第九十二話 窮地
アポーツ―――そう呼ばれる超能力がある。物体や人間が時間や空間を超越して瞬間的に移動する現象をいう。明治の霊能者である長南年恵はこのアポーツを得意としており蓋で栓をしている瓶の中に病気に効く霊水を満たす事が出来たのだという。アポーツを用いて瓶の中に霊水を引き寄せたという事である。
魔術にもアポーツに関する技法がある。ただこの魔術的アポーツは長南年恵の様なアポーツとは質が異なる。魔術的アポーツは目的とした物体そのものを引き寄せるのではなくそれを手に入れる為の過程を引き寄せるのである。最終的に目的とした物体が手に入れば魔術的アポーツの完成である。
例を挙げるすれば例えば車が欲しいとするがお金がなく手に入れるなど夢のまた夢、そこで魔術的アポーツを行う。するとある日、別の土地に移るという友人から車を預けられ数年後には車をただ当然で譲られるという結果が得られた。
このように目的とした物を手に入れる為の過程を引き寄せるのが魔術的アポーツの肝だとするのならシモンが今、賞金稼ぎの襲われてるこの状況は偽神を手に入れる為には必要な事となつのだが……。
「……自分がやった事とはいえこれほどの窮地が必要なんだろうか……」
シモンは肩で息をしながら呟いた。深くはないものの切り傷がいくつかあり痛みと出血から体力、気力共に奪われている。
「こっちは普通の子供なんですよ。少しは手を抜いてくれませんかね」
シモンを取り囲む四人の賞金稼ぎに対し文句を言う。その文句に正面の強固な全身鎧で身を包んだ体格のいい賞金稼ぎが律義に答える。
「そうしてやりたいんだが……見た目は子供、頭脳は大人なんて奴この世界にはごまんといる。お前もその類なんだろう。手加減なんて出来ない」
その言葉にシモンはギクリッとする。
「……どうしてそう思います?」
「お前くらいの子供が俺たちに食い下がれるなんてありえない。お前の戦い方は少年のそれではない。熟練の戦士、いや拳士のそれだ。そこから導き出される結論なんだが……間違いないだろう?」
「そういう事ですか……答え合わせをするなら半分正解という所ですね」
「半分だと?」
賞金稼ぎ達は訳が分からないという顔をする。そんな賞金稼ぎの言葉を聞きながらシモンはゾッとした。確かに体は子供のものだが中身は四十代のものだ。自分の戦い方から違和感を感じとり看破するなんて並みの洞察力じゃない。これ以上こちらの情報を読み取られる前に倒してしまわなければとシモンは四肢に力を籠め三体式の構えを取った。
「まだやる気か?」
「モチのロンです」
「……意外と余裕があるな……」
全身鎧の賞金稼ぎが呆れながら構える。舌戦による二回戦が終わり己の力と技術をぶつけ合う三回戦が始まろうとしていた。
「初手を誤ったから窮地に陥ったけど今度は間違えない!!」
シモンはそう言うと両足の踵を起点に回転し後方を向く。その際左手を前に伸ばし右手を腰に添える左三体式からそれぞれの手の位置を逆にした右三体式の構えに切り替え突進した。その先には特別な武装で身を固めていない軽装で線の細い少年がいる。この賞金稼ぎのパーティーの中で恐らく最年少であると思われるこの少年が一番重要な存在、このパーティーの生命線と言ってもいい。故にこの少年を一番に倒す事こそ攻略の鍵となる。
シモンが少年の間合いに入り崩拳を打ち込む。だがその拳は手ごたえがなかった。自分の目の前に出現した黒い穴に拳が吸い込まれたのだ。
(何だ、この空間は!?)
