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病魔と神聖巫女の境界線  作者: シンG
第一章 廃棄令嬢
6/17

06

ブクマ、ありがとうございます!(*'ω'*)

 小屋――とくれば、当然そこに住まう者がいる。


 これがただの遭難であれば、わたしは喜んで小屋をノックし、助けを乞うだろうが――今のわたしは皺だらけの枯れ老木に見間違えるほどの痩躯に加え、病気持ちだ。


 崩王病ほうおうびょうは感染しないという共通の認識はあれど、未だ何が発生源で起こる病気なのか解明されてないと聞く。とくれば、好き好んで近寄ろうなんて思う物好きはいないだろう。


 わたしは走りたい気持ちを抑える。


 走ろうとしたところで、わたしの肉体感覚に実際の肉体がついていけず、派手に転ぶのが目に見えているからだ。


 今のわたしを小屋の窓から見れば、森からやってきた怪物にしか見えないだろうから、早めにこの場を去るべきだと判断した。


 見たところ、小屋の正面口から森の脇へと整備された小道が通っているようで、おそらくどこかの街道に繋がっているのだろう。比較的形がくっきり残っている轍があるあたり、放棄された小屋ではなく、今も誰かが使っている場所なのだろう。


 周辺の整備から、外観の清掃まで行き届いており、家主が不在であっても管理人がきちんと定期的に整備を行っていることが伺える、とても綺麗な二階建ての小屋だった。


 いい加減、枯葉のベッドから人並みのベッドで寝たいと言う願望もあったが、わたしはぐっとその欲を抑えつけて、一歩一歩、音をあまり鳴らさないよう気をつけながら小屋の脇の方に移動していく。


 近づいて分かったのだが、開けた場所の奥――小屋の奥側は森の続きがあるわけではなく、数本の木々を抜けた先にさらに開けた場所があるようだった。


 わたしの視界が白黒光景なせいで、木が密集しているのか、その先が開けているのか一瞬判断がつかなかったが、近づくことで確信することができた。


(……もしかして)


 小屋の壁に手をつきながら、固く均された土の道を進み、何本かの木々の合間を縫ってその先へと足を踏み出す。


(これは…………そんなに大きくないけど、湖なんじゃ――きゃっ!?)


 目の前に広がる光景は、広大とは言えないが、円形に近い水場のような場所が広がっていた。「のような」と表現せざるを得ないのは、やっぱりわたしの見る世界が白黒であることが原因で、眼前の地形が湖なのか泥沼なのか、もしくは単に湿気を多分に含んだ剥げた地面が広がっているのか、判断に迷ったからだ。


 ただ……晴天の空から降り注ぐ日光に水面らしき部分が反射していることから、わたしはここを「湖」と最終的に判断することになった。


 そして、その光景に魅入られるように足元に気を払わずに一歩踏み出したことで、わたしは緩い傾斜に足を取られ、お尻から滑るようにして湖の畔まで不格好に辿り着くことになった。


 主観では派手に転んだ気がしたのだが、痛みはなかった。きっと痛み止めが効きすぎて、この程度の衝撃では何も感じないのだろう。崩王病ほうおうびょうによる激痛すらも大部分を抑えているのだから、当然といえば当然かもしれない。


 しかし湖……湖である!


(や、やったわ! み、水……ついに水よっ!)


 プルプルと、手足を震わせながら何とか立ち上がり、両手を突き出しながらヨロヨロと水辺に向かって一心に足を動かす。逸る気持ちが足を縺れさせようと邪魔をしてくるが、奇跡的に一度も転ぶことなく、わたしは湖に手が届くところまで着き――そのまま倒れ込むようにして顔から突っ込んだ。


(ゴポポポポポッ! 最後の最後で転んだっ! 早く、起き上がら……ないと!)


 足首に何かが当たった感じがしたので、おそらく畔に落ちていた枝にでも足を引っかけたのかもしれない。


 顔面から柔らかい土に突っ込み、わたしは口の中に水やら土やら色んなものが入ってくるのを察知し、このままだと窒息なり溺死なりしてしまうと、慌てて両手を動かし、起き上がろうとした。


 こういう時に緩慢な我が身が嫌になってくる。


「……ガポッ、……ォ、…………ゴフッ」


(く、苦しいし、……うぇ~……変なものたくさん飲み込んじゃったよぅ……)


 あらゆる沈殿物と待ち望んだ水が喉を通って、体内に入り込んでくる感触は形容しがたい不快感だった。


 だというのに、今のわたしの体は……それすらも成分分析をしてしまうようだった。


 何とか両手をつき、顔を水面から持ち上げたわたしの脳裏には、今しがた体内に取り込んだ情報が目まぐるしく飛び交うものの、文字や言葉として頭の中に入ってくるわけではないので、どういった成分が含まれているのか明確に分かるわけではないけれど、それを以って「何ができるか」という結果だけは理解できた。


 痛み止めの時と同じだ。


 成分の詳しい情報は分からないけど、それが「痛みを軽減する」という効能――その結果だけを理解することができた。


(え、う、嘘……?)


