第八十六話 控室とは
「ではでは……『控室』を作成します」
シモンはこれから料理を行うような気安さで宣言するとルーナ達に背を向け歩き出す。付いて来ようとするルーナ・カブリエルたちを手で制し十メートル程離れた所で立ち止まる。そしてシモンは眼を閉じ四拍呼吸を開始する。全身をリラックスさせ魔術力を集中させる。
「控室を作成するって言うが一体どうやって?」
魔術はもちろん魔法についても門外漢であるアッシュが全員が思っているであろう疑問を口にする。
「ウーン……お兄ちゃん、魔術力の集中をさせてはいるからには何らかの魔術を行おうとしているんだろうけど……呪文の詠唱はないから何の系統の魔術か分からないし……控室って一体何なんだろう?」
シモンに直接魔術の指導を受けたルーナ・カブリエルでも『控室』と言うのが何なのか分からなかった。『控室』という言葉をそのままとらえるなら何かを待つための部屋、控えている間利用する部屋という意味である。偽神四号機を奪還するまで待っている為の部屋と考えれば意味はあうが炎人の消滅阻止については解決していない。これを解決する手段が『控室』にあるのだろうか。
「なあ、シモン。『控室』を作成するって言ってたが……何もしてないんじゃないか?」
「そんな事はないんだけど……!?」
ルーナ・カブリエルと炎人達は息を飲んだ。シモンの前方の空間で起こっている変化を霊的視覚で見る事が出来たからだ。ルーナ・カブリエルと炎人たちの驚愕の表情にアッシュは訝しげな顔をする。
「お前ら……一体どうしたんだ?」
「おじちゃんは……分からないの?」
「何が?」
「目の前の空間、凄いスピードで変化している事に……」
「変化って言われたも……」
シモンの眼前の空間を目を凝らしてみても変化しているようには見えない。魔術や魔法の素養がないアッシュには目の前の変化を見る事も感じる事も出来なかった。
「アッシュおじちゃん、本当に分からない? 何か違和感とか感じない?」
「違和感ねえ……」
眼を皿にして見てもやはり分からず肩をすくめる。
「アッシュおじちゃん……ある意味凄いよね」
「何だそれ……バカにしてるのか?」
「そんなつもりはないけど……」
「悪いと思ったら分かる様に説明しろ!!」
ルーナ・カブリエルは顎に手を当てアッシュでも分かる様に言葉を選びながら説明する。
「世界のありとあらゆるものは……動いているんだよ。例えば……」
アッシュはそう言って掌を上に向けそこに水の玉を作り出し、それを凍らせる。
「凍った事で動きが止まったと思われるけど実際は凍るという現象が……つまりは動いているんだよ。でも……お兄ちゃんが魔術力で作り出した正方形型の空間には動きがない。光や闇、地水火風全てがあるのにそれが全て止まってる。ゼロの空間なんて信じられない……」
「ウン……何言ってるか分からない」
楽観的に言うアッシュに呆れた目を向けるルーナ・カブリエルと炎人たち。そんな視線を気にせずアッシュはあっけらかんと言う。
「これは本人に聞いた方がいいな」
シモンはフウッと息を吐きこちらに向くと手招きする。シモンの元に集まったルーナ・カブリエルとアッシュ、炎人に説明する。
「お待たせしました。これが僕が作り出した異空間、通称控室です」
仕事をやり切ったとでも言うような満足げな笑みを浮かべるシモンに対し引きつった笑みを浮かべるルーナ・カブリエルと炎人。アッシュだけはついていけずため息をついていた。
「……お兄ちゃん、これ何なの? 五芒星の小儀礼で作り出すような結界とは明らかに違う……異質だよ」
「それはそうだ。これは魔術じゃない……いやそうじゃないな。これはある人の技術を魔術的に模倣したものでその人のものに比べたら劣化版になるんだけど」
「劣化版て……そんなのにおじさんたちにを入れるのはまずいんじゃ!?」
ルーナ・カブリエルは慌ててシモンを止める。
「今回の場合ならむしろその劣化がうまく作用する」
自信ありげに言うシモンを不安げに見つめるルーナ・カブリエル。
「……誰に教わったの、こんな……特殊な結界?」
「それは……」
シモンは困った顔をして頬を掻きながらもシモンの記憶は過去に前世の記憶に遡る。
志門雄吾は人に仇名す黒魔術師、妖術師、邪霊、悪霊を狩る事を生業としたハンターだった。だがたった一人で狩りを成すのは無理であり、それゆえ様々な人々の協力が必要だった。警察、ヤクザ、仏教、キリスト教などの宗教関係者等多岐にわたる。その中で志門雄吾でさえも天才と言わしめた者がいた。それが組織に所属していないフリーの霊能者、O女史である。
彼女は悪霊を無理矢理排除する除霊ではなく