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病魔と神聖巫女の境界線  作者: シンG
第一章 廃棄令嬢
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ブックマーク、ご評価、感想ありがとうございます!(*'ω'*)

お読みいただき、本当に感謝です♪

 わたしは反射的に水で濡れた髪で顔を覆い、可能な限り身を丸めてドレスで肢体を隠す。発見されてしまった時点で、そんな行為は無駄でしかないというのに、それでもわたしはわたしという存在を隠したいという思いから、身を小さくしてしまった。


 わたしの葛藤を他所に、騎士の彼は鎧が擦れる金属音を立てながら、すぐ傍までやってきてしまった。


 前髪の隙間から恐る恐る覗きこむと、騎士の鉄靴と脛当て(グリーブ)が視界に入り込む。彼はわたしへの対応を決めかねているのか、何度か足の位置を変えている様子は、そんな彼の迷いを表す仕草に見えた。


「だ、大丈夫か……? 派手に湖の中に突っ込んだようだったが……」


 一応、淑女扱いしてくれているのか、彼はわたしに触れることなく、歩数にして3歩ほど離れた場所で立ち止まり、わたしに配慮の声をかけてくれる。


 騎士たちには国から儀礼法というものが定められており、そのうちの一つに「未婚・既婚に関わらず、全身鎧(プレートアーマー)を装備し、職務に当たる際は、許可なくみだりに淑女に近づくべからず。戦闘行為・緊急事態を除いて、淑女との距離は三歩の間を適正と定める」とある。


 きっと彼はそれを忠実に守り、少し離れた位置から声をかけてくれているのだ。


(ど、どうしよう……ここで返事、しなかったら失礼だよね。で、でも……今のわたしのくしゃくしゃの声を聞かせる方が失礼なような……うぅ)


 一般令嬢としての礼儀と現実の境目で頭を悩ませながらも、わたしは迷い迷い、口を開いた。


「だ、大丈夫、です……ご心配は、無用、です……」


(あああぁぁぁ……なんて酷い声。ぜ、絶対に気味悪がられちゃうよね……)


 肩に重しを乗せられたような感覚を抱きつつ、わたしは俯いた。微かに浅い水底に手をつく手が震えたのか、腕から波紋がゆったりと広がっていった。


「あ、えぇっと……すまない、婆さん。何があったのか分からんが、一人でこの森は危険だし、そのまま冷たい湖水に浸かっているのも危ないだろう。我が主に拭くものがないか確認してくるから、上に上がって待っていてくれないか? 手を差し伸べる許可をいただけないだろうか」


(ば、ばばっばば……婆さん!? き、聞き間違え、じゃないよね……! ば、婆さんって……わたし、まだ13歳なのに……あぅ、今すぐベッドに飛び込んで泣き寝入りしたい気分です……)


 確かにわたしの今のしゃがれた声は、老婆のそれに近しいものかもしれないが、それでも傷つくものは傷つく。ある意味、森で一人、捨てられたことを悲観していた時よりもダメージが大きい気がする。


(うぅぅ……でも待って。い、今……主に確認、って言ってたよね? つまり、少しの時間……この場を離れるってこと? だとしたら、逃げ出せるチャンスかも……)


 またお婆さんの印象を濃くするのは嫌だけど、このまま行けば間違いなく王都の門をくぐる際に、身分証明や事情聴取などに発展するだろう。その時にわたしの取り扱いが一体どういうものになるのか……残念ながらわたしだけの知識では見当もつかない。


 いや、それ以前にどうあってもわたしの今の素顔を見られる可能性が高いわけで。この騎士にお婆さんではなく化け物呼ばわりされて斬り殺される方が先かもしれない。


(迷っている暇は……無いわ。とにかくタオルをお願いして、いったん騎士のお方には離れていただかないと……!)


