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病魔と神聖巫女の境界線  作者: シンG
第一章 廃棄令嬢
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いつものことながら、更新がめっちゃ空いて申し訳ないです……( >﹏<。)

そしてそんな中でも、たくさんのブクマやご評価……本当にありがとうございます!

「お待ちください。いったい何を――」


 ベッドから腰を上げようとしたわたしだけど、すぐに室内で待機していたバージルさんが言葉で制してくる。


 そんなバージルさんの表情からは、不可解なものを見るような気配がにじみ出ていた。怪訝に怪訝を重ねたように眉間に皺を寄せているも、一方的に問い詰めてこない辺り、やはり彼は根っこから良い人なのだろう。わたしに気を遣っていることが、ありありと伝わってくる。


(……省みてみると、わたしの行動って……だいぶ奇抜、ですよね)


 うん、思い返せば急に苦しみだしたり、身体にあり得ない変化が起こったり、自分の涙を食べたりしだしたら……それはもう、誰だってそう思うことだろう。


(うぅ……いけない、そんなことを考えると、目が回っちゃう……)


 急に気恥ずかしくなってきたわたしだけど、だからといってこのまま「ベッドに戻って大人しく寝ます」なんて言っていられない。


 とはいえ、どう彼を説得して隣室へと向かうべきか。


 説得のための理論を組み立てないと……という気持ちと、早くこれを持って行かないと……という焦りがわたしの中で突合してしまい、結果として未だ機能不全なこの身体はギクシャクした動きになってしまう。


「あ、あのっ……こ、これをっ……! ――――あっ!」


 半端に腰を浮かせつつ、口元もあわあわと動かしていたら、いつの間にか右足が左足に引っかかる位置にあったようで、わたしは無様に大きく前方へと倒れそうになってしまった。


「……、危ない!」


 せっかく倒れ伏すわたしを掬いあげようとしてくれたのに、わたしはまだ完全には力が入らない指先で、掌から零れ落ちそうになる涙の雫を掴むことに意識が集中してしまい――結果として、バージルさんの予測しない動きをしてしまったらしく、わたしの頭頂部と姿勢を低くしたバージルさんの顎が鈍い音を立てて衝突してしまった。


「ぐぁ!?」


「んぎゃ!?」


 バージルさんは苦悶の声を。わたしは潰れたダミ声蛙のような声……ってどんな例えだと言いたくなるけど、ともかくそんな見っともない声が漏れた。


 乾いた掌の中にコロコロと転がる雫の存在を再確認し、わたしの方が一足早く痛みから立ち直った。


「ま、待ちなさい……!」


「ご、ごめんなさいっ」


 謝りながらも、わたしはもつれながらも立ち上がり、少女がいる隣室への扉を開けた。


 扉付近にいた団長さん――ヒースさんだったかな……? が、ギョッとしたようにわたしの姿を捉える視線を感じる。けど、わたしはそれに構わず、扉を開けた勢いそのままに、部屋の中央にある清楚なベッドへと足を止めずに向かった。


「何を……!」


 慌てた様子のヒースさんが動き出し、ほぼ同時に背後からバージルさんが「申し訳ございません!」と言いながら追いかけてくる。


 通常ならベッドまでの短い距離であっても、今のわたしの身体ではすぐに捕まってしまうだろう。現に素早く動いたヒースさんの太い手が、既にわたしの腕を掴もうと伸びてきていた。騎士たる彼らはみだりに淑女の身体に触れることはないのだが、さすがに主人に危害を加えかねない勢いのわたしに対しては、そうも言ってられない……ということなのだろう。


 捕らえられて封殺されてしまう前に、わたしは足を止め、可能な限りの声量で「あのっ!」と声を上げた。


 思わずヒースさんたちの指先が止まる。わたしの行動を止めるより、わたしが何を言わんとしているか……そちらの方に意識が向いてくれたのだ。とはいえ、のんびりしていれば、すぐに気を取り直した彼らに取り押さえらてしまうかもしれないので、貰ったこの数秒を生かすために、わたしはすぐに次の言葉を紡がなくてはならない。


「えっと……」


 えーっと……。


 えーーーっと…………。


(ごめんなさい~~っ、頭の中がこんがらがっちゃって、何も次の言葉が紡げませんでしたぁ~!)


 言いたいことは頭の中にある。けれども、その単語一つ一つをどう紡いで口にすれば、相手に届くかが判断しきれないのだ。


 わたしは誰かに思いの丈を伝えた経験がない。あの窒息してしまいそうな伯爵家での生活環境が響いているのか、それとも元々わたしがそういう性格なのか……分からないけど、とにかく誰かに思ったことを伝え、理解してもらったことが無いのだ。


 だからこの場で――重たい空気に満ちたこの部屋で、何をどう伝えたら良いか……正解が分からない。


 分からないから……わたしは震える両手を、前に差し出した。


 掌上には、例の涙の雫を載せて。


 気付けば……いつの間にか、ベッドに横たわり未だに苦痛の言葉を漏らす少女から、わたしへと金髪の青年の視線が向いていた。


 彼もまた精神的に衰弱した様子だったけど、その瞳にはまだ"諦めきれない希望"の光が宿っているように見えた。そしてその瞳は吸いつくように、わたしの手の方へと向けられている。


