第八十八話 ソルシエ・アスワド……その正体
「大体、我が力の片割れを味方にしたいというのなら我をただ封印した方が手っ取り早いというのに何故そんな難しい事をする?」
炎の意識体はこれから自分が殺されるというのに他人事のように呆れながら言う。それに対しシモンは青筋を立てつつも務めて冷静に語る。
「……お前がどれだけの事をやったか分かってるのか? 工場棟を全焼、偽神三体の機体を焼却、工場棟で働いていた人達の魂を取り込んで敵としてこちらにぶつけてくる。これだけの事をしておいて封印なんて生ぬるい事する訳ないだろう……お前みたいな存在にとって封印なんてそれこそ休憩みたいなものだ。仮に炎人たちを存在させるための力を常時供給させたとしても力が衰える何て事ないだろうし……」
「分かっていたか……流石我が主の敵だ」
炎の意識体の称賛を無視してルーナ・カブリエルに命じる。
「ルーナ、やっ……」
シモンは最後まで言おうとしてグッと抑える。殺す事には変わりないが偽神四号機を取り戻す為少しでも情報を引き出すべきだ。
「……殺す事には変わらないがその前に質問だ。お前を呼び出した召喚者、ソルシエ・アスワド……? あの女は一体何者だ? 何故偽神四号機を強奪した? 四号機で何をするつもりだ?」
「……」
シモンが矢継ぎ早に質問するが炎の意識体は沈黙で答える。ソルシエ・アスワドの不利になるような事を答えるつもりはないようだ。
「……答えるつもりはないか……なら少し手を変えてみようか」
シモンの凄みのある笑みに炎の意識体は少し怖気つく。
「……何をされようと何も答えるつもりはない」
「何も答えなくてもいいよ。勝手に質問するしそれを聞いた時の機微で判断するから」
「何?」
シモンは炎の意識体を睨みつける。視線が己の体を貫くような感覚に危機を感じ炎の意識体は咄嗟に心に壁を作り情報を漏らさないように努める。それに対しシモンは魔術を行うための準備も動作も全くしていない。リラックスした感じで訪ねる。
「正直なところお前の主の正体には心当たりがあるんだよね」
「……」
「お前の主、女だけど本当は男だろう」
「は?」
「へ?」
「……!?」
事の成り行きを見ていたアッシュとルーナ・カブリエルはシモンの言葉の意味が分からず間抜けな声を上げるが炎の意識体は明らかに動揺していた。炎の意識体の心の壁にすこしひびが入った。
「お兄ちゃん……それってどういう意味なの?」
ルーナ・カブリエルの質問をシモンは手で制しさらに畳み掛ける。
「それにソルシエ・アスワド……この名前なんか引っかかってたんだが名前を口に出して閃いたよ。ソルシエはフランス語で妖術師、アスワドはロシア語で黒、言語を織り交ぜて自分の事を黒の妖術師だと名乗っていたんだ。フランス語、ロシア語を使って僕にそんな風に名乗る相手は一人しかいない……お前の主の真の名前、それは聖理央!! そうだろう?」
「ギャァァァァァ!!」
シモンの紡いだ真実は杭となり炎の意識体の心の壁に突き刺さる。ひびを広げ完膚なきまでに破壊した。その激痛に耐えきれず炎の意識体が悲鳴を上げたのだ。
「ルーナ、今だ!! 殺って!!」
「は!? えっ!? ええっ!?」
シモンに突然言われルーナ・カブリエルは慌てふためきながらもシモンの命令を実行する。二重螺旋の槍の穂先を操作し水の刃と精霊の刃で炎の意識体を挟み込み真っ二つに切り裂いた。炎の意識体は苦悶の表情を浮かべ声にならない声を上げて絶命した。その瞬間シモンは視覚を物理次元から霊的次元に切り替える。炎の意識体から放たれた霊的な光が東の空に消えるのを見る事が出来た。その光にシモンは呪いの念を混ぜ込んだ。
(聖理央……こちらを散々苦しめてくれたんだ。その報いを受けて苦しめ!!)