「ぁ、はぃ……不躾では、ありますが……何卒、宜しくお願い致します……」


「あぁ……それにしても婆さん。平民にしちゃ丁寧な喋り方だな。それに大分汚れて破けたりしているが……そのドレスも――ん?」


「……ッ」


 なんだか嫌な間が空いた。


(わたしのドレス……で何か、気になることがあるの? え、なに? 確かに伯爵家のドレスだから上等な布地を使ってはいるけれども、今はボロ雑巾にも等しい有様よ? なにか疑問を感じるようなことは――いえ、待って。ドレス……ドレス……なんだったかしら、何か忘れているような気が……)


「婆さん、そのドレス……いや、その裾の刺繍は、貴族のもの――だな? ば――あ、いや。貴女は何故こんな場所にお一人でいらっしゃる? 貴族が騎士をつけずに森に一人でいるなど、あり得ないことですよ。それもご高齢な貴女が……自殺行為にも程があります」


(あぁっ、そうだわ! 刺繍! 思い出したわっ! そういえば以前、貴族が纏う衣服にはそれぞれの家が持つ独自の刺繍を織り交ぜて縫うのが一般的だって学んだことがあるわ。……でも、変ね。そんな簡単に身元が分かるようなものを着せたまま棄てるなんて……あのお父様がするかしら)


 思考に没頭していると、ズイと俯いているわたしの目の前に、大柄な手のひらが差し出された。


 思わずギョッとしてしまう。


「――お手を」


 先ほどとは打って変わって、堅い口調。


 どうやら、この騎士は何かしらの事件性を疑い始めたのか、先ほどまでの友好的な口調から事務的な口調へと変更したようだ。つまりそれは……わたしにとって非常に宜しくない方向に事態が転がったことを意味していた。


「あ、ぇ……えっと」


「お手を」


「……」


 許可を求めているはずなのに、彼からは有無を言わさぬ威圧感を受ける。


 逃げられない。どう足掻いても彼の手を取る以外の選択肢はなさそうだ。いくら走りづらい騎士装備をしているとはいえ、鍛え上げた男性と枯れ木のようなわたしとでは何もかもが違いすぎる。ここから走ったところで、ものの数秒で取り押さえられてしまうのは目に見えている。


 むしろ抵抗は状況を悪化させる要素でしかない。


(ここまで、なのかな……)


 この騎士はわたしに手を差し出した。


 貴族の保護、という名目なのだろうけど、それにしても迷いがなかった。もしかしたら彼の主人は、そういった際の取り扱いに長けた人物なのかもしれない。単に慣れているだけなのか、それとも同じ貴族に采配を下せる高位貴族なのか。


 間近で見る彼の騎士装備は、近衛のそれとは別のものだから、王族関連ということは無いと思う。けれども底知れない力強さをこの騎士の背後に感じて、思わず気後れをしてしまった。


 わたしは何度も思考を巡らせたが、一向に微動だにしない騎士の手を見るたびに挫けそうになり、結局はその手のひらに濡れた右手を載せてしまった。


「ありがとうございます。私の主は聡明なお方だ。ただの事故なのであれば必ずや良きに取り計らってくれることでしょう」


(事故であれば……。わたしの「これ」は何に値するのだろう……)


 わたしは濡れそぼった前髪を空いた左手でかき分け、騎士の顔を初めて仰ぎ見た。


「――――ッ!?」


 酷く醜いものを見たせいだろうか、騎士の男性は平静を隠し切れないほどギョッと目を見開いた。けれどもいきなり斬りかかってくることはなく、一瞬の間を空けてから、再び「どうぞ、こちらへ」と案内を再開してくれた。


 化け物として殺されはしなかったものの、わたしの胸中は不安で一杯だった。おそらく身元の確認が真っ先に来るのだろうが、わたしの現状を伝えたところで状況が好転するとは思えない。


 だってわたしは忌避すべき――崩王病ほうおうびょうに罹った人間なのだから。


 きっと気味悪がられて、すぐに森に棄てられるかもしれない。それだったらいいのだけれど、最悪なケースはわたしがまだ生きていることを不気味に思って、殺されることだ。それだけは……嫌だ。


「……」


 二歩、三歩と歩いたところで、騎士の男性が歩幅をわたしに合わせてゆったりとしたものにしてくれた。本当に優しい騎士だ。わたしの素顔を見て、貴族のドレスを着ているのを見て不審に思っているはずなのに、まだ気遣いを忘れない。


 そんな暖かさを唯一の拠り所にしつつ、わたしと騎士は緩い斜面を登り、例の小屋へと足を向けるのであった。




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