第九十話 糾弾、追及、コイントス。そして……
サフィーナ・ソフ居住区中央の白亜の塔。この塔には様々な機能が備わっている。最上階に近い階は広い部屋が連なっており各部屋には魔法による盗聴や透視を防ぐ結界が展開されている。その為、重要な報告や会議がある時はこの部屋が使用される。今回この部屋にシモンは呼ばれたその理由は……。
その部屋に入ったシモンはその緊張感に息を飲んだ。やや広めの部屋にはU字型の大き目なテーブルがあり数十人の男性が着席している。サフィーナ・ソフを管理、運営している重鎮でありテーブルの中央にはベネティクト・カルヴァンとファインマン・ハロウスが座っていた。この中で唯一ニヤニヤと笑っているカルヴァンに対し他の者は険しい顔をしている。
「あの……これは一体何の集まり何でしょうか?」
シモンの問いにファインマンが代表して口を開く。
「……何の集まりか……シモンには心当たりがあるんじゃないか?」
「? いいえ、何の事か本当に……分かりません?」
ファインマン含めた全員がシモンに疑いの眼差しを向ける。刺さるような視線にシモンの額に冷や汗が流れる。
(この視線は一体なんだ? なんだか……疑われている?)
「じゃあ言わせてもらうが……シモンにはある嫌疑がかけられている」
「僕に嫌疑? 一体何の?」
「ある人物を手引きした疑いだ。偽神四号機を強奪した人物と言えば……分かるよな?」
「ソルシエ・アスワドの事ですか?」
「その名前、シモンだけ意味が分かる様になっていた偽名で本名はヒジリリオと言ううんだろ?」
「何でそれを?」
「あの事件の後、当事者全員に話を聞いた……そしたらアッシュからそんな話が出てきた」
(しまった……『控室』を作った事による疲労で頭の回転が鈍ってた……口止めするの忘れてた)
「何でシモンにだけ理解できるような偽名をなのってたんだろうなあ……? そのヒジリリオとシモンが仲間でここに手引きしたと疑ってもおかしい事はないだろ?」
シモンは言葉に詰まる。ぐうの音も出ない。この沈黙が更に疑いを深める結果となる。
「シモン……何か弁明はないのか? このままだとシモンを裏切者だと判断しなければならなくなる。なあ……何かいってくれよ」
ファインマンの悲し気な声色、表情、視線全てがシモンに突き刺さる。まだ疑われている方が気が楽というものだ。だがシモンにも言えない事情がある。聖理央の事を言うとなるとシモンの前世の事、どうやって転生したのかを語らなければならなくなる。神殺しの中でそれを語るのは自殺行為に等しい。
シモンがそんな事を考えているとは露知らず、周りの者から糾弾の声が上がる。そんな中、呑気に欠伸をしながら席を立つ人物がいた。神殺しのリーダー、ベネティクト・カルヴァンだった。
「くだらない議論をいつまでやってもしょうがないだろ。シモンをどうするはこれで決めればいい……」
そう言ってカルヴァンは懐から一枚の金貨を出す。
「表が出たら無事生還、だが裏が出たら……」
カルヴァンは親指で首を掻っ切る動作をする。シモンの首筋に冷たい刃が突き立てられたように感じられせず時が凍る。
「そんな無責任なっ!? コイントスに僕の生命をかけないでください!!」
「……もう遅い」
そう言うとカルヴァンは指で金貨を真上に弾く。近かはクルクルと回転しながら頂点で停止、落下を始める。シモンは金貨を貫くが如く凝視する。
(僕の生命が一枚の金貨にかかっている、何でこんな事に? いいやそれより……表出ろ、表出ろ、表出ろ……)
金貨はカルヴァンの左手の甲に落下しそれを右手で隠す。カルヴァンがニィッと笑いながら右手をずらし金貨を見せる。
「……ン~、ザンネン。表が出た」
心底残念そうな表情をするカルヴァン。表が出てとりあえず首の皮が繋がったというのにシモンは何か面白くない。
「……何で残念なんですか?」
「悪あがきをしてほしかったんだが……まあしょうがないか」
カルヴァンはそう言いながらもシモンの方に握り拳を向ける。親指には金貨が収まっておりグッと力を籠めて弾いた。弾丸のようなスピードで迫る金貨にシモンの体は動かない。いや、唯一視覚だけが金貨の軌道を追う事が出来た。軌道は大きくそれ金貨はシモンの右横を通り過ぎる。視線を再び正面を見るとかカルヴァンの姿がなかった。
(視線を外したその瞬間に動いた!? 動いた気配何て全くなかった!? 一体どこに!?)