「クラリア、それは……」


「っ!」


 また――名前を呼ばれた。


 この人は一体誰なのだろうか。わたしの名前を知っている殿方なんて、そう多くはいないはずなのに……。


 聞きたいこと、知りたいことは山ほどあるけど、今は何より――わたしの直感を信じて、為すべきことを優先したい。


「お願い、します……」


「――」


「どうか、この雫を、その子に……」


「ファーラに……か?」


 ファーラ。


 先ほど部屋に飛び込んだ際に彼が叫んでいた名前だ。おそらく寝台にいる少女を指しているのだろう。だからわたしは静かに頷いた。


「これを……飲ませるのか?」


「……はい」


 青年は幾度か視線を彷徨わせ、やがてギュッと目を瞑ってから、ベッドにかけていた腕を上げ、椅子から立ち上がった。


「――…………わかった」


「! なりませんッ! まずは我々が試飲を!」


 即座に制止にかかる騎士二人を、青年は手で制した。騎士たちの装具が木床を強く踏み鳴らし、わたしのすぐ後ろで止まったのが分かる。


「ヒース、バージル……私は縋りたいんだよ。この子が助かるならば、例え悪魔が相手であっても……血盟の契約を交わしてしまいそうになるほどに。医師は匙を投げ、神聖巫女すらも首を横に振った。…………それでも大事な妹なんだ。いつも後ろを追いかけていたこの子が、私を見上げる笑顔が――あの光景が、二度と帰らない過ぎ去った過去だなんて思いたくないんだッ! 諦めはしない……まだ手段が残っているなら、それを使い切るまではッ!」


(妹、さん……?)


 やっぱり家族だったんだ。そして、これほどまでに妹を想う兄の姿を見て、わたしは思わず涙を流しそうになる。


(うん、やっぱり……助からないと、駄目だよ。こんな良いお兄様を持って生まれてきたんだもの。この子は……この子にはわたしの分まで幸せに――お兄様と暮らしてほしい……)


「……ですが」


「構わない……私が判断したことだ。それに――縋る相手がクラリアなら、名も知れぬ神聖巫女よりも信頼できる」


「――……かしこまりました」


 ガチャ、と鎧の金具が擦れる音が響く。おそらく彼らが主である青年に向かって一礼したのだろう。


 何故だか神聖巫女よりも信頼されているわたしですが、そこまで思っていただくほどの貢献をした覚えがありません……。



「うううぅぅうぁ、あああぁぁぁ!」



 と、一層激しく、寝台の上で少女がもがき苦しみ始めた。


 その様子を受け、青年は慌てたようにわたしの前まで駆け寄り、涙の雫を一粒、指先でつまんだ。


「こいつを飲ませればいいんだな!?」


「た、たぶんっ」


「こんな時に不安になるような言葉を使わないでくれ!」


「ご、ごめんなさいっ!」


「い、いや……済まない……! ヒース、水を!」


「既にこちらに」


「助かる……!」


 青年は水差しと共に少女に雫を飲ませようとするが、少女が暴れてしまうため、中々上手くいかない。


「くっ……ヒース、バージル、許可する! 二人でファーラを抑え込むんだ!」


「……! ファーラ様、ご無礼をお許しください」


「し、失礼いたします!」


 暴れるファーラさんの肩をヒースさんが、両足をバージルさんが抑え込んだ。


「くっ、駄目だ……やはり吐いてしまう……!」


 わたしも立ち上がり、青年の後ろからファーラさんの様子を覗き見る。


 ファーラさんは口の中に入れられた水ごと雫を吐き出してしまうようで、何度も試すも、その喉奥に雫を飲み込んでくれない。


 そしてわたしはそんなファーラさんの様子を、とある過去の幻影に重ねていた。


(あぁ…………この、症状は……やっぱり)


 わたしも。


 そう、わたしも床に臥せる前は――このように激痛に苛まれて、ベッドの上でもがき苦しんでいた時期があった。この時期を過ぎると、今度は全身の力が削ぎ落ちていき――わたしの中でも記憶が新しい、あの虚無の時間へと移行するのだ。


 少し痩せてはいるものの、まだファーラさんの姿は可愛らしい容姿を保ったままだ。こんな可愛い子がわたしみたいな醜い姿になるなんて……そして、その姿のまま死に至るなんて、考えたくもない。


 無意識に――わたしは青年から水差しをひったくり、口に含む。


 急に肩を押された青年は驚いていたが、わたしはそれに構わず、まだ手の中に残っていた残りの雫全てを口腔内に放り込み、そのままファーラさんの唇へと自分を唇を近づけた。


(こんなカサカサのお婆ちゃん肌でごめんなさいっ!)


 そんな謝罪を心で行いながら、ファーラさんがしっかりと嚥下するまで唇を離さず、ゆっくりゆっくりと……彼女の口の中に均していくように、水を送り込んでいく。



 やがて――ごくり、と彼女の喉が鳴ったのが分かった。





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