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どうしても女の子の行方が気になったわたしは、ぐるりと小屋の周囲を半周し、裏手から中の様子を見られないか探ってみた。
ぐるり、と言っても、その半周を歩くのにすらそれなりの時間はかかったけど……。
途中の草木をムシャムシャとつまみ食いしながら、もはや伯爵令嬢とは何だったのかという自問自答をしたくなる想いに鍵をかけ、わたしは裏手の窓に手をかけた。
(んっ……ちょ、ちょっと高いけど、せ、背伸びすれば……)
グキッ。
(んにゃーーーッ!?)
健康体のつもりで背伸びしようとしたら、弱体化していたわたしの足の親指と人差し指が嫌な感触と共に痛みを訴えだしてきた。
(い、痛いッ! イタタタタタッ!?)
きっと今の痩せ細ったわたしの体重すらも支えきれなかったのだろう。骨折したかと思ったけど、その場で尻餅をついて、両足を数分間休ませたら、徐々に痛みが落ち着いてくるのを感じた。どうやら骨折までには至らなかったようだ。
(よ、良かった……けど、き、気を付けないと……いつかわたし自身の不注意で命を落としちゃいそう……)
痛みが大分ひいてから、わたしは踵立ちのようにしてヨチヨチと立ち上がり、何度か指を折り曲げては歩くのに支障がないか確認する。もちろんその間にも痛み止めになる葉っぱを食すことに余念はない。
(なんだかこの苦みと渋み……癖になってきたわ。ん、あれっ? なんか視界が……霞んで、それに喉も、うっ…………くっつくような不快感が……)
心無しか呼吸も荒くなってきている気がする。
いや……「気がする」じゃなくて、間違いなく身体に異常がきたしているっ!
(も、もしかして……もう、水分がッ!?)
試しに小さく声を出してみようと試みたが、喉奥から漏れ出てくるのは「ッ」という短い空気音のみ。
どうやら湖から小屋まで歩き、木陰に隠れていた数分間だけでわたしの身体中の水分は、生命維持のために大部分を使われてしまったらしい。
(…………ま、また湖の水をガブ飲みしに行かなくちゃいけないのね。どんどん女としての矜持が廃れていく気がします……)
シクシクと泣きたいけど、涙腺もカラッカラに干からびており、身体が「涙に使う水分は無いッ!」と叱っているような気さえしてくる。
右手は勝手に近くの木から葉をむしっては口に運んでるし、わたしはそれを無意識に違和感なく咀嚼しているし……なんだか崩王病関係なしに色々と終わっているような……。
(はぁ、とりあえず……来た道を戻って、水分を補給しに行きましょう)
トボトボと木の隙間を縫って歩き、馬の世話をしている騎士に見つからないよう機会を見計らいながら、湖への手前までたどり着く。
(あ)
ガクン、と視界が揺れた。
先ほど痛めた右足が頭の中で描いている挙動をしてくれてなかったようで、左足が右足の脛に引っかかり、縺れてしまったのだ。
(あわ、あわわっ)
なんとか踏ん張ろうと踏鞴を踏むが、いかんせん虚弱な今のわたしの足腰では一度崩れた状態を正常に戻す余力がない。と、ととっ、と何度か地面を踏み鳴らしながら、わたしの体は緩やかな湖への斜面へと近づいていき――ズルッという感覚が踵から伝わってきたときは既に遅く。
わたしはぬかるんだ斜面に足を取られ、完全に全身のバランスを崩してしまった。湖から出てきた際に衣服や肢体から流れ落ちた水が、傾斜の土を滑りやすい泥濘に変えていたのだ。
(あわーーーーッ!?)
視界が斜面に沿って平行移動し、途中の石か何かに足の甲が引っかかった瞬間、今度はつんのめるように重心が移動し、下方へと景色が流れていった。
そして、見事に湖の畔に再び顔面から突っ込んだ。
大きな水飛沫を舞い上がらせ、わたしはまたしても畔近くの湖底の土と水を口に含ませてしまう。
「ガポッ……」
(く、苦しいっ!)
でも喉を通る湖の水と沈殿物は、今のわたしにとって必要な「成分」であるため、苦しいと思いつつも口の中に入ってきた異物を全てのみ込んだ。
そして地面に両手をつき、水の重みを何とか押しのけながら、ゆっくりと湖面から上体を起こした。
「ぷ、はぁ……げほっ…………ッ」
新鮮な空気を肺に取り込んだと同時に、わたしは<体内精製>が行われていることに気付いた。最初は景色が色づいた感動、声が出やすくなったという昂揚感に埋もれて気づかなかったが、どうやら……薬効だけでなく、湖底に沈んだ土に含まれる鉄分や栄養分などが体内で再構成され、不足している身体の欠損を補い始めているようだった。
(……わたし、別に医学を学んだこと、無いのに……分かる。わたしの中で何が起こっているのか、知識ではない部分で理解することができる。…………わたし、本当にどうしちゃったの?)
未知の現象に恐怖感を覚えるも、<体内精製>は少なくともわたしの味方だ。今のところ副作用、反作用のような現象は無いようだし、そもそも崩王病で死んでいたはずの身体がこうして生の実感を味わえているのも、間違いなくこの力のおかげである。
わたしは頼れる味方はこの力だけだと言い聞かせながら、再び身体が欲するままに湖水を啜った。
体中に冷たいものが行き渡る感覚を噛みしめていたその時――、
「おいッ、大丈夫か!?」
と、背後から男性の大声が響き渡り、わたしは思わずビクッと肩を震わせた。
嫌な予感を抱きつつ、そろりと濡れそぼった前髪で皺くちゃの肌を隠しつつ僅かに顔を後ろへ向け、声の出元を確認した。
そこに居たのはどこかで見たことのある男性――というのもそのはずで、さっき馬の世話をしていた騎士だった。
わたしはサァーッと体温が湖水以下まで下がったような気がした。
(あ、や、駄目っ……、今のわたしが、見つかったら……!)
醜い化け物のような形相の者が、こんな森の中の湖にいたとしたら――あの騎士はどう思うだろうか。騎士たちは主たる貴族や王族を守護する役目を担っている。彼らからすれば、わたしは異形の怪物で、きっと話を聞こうともせずに害悪と判断して、その剣を振るうことだろう。
――つまり、殺される。
きっとわたしが湖に落ちた時の音で、様子を見に来てくれたのだろう。心配をして声をかけてくれる当たり、優しい人だとは思うけど……残念ながら、その優しさがわたしにも適用される可能性は限りなく低い。
「ひっ」
引き攣った声を出しながらも、わたしは急いで立ち上がって逃げようとしたが、走ることすらできないこの身体でどうやって逃げるというのか。
思考が回らず、右往左往している間にも騎士は斜面を降りてきて、わたしのすぐ傍までやってきてしまった。
 