そう考えていたシモンの真横に突然気配が発生した。その気配が無造作にだが優しくシモンの首を親指と人差し指で摘みほんの少し力を込めた。それだけでシモンの体から力が抜けた。そして意識が薄れていく。
(これはまさか……落とされたのか?)
落ちるとは柔道、柔術、合気道などの絞め技で見られる身体現象であり、頚動脈を圧迫する事により脳に酸素がいかなくなり失神してしまう事をいう。
(指二本で失神させられるとは……誰が……)
倒れるシモンの耳にふざけた親父の声が入って来た。
「オヤスミ……」
(やっぱり……カルヴァンさ……ん……か…………)
それを最後にシモンの意識は暗転した。
シモンが目を覚ますと最初に目に入ったのは植物が僅かしか生えていない荒野だった。生物の気配はなく今そこにいる生物はシモンのみだった。
「どこ……ここ……? もしかして地上なのか?」
何でこんな所にいるのかと考えながらシモンはそれとなく自分の体をまさぐると服のポケットから一枚の手紙が出てきた。シモンは手紙に軽く目を通し絶望的な顔で天を見上げる。
「サフィーナ・ソフから……神殺しから……追放された……」
「被害は甚大だな……」
ファインマン・ハロウスが苦虫を嚙み潰したよう表情で言った。偽神三体の大破、ソル・シャルムの偽神製造の為の工場棟焼失、そして偽神四号機の強奪。これだけの事をたった一人の少女にやられたとなると渋い顔の一つもしたくなる。
「これだけ事を一人でしてのけるとは大したものだ。俺でもこれは無理だ、寧ろ褒めるべきかもな」
渋い顔のファインマンとは対照的に陽気に笑うベネティクト・カルヴァンを怖い顔で睨む。そんな二人の掛け合い漫才を離れた位置で見つめるシモン。
「あのう……僕は何で呼ばれたんでしょうか?」
恐る恐ると言った感じで尋ねると居ずまいを正してシモンを見つめるカルヴァンとファインマン。その視線はこちらを探るかのような視線で居心地が悪い。シモンがこちらの視線に困っている事に気が付いたファインマンは大きく深呼吸をして緊張を解いて話す。
「まあそう身構えないでくれ。先日起こった事件についてちょっと聞きたい事があるんだ」
「聞きたい事……ですか?」
「ああ、事件の解決にあたった当事者に話を聞いていたんだがその中に奇妙な証言があってな、それについて聞きたいんだ」
「それは……?」
「すばり……ヒジリリオとは何者だ?」
その件が来たかとシモンは思った。視線と冷や汗が流れてくる。
「どうしても話さないといけませんか?」
「言えない理由があるのか?」
ファインマンに睨まれる。シモンは無意識に目を逸らす。
(マズイな……聖理央の事を話すとなると前世やこの世界に転生した事を芋ずる式に話さないといけなくなる。狂神ではないとはいえ神の手で転生された何て事を話したら最悪神殺しが……いいやカルヴァンさんが敵に回る。そんな事になったら僕は……)
最悪の未来を想像しシモンは身震いする。無言になるシモンに疑いの目を向けるファインマン。
「……何かやましい事があるのか?」
「それは……」