 そして、今わたしの体内で何が行われているのかを察し、わたしは思わず唖然となった。


 いくら政略結婚用の子として屋敷に閉じ込められ、箱入り娘として育ったわたしでも、さすがに「これは」おかしいと思えた。


 仮に今、湖面に突っ込んだ際に取り込んだ沈殿物に様々な成分や微生物がいたとしても、それらが「この治療」に直結するとは思えないのだ。特別、薬師学をかじったわけでもないから、自信があるわけじゃないけど……。


 しかし――わたしの疑問とは裏腹に、実際にそれは起こった。


「……ぁ、ぎ!」


 ザリザリ、と砂がこすれ合うような感触。


 眼球がゴロゴロと回転を繰り返し、全身のあらゆる部位に冷たい何かが走り回る。


 わたしは慌てて目を閉じ、その場で縮こまるようにして体を両手で抱きしめた。


 断裂し、破壊され、壊死し、組織や血肉、神経の全てが死へと向かうこの身体を再編しようと<体内精製>が今までにない勢いで働きかけを行っている。


 ――足りない。


 そう感じ、わたしは腰を曲げ、再び湖面に顔を沈め、弱った咽頭に水を流し込む。


 ――足りない。


 一度顔を上げても、やはりまだ不足しているらしく、今度はより深く顔を沈めて、泥のような沈殿物を噛み千切るようにして咀嚼する。


 ――まだ、足りない。


 体内再編が繰り返され、この四日間で枯渇するほど失ってしまった色々なものを構築されていく。


 ――まだ――。


 何度繰り返したか分からないほど、わたしは幾度となく湖面から顔を出しては沈める行為を繰り返した。


 わたしの中に秘める力が「もういいよ」と言ってくれるその時まで、人としての恥や外聞などはきっぱり棄てて、わたしは繰り返した。何度も、何度も、何度も……。



「……ゲホッ、っ、うぐ…………、は、はぁ……はぁ……!」



 衝動が収まる。


 まず、第一に――この視界に映る光景に驚きを隠せなかった。


「色が……わたしの目に色が……戻ってきた、の?」


 ついさっきまで白黒風景だった世界は、再び色を取り戻していた。


 煌びやかに光を反射する水面。


 爽やかな風にそよがれて揺れる木々。


 白い雲と空、そして眩しいぐらいに光を与えてくれる太陽。


 その全てに色が戻っていた。


「し、信じられない……」


 色弱や失明は、神殿の神聖巫女でも治せるのは一握りで、かかる費用も莫大なものだと耳にしたことがある。湖の水をがぶ飲みしたり、水底の沈殿物を喰らったりと人とは思えぬ所業を挟んだとはいえ、こんなに……いとも簡単に治るほど軽い病状ではないのは確かだ。 


それに――、


「こ、声……わたし……声が、出てる?」


 無意識に先ほどから漏らしていたのは、声だ。わたしの声。数日前まで当たり前のように口にしていたというのに、やけに懐かしく、愛おしく感じた。


 ――思わず、わたしは泣いた。


 そして、泣いたことにも驚いてしまう。


 泣いて嗚咽を漏らすことすら許されないはずだった病んだ体は、間違いなく……かつての姿を取り戻そうとするかのように、巻き戻っていた。


「ひっく……、ぅぅ……、ぐすっ」


 湖畔に水浸しになりながらも座り込み、わたしはただひたすら……涙で頬を濡らし、水分が勿体ない、なんて可愛げもないことを思いつつも、その行為を止めることができなかった。


 そんなわたしを慰めてくれるかのように、なだらかな波がわたしの腰のあたりを包んでくれる。


 まだ崩王病ほうおうびょうはわたしの中に残っている。


 そのことを自覚できるぐらいまで、わたしは自身の内面を理解することができた。


 同時に、崩王病ほうおうびょうという病魔がわたしの中の力に抑え込まれ、小さくなっていることも。


 わたしは両手で湖の水を掬い、顔の前まで持ってくる。


 両手は――まだ皺が残るものの、枯れ木から若木ぐらいまでには潤いを取り戻した気がする。


 水に映る自分の顔も同様だ。


 正直、醜さは変わらないままだけど、間違いなく数分前よりも皺が伸び、輪郭もやや丸みを帯びていた。


「なんだろう……なんだか、生まれ変わったような気分」


 弟が生まれて、家族や屋敷内ではぞんざいに扱われるようになって。


 それでも決められた道の上で精一杯生きていこうと決めて。


 けれども崩王病ほうおうびょうに罹ってしまって。


 森の中に無様に捨てられて。


 そこまでは――絶望の一途を綴った物語の一端だった。


 けれども、今は……その絶望の過程を経て、わたしの中の力の存在を初めて知ることができた。


 身体が回復していくにつれて、その力を根拠なく理解できているような気がする。


 ――本当に不思議。


 御伽噺として綴っても、あまりにも現実離れしていて共感されずに人気が出なさそうな、そんな物語。

それが今のわたしにとっては神の恩恵にも等しい、あたたかな希望の光に感じた。


 生きる気力が今まで以上に湧いてくる。


 わたしはまだ硬いままの表情筋を何とか動かして、僅かにほほ笑んだ。


 こんな力が唐突に目覚めたのは何か意味があるのかもしれない。


 神様が「必要」だからわたしに授けてくれたのかも。だとしたら、わたしはその期待に応えたい。まだわたし自身に対してしか有効的な使い道を知らないけど、もし誰かのために、誰かを救うために授けられたのだとしたら――それはとても素晴らしいことだと心から思った。


「次は……どうしたらいいのかしら」


 きっと……わたしの中にある力は、口腔摂取などで体内に取り込んだ物質の成分を蓄積し、分解や融合をさせて、薬効成分を生み出すことができるんだと思う。


 そして一度口にしたものは、目に意識を集中させれば、淡い光を通してその正体を見極めることができる。


 既にの二つだけでも常識を卓越したものだと思うけど、問題があるとしたら、体内に摂取していない成分に関しては扱うことができないことと――崩王病ほうおうびょうを払うためにどんな成分が必要か、というところまでは分からない、といった点だろうか。さすがにそこまで最初から分かってしまうと、万能にもほどがある気がするので、ちょっとだけホッとしてしまう自分もいる。


 湖畔に滑り込む前よりもスムーズに立ち上がったわたしは、水気を含んだ衣服の端を絞った。



 馬のいななきが、すぐ背後で響いたのは、そんな時だった。


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