3話 ギルドにて
「……まぁ、こんなものか」
修行後、初めての戦闘。
だが特にこれと言った感慨はない。
なるべくしてなった、というのが1番の感想だろうか。
「い、一体何が……?」
俺の顔とヘルハウンドを見比べて、何が起きたのか分からないといった顔のカルラ。
見るからに弱そうな人間が、特に魔法の詠唱をすることもなくヘルハウンドを倒したのだ。驚いて当然だろう。
「俺は、任意の場所に魔法を発動させる事が出来るんだ。こんな風に」
そう言って、離れた位置にあるヘルハウンドの死体を燃やす。
「有効範囲は5メートルぐらいしかないが、その範囲内なら、どんなところでも発動できるんだ。例え、それが魔物の体内であっても、な」
正確には、魔力が存在する限り、という条件付きだが。
しかし生物であるならば、大抵の存在が魔力を持っているので嘘ではない。
「そ、そんな魔法聞いたことありません。リオンの職業は何なんですか!?」
とは言っても、カルラはそんな事を知る由もなく、疑問をぶつけてくる。
「ウィザードだ」
「私の知る限り、ウィザードはそんな魔法使えないはずです!」
そうは言ってもな、と俺は頭をかく。
そもそもとして、俺のこれは名前のある魔法ではないし、やっている事自体は初級魔法だ。
ウィザードという職業が持つ器用さゆえなのだが、それを説明したところで分かってはくれないだろう。
というか、そもそも俺は初級魔法しか使えない。
精神世界では、肉体の成長が無かったからか、そういった進歩は何一つとして出来なかった。
「とりあえず、場所を移そう。いつまでも此処に居ると、騒ぎを聞きつけた他の魔物が来るかも知れない」
「そ、そうですね……。あ、魔石の剥ぎ取りだけしても良いですか?」
魔石とは、魔物が宿す核のこと。
それは魔物が死んだ後も、ある程度の魔力を保有し、様々な用途に使われる。
そして冒険者としては何よりも、討伐した証として剥ぎ取るのが基本であった。
「あともう1つだけ、良いですか?」
「? 別に構わないが」
カルラはそう言って、俺の方に向き直る。
「助けてくれてありがとうございます、リオン」
頬を少しだけ染めて、彼女はお礼を言う。
それがどうにも気恥ずかしくて、俺は、ああ、とだけ返事をする。
その後、場所を移動しながら、カルラから現状についての説明を受ける。
此処はダンジョンの地下5階。元々居たダンジョンと同じような、地下迷宮。ヴァルレイヤ迷宮と言うらしい(ヴァルレイヤ地方にあるため)。
しかし、この場所の名前には全くと言っていいほど聞き覚えがなかった。
「エッケラン迷宮、ですか? そちらは私も聞いたことがありませんね」
「となると、随分と遠い場所に飛ばされたってことか……」
転移陣は、本来ならそこまで大きな距離を移動できるものではない。
が、時間の牢獄が関係している以上、どれだけ離れた場所であっても納得はできてしまう。
「とにかく、ダンジョンを出ましょうか」
「そうだな」
俺は頷いて、地上を目指す。
途中、襲ってくる敵が何体かいたが、遠距離からは俺が、近距離の場合はカルラがと言った形で殲滅していった。
ヴァルレイヤ地方の都市は、俺が元々居た場所よりもだいぶ栄えた場所であった。
活気づいた市場に、しっかりと整備された街中。
陰鬱な雰囲気など全く感じさせなかった。
冒険者ギルドも、ひときわ大きな建物で、酒場が併設されていた。
ただ少しだけ困ったこととして――
「おい、剣聖のカルラ様が男を連れているぞ……?」
「あの誰ともパーティーを組まないと噂の白銀の剣聖が……。嘘だろ……?」
「というかあの男は誰だ? ここいらの奴じゃないよな?」
こんな風に、周りから好奇の目線を向けられていることだろうか。