魔術師に召喚、あるいは喚起された霊的な存在、精霊は魔術師と霊的な繋がりを持つ。呼び出された霊的な存在、精霊が何らかの理由で打ち滅ぼされた場合そのダメージは何倍にもなって魔術師に向かうのである。これは変えようのない掟であり聖理央でも避けられない。更にシモン自身の呪念を付け加えた事によりダメージは累乗され聖理央の元に向かっていくのだ。
「なあ、シモン」
事の成り行きを見ていたアッシュが神妙な顔でシモンに尋ねる。
「フランス語、ロシア語って一体なんだ? それにヒジリリオってのは何者だ?」
(当然聞かれるよなあ……)
これを全部話すとなると前世の事を話さなければならなくなる。なるべく話したくないシモンは咄嗟に嘘をついた。
「……フランス語やロシア語って言うのは……魔術言語ですよ。そして聖理央と言うのは……僕とは系統の違う魔術……いや妖術を使う妖術師です」
「……それ、本当か?」
「本当です」
探る様なアッシュの視線をシモンは正面から受け止める。睨み合う事数秒、アッシュが視線を逸らす。
「……何かを隠しているようだが今は聞かないでおこう」
(うっ、バレてる……何で分かるの?)
野生の勘なのだろうか、アッシュの方が魔術師ではないかとシモンは思ってしまう。
「それどころでもないしな」
周囲の惨状を見てアッシュが溜め息をつく。
「偽神三体は焼失、偽神を新たに作るにしても生産するための工場がこの有様。今の状態で狂神が現れたとしたら俺たちじゃなす術がない。これはシモンとルーナに頼る他ないな」
「へ、私?」
突然自分の事を言われルーナ・カブリエルがきょとんとする。
「そりゃそうだろう。あの炎の龍、狂神ではないにしろ狂神に匹敵する力を持っていたぞ。それを単身で屠るとなれば頼りにするのは当然だろう」
アッシュに称賛されルーナ・カブリエルは鼻高になり胸を張る。
「フッフッフッ……ならばやってあげましょう。狂った神をバッタバッタと切り倒し世界を救って見せましょう」
「おお、頼もしい」
アッシュとルーナ・カブリエルが高笑いする中、シモンが横やりを入れる。
「すみません。その事なんですが……なるべくルーナに大天使を降ろさないようにしたいんです」
「? 何故だ?」
「そうだよお兄ちゃん。この状態ならかなりの強敵でも互角に戦えるし。それにこの体ならお兄ちゃんに触れる事も出来るし……出来るならこの体でいたいな」
ルーナ・カブリエルに縋るような目で言われ一瞬ためらうがシモンは心を鬼にして言う。
「一度や二度ならいいけど何度もとなると狂神側に対策取られてしまうかもしれないから。ルーナの今の状態は出来る事なら最後の手段にしたいんですよ」
「成程、そういう理由ならしょうがないな。ルーナ嬢ちゃん、これはシモンの言ってる事が正しい。諦めるんだな」
「そんな……」
ルーナ・カブリエルが泣きそうな顔をするの見てシモンの心が痛む。
(すまない、ルーナ……本当はしばらく召喚や喚起の魔術は使いたくないんだ。僕が喚起した大天使カブリエルは僕の制御を離れてルーナに力を貸している。自分で操れない力ほど怖い物はないんだよ。何でこんな事になっているか分かるまではよほどのことがない限り封印する……)
「だとすると偽神の製造が急務になってくるな。そういうのは俺は全くの門外漢、シモンもそうだろう? 情けないはないんだがファインマンさんに丸投げするより他ないな」
「ですね……」
相づちを打ちながらシモンはふと思った。
(いくら魔法が発達した異世界とはいえ偽神はオーバーテクノロジーの塊だよな。ファインマンさんは一体どうやって偽神を作り出したんだ……)