疑問に思うシモンの全身に怖気が走る。
「マズイッ!!」
シモンは真っ黒な穴から手を引き抜き全力で後ろに飛ぶ。数メートルほど距離を取った所で黒い穴から何かが放出されたのだ。弾丸が如く放たれたそれをシモンは必死に回避する。直撃はなかったが体をかすり幾つもの擦り傷を負わされる。
「一体何が……」
地面に突き刺さるそれを見てシモンは更にゾッとする。
そこに突き刺さるのは錆びた短剣、長剣、大剣、小盾、大盾、全身鎧、何に使うのか分からない岩石等であった。それらが直撃したらシモンは無事ではいられなかったろう。
呆然としているうちに賞金稼ぎの少年から距離を取られてしまう。
「しまった!?」
追撃しようと走るシモンの足元に矢が刺さる。矢の飛んできた方向に視線を向けるとそこには矢を構えた青年がいる。彼も賞金稼ぎの一員である。
肩に担いだ矢筒から矢を取り出し弓に番え放つ。この動作が恐ろしく早く間髪入れずに放つその連射力にシモンは舌を巻く。近付けないがそんな連射を続ければすぐに矢が尽きる。その時が倒すチャンスだと最初シモンは思ったがそれは敵わなかった。先程の少年は補給、回復の役割を担っており矢が尽きれば先程の黒い穴から新たな矢筒を、疲れたなら回復薬を補給してくるのである。補給が続く限り相手は疲れ知らずで武器が尽きる事もない。こちらがジリ貧となる前に何とかしなければと補給役の少年を真っ先に攻撃をしたがそれも失敗、初戦と同じ状況が出来上がりつつある。
矢の攻撃により前に進む事の出来ないシモンに巨大な質量を持った何がが突進してきた。シモンはそれを紙一重で躱すがすれ違い様細い何かがシモンを切りつけてきた。強い力ではない為少し皮膚が切れてしまったぐらいで済んでいるが痛い事には変わりない。
「またこの攻撃か!?」
シモンは突進してきた何かを睨む。それは全身鎧に身を包んだ賞金稼ぎとそれにしがみつく小柄の賞金稼ぎだった。シモンより更に小柄、それでいで腕が自分の身長よりさらに長い奇形の賞金稼ぎだった。
「やっぱり見た目と中身が別物だろう。どういう事なのか興味がわくが……それより興味があるのはお前に賭けられた賞金何だよ。だから大人しくやられてくれないか?」
大柄の全身鎧に身を包んだ賞金稼ぎがこちらを向きつつシモンに言う。それにシモンは首を横に振る。
「頷く訳ないじゃないですか。そんな風に余裕ぶってると足元すくわれますよ」
「まだそんな事を言えるとは驚いた。度胸があるのか頭が悪いのか? まあいい、お前が何をしようがこちらのする事は変わらないしな」
全身鎧を身に纏った賞金稼ぎは地面に手を付き身を屈め全身に力を籠め大地を蹴る。大地が爆発したかのような音と同時に突進する。重いだろう鎧を身に纏っているとは思えないスピードでシモンに迫る。だがスピードが速くても直線的な動きは読みやすくシモンなら紙一重で躱せる。そこを補うのが奇形の賞金稼ぎだ。すれ違い様、シモンが避けた方向に短剣を持った手を伸ばし切りつけてくるのである。腕を伸ばしているだけなので深い傷を負わす事が出来ないが徐々に体力及び気力を奪うのであればそれで十分なのである。獲物を徐々に追い詰め最後には倒す、地味で派手さはないが確実に倒すという点では職人と呼べるのではないだろうか。
「クソッ……」
「痛いだろうに、いい加減に諦めたら……どうだっ!!」
全身鎧に身を包んだ賞金稼ぎが再び身を屈め突進する。シモンはその動きを読み躱すべく動くが足元に何かが当たりそれに目がいってしまう。それは弓を使う賞金稼ぎが放った矢であった。弓使いの賞金稼ぎの放った矢はシモンを狙う直接的な役割があったが行動を阻害する役割もあった。視線を正面に戻したら目の前に死が迫っていた。
「しまった!?」
次の瞬間、凄まじい衝撃と共にシモンは宙を舞った。
(あ……これ、マズイ……)
専心鎧を身に纏った賞金稼ぎの体当たりの衝撃に体がマヒしたのか体が動かない。このままでは受け身すら取れず頭か落下してしまう。動け動けと念じても体は答えてくれなかった。もうだめかと諦観するシモンの耳に別れて一日ほどしかたっていない、なのにとても懐かしく感じる声が聞こえた。
「お兄ちゃんっ!!」




