくもうブリザ先生は早とちりなんだから」
ふぅやれやれといった様子でブリザ先生に説明すると。
「もっと悪いわ! そんなのダメに決まってるでしょ‼︎ ドMなのも大概にしなさいッ‼︎ だいたいキモチくんはいつもいつもーー」
またいつものお説教が始まった。もう何回目だろうか、流石に面倒だな……とは思わない。むしろこのお説教タイムは俺にとってご褒美みたいなもの。熱い砂浜の上で正座し、熱い太陽を浴びながら、年上の可愛い女の子から怒られる……なんと甘美な時間なのだろうか! 控えめに言って最高だあ‼︎
そんなこと思いながら聞いてるとはつゆとも思っていないブリザ先生は長々と説教をしてくれる。この光景はフレア育児館ではもう見慣れた光景であるのか、他の子供たちはおろか、フレア先生を始めとした他の引率の先生たちも当たり前のようにスルーしていた。なんか放置プレイみたいで良いよね。説教に加えて気持ち良さ倍増するし。育児館フレアの人たちは本当にドMが喜ぶ扱い方を心得ているよ、皆大好き‼︎
最近ーーブリザ先生が夏休みに入ってからいつもこんな感じ。何かにつけて、自らに苦痛という名の快楽を与えるため……って言うと良くないから己に試練を与えるため、その辺のがっしりとした樹木に体当たりしたり、その辺のいたモンスタたちーースライムから溶かされたり、ゴブリンにボコボコにされたりしちゃうから毎回ブリザ先生に見つかって怒られる。
一応言い訳として自分のスキルを強化するため仕方なくとか、苦痛を伴うスキルだから今のうちに少しでも苦痛に慣れておきたいとか、そんな感じのことを言っている。こう言うとあまり強く言えないようだ……まあちょっと申し訳ない気持ちにはなるけど。そこに関してはごめんなさい。でもフレア先生たち一部の俺と関わりが強い人たちからは己の欲を満たしたいだけなのはとっくにバレてると思うけどね。
とまあ『ドMの境地』のスキルを得てから1年しか経ってないけど、こんな生活をしていたおかげなのか、はたまた素養があったのかは分からないが大幅にステータスが強化されていた。
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キモチ・ハーペイン
『基礎値』
・生命力:1200/1200
・魔力 :30/30
・腕力 : 25
・耐久力: 250
・器用度: 15
・敏捷性: 15
『スキル』
・ドMの境地Lv.2
∟ダメージ変換
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どう? 凄くない、これ? 特に生命力と耐久力の伸びが。
フレア先生曰く、この二つの数値は子供としてはかなり高いらしいよ。ハイライトを失ったような目で褒めてくれた!
これがこの1年間の努力……とか言ったら間違いなく怒られてそうだから言わないけど、まあ実った成果ではあるよね。なんだかんだで順調に成長しているのでこれからもこの調子で頑張ろう。その間はブリザ先生やフレア先生たちの胃とかに心とかに結構な負担をかけちゃうかもしれないけど、ごめんね。いつか受けた恩は返すのでもうしばらくよろしく‼︎
ありがとうございましたー