「カルラ、白銀の剣聖って呼ばれてるのか?」
「そ、その名前では呼ばないで下さい! 周りが勝手に言い出して、私としては恥ずかしいんです!」
そう言って頬を赤らめるカルラ。
白銀というのは、カルラの見惚れるほどの銀髪からだろう。
短い間だがダンジョン内で彼女の実力を見たので、剣聖と呼ばれるのも納得がいく。
もっとも、当人が嫌がっているので詮索はしないが……。
カルラは周りの視線を無視して、カウンターで作業をしていた受付嬢に話しかける。
「受付嬢、クエストの報告を行いたいのが良いでしょうか?」
「はい。了解いたしました。ヘルハウンドの魔石を1つ、という依頼でよろしかったでしょうか?」
「ええ。ただ今回はヘルハウンドが集団で襲い掛かってきたため、魔石が3つに増えてしまい、全部買い取って欲しいのですが……」
カルラは、カウンターに剥ぎ取った魔石を3つ置く。
「あのヘルハウンドを3体もですか!? ……さすが、Aランク冒険者のカルラさんですね!」
「いえ、ヘルハウンドを倒したのは私ではなく、こちらのリオンです」
「……へ?」
受付嬢は、カルラと俺の顔を見比べる。
ヘルハウンドがどれほどの魔物かは知らないが(瞬殺してしまったため)、反応を見るにそこそこの魔物なのだろう。
「えっと、リオンさん、ですか? 当ギルドのご利用は初めてですよね? 冒険者カードは持ってますでしょうか?」
「え、ああ、はい。確か持ってたはずですが」
荷物の大半はエリスに奪われてしまったが、幸いにして冒険者カードはポケットに入れていたため失くしていない。
俺が冒険者カードを受付嬢に渡すと、彼女の顔が露骨に曇った。
「Dランク。……しかも、ウィザードですか……?」
冒険者のランクは、SからFランクまで存在する。
一番下がFランクで、一番上がSランクだ。
つまるところ、Dランクというのは初心者をようやく脱した程度というところだろう。
しかも、職業は最弱と名高いウィザード(最序盤は意外と便利なのだが)。
受付嬢の反応は至って普通のものと言えるだろう。
彼女は俺ではなく、カルラの方に視線を移す。
「カルラさん。流石に冗談がきつすぎますよ……?」
「冗談ではないですよ。私も最初は目を疑いましたが、間違いなくリオンがヘルハウンドを倒す瞬間を見ましたので」
その言葉に、それでも首をひねる受付嬢。
カルラが嘘を付くような人間でないことは、彼女も重々承知なのだろう。
しかしそうであったとしても、ウィザードのDランクがヘルハウンドを3体倒すというのは、信じられないということだ。
「……とりあえずはヘルハウンドの分の報酬をお渡しします。ただ、リオンさんが本当にヘルハウンドを倒したかどうかは断定できませんので、その件に関しましては追々……」
「わかりました」
俺は、受付嬢から冒険者カードと報酬を受け取る。
まあ、妥当な落とし所だろう。俺が受付側だったとしても、同じ判断を下す。
仮に俺がヘルハウンドを倒したことを認めてしまえば、Dランクがヘルハウンドを倒したということになり、色々と手続きが面倒くさいのだろう。
そんな事を考えながら、俺は受け取った貨幣を手に取る。
なにやら金色に輝く硬貨で、おそらくそこそこの価値があるのだろうが、生憎と俺はこの場所の通貨を知らない。
「カルラ、俺は此処らへんの通貨の価値を知らないから、預かっておいてくれないか?」
「え、良いんですか……? 結構な大金ですよ……?」
「気にしないでくれ。信頼の証だと思ってな」
カルラは俺の言葉に少しだけ驚いた後、ふふっ、と笑う。
「わかりました。では、報酬も貰いましたし、ご飯でも食べましょうか」
俺は了承し、そのまま併設されている酒場へと向かった。