5話 喧嘩
ギルドの建物の裏側に、丁度いい大きさの空き地があった。
普段は練習場として開放されているらしいが、夜中では誰も使用していなく、喧嘩をするにはもってこいであった。
空き地の中心には、俺と大柄の男(そういえば、コイツの名前を俺はまだ知らない)。
それを何人もの野次馬が囲んでいた。
中には、先程の受付嬢まで居る。
俺の実力を確認しに来たのだろう。
「逃げなかった度胸だけは認めてやるぜ」
「それはありがたい」
「けっ、何処までもスカした野郎だぜ。ルールはどんなのが良い。てめーに合わせたルールにしてやるぜ!」
「? 喧嘩にルールが有るのか?」
「ウィザードのてめぇへのハンデだよ。喧嘩が終わった後に、『あー、本気が出せなかったな―』みたいな言い訳が出来ねえよにな!」
なるほど、と俺は頷く。
「ま、どんなルールだろうと、ウィザード如きの中途半端な魔法じゃ、俺様に傷一つ付けられねえがな!」
「……ふむ。なら、ルール無用で構わない。これは俺の実力を確認するためなんだろう? 逆に、言い訳をされても困るんでな」
「舐めやがって……!」
俺の言葉に、観客のボルテージも上がっていく。
中には、殺せ―、などという不穏な言葉まで。
……さすがに殺しては駄目なんだよな?
「ああ、1つだけ言っておくと、俺は良い勝負というのが演出できない。始まった瞬間、すぐに決着が着いてしまうと思うが許してくれよ」
「……ぶっ殺してやる!!」
男は剣を抜き、そのまま俺に切りかかってきた。
観客たちは、わあっ、と歓声を上げる。
が、
――宣言通り、勝負は一瞬だった。
コチラに向かってきた男は、それが自然であるかのように、地面に向かって顔面から倒れ伏す。
……ま、こうなるよな。
数十秒ほどして、観客たちがどよめきだす。
「お、おい、何でローウェンの奴倒れてんだ?」
「俺が知るかよ! なんか呪いでも使ったんじゃねえのか」
「ウィザードが、そんなもん使えるわけあるかよ!」
などなど、様々な声が聞こえてくる。
というかコイツの名前ローウェンだったのか。初めて知った。
俺は、勝負あったと判断して立ち去ろうとするが、後ろから声がする。
「お、い、何処、行きやがる……!」
「ふむ。一発で終わらせるはずだったのに、大した持久力だな」
俺がローウェンに対して行ったのは、彼の顎に対して横から思い切り風魔法をぶつけただけ。
といっても、俺が本気で風魔法を唱えたところで大した威力にはならない。
しかし、それだけでもローウェンに脳震盪を起こさせるには十分。
実際、ローウェンは立ち上がるのすら困難なレベルになっていた。
「ふざけ、やがって……!」
「困ったな。出来る限り楽に倒してやるつもりだったんだが。……仕方ない、少しだけ苦しいが耐えろよ?」
「何を……」
俺は、ローウェンに対して1つの魔法を唱える。
次の瞬間、彼はもがき苦しみ出す。
「が、はッ……! 息、が……! 溺れ……!!」
それだけ言って、今度こそローウェンは倒れ伏し、起き上がることはなかった。
「このまま死ぬことは無いと思うが、誰か人工呼吸でもしてやれ」
俺はローウェンを応援していた観客に対して告げる。
だが何が起こったのかわからないと言った様子。
「お、お前、一体何をしたんだよ……!」
「別に大したことはしてない。ただ、コイツの鼻や口、そして気管に水を出現させただけだ。勿論、殺さないように少量だけだがな。その結果、息が出来なくなって気絶したわけだ」
「ひ、卑怯だぞ! 正々堂々と戦え!」
「……卑怯?」
俺は、反論してくる人間に対して一歩だけ近づく。
「本来なら、ヘルハウンドを殺したときみたいに、火魔法を口の中で発現させても良かったんだ。……いや、本気ならば口の中じゃなく、直接心臓を狙っても良かったんだぞ?」
ヘルハウンドの時は、頭以外に急所が分からなかったからそうしただけで、人間ならば直接急所を狙える。
「結果に不満だって言うなら、お前がかかってきても良い。まあ、ローウェンとかいうやつの二の舞……。いや、手加減をミスって殺してしまうかも知れないがな」
「ひっ……!」
怯えるように、男たちは俺の側から離れていく。
「リオン、やりすぎです。みんな、怯えてしまっていますよ」
「……悪い。調子に乗りすぎた」
今まで、こんな風に人を圧倒したことが無かったゆえに、少々楽しくなりすぎてしまった。
俺はカルラの忠告通り、踵を返す。
俺が歩く先は、1人を除いて観客が勝手にどいていく。
「さっきの受付嬢か」
先程受付をしてくれた受付嬢は、非常に申し訳無さそうな顔をして佇んでいた。
「リオンさん、先刻は実力を疑うような発言、申し訳ありません。ここに謝罪させて下さい」
「いや、別に構わん。あんたは自分の仕事をしただけだからな」
「ありがとうございます。お詫びと言ってはなんですが、本日の宿のご予定はどうなっていますでしょうか? まだでしたら、ギルドの方で手配させていただきますが」
丁寧に頭を下げながら、受付嬢はそんな提案してくる。
「……らしいが、カルラはどうする?」
「そうですね。人の好意はありがたく受け取っておきましょう」
「分かった。じゃあ案内してくれ」
「かしこまりました」
俺たちは観客からの注目を浴びながら、そのまま空き地を後にするのであった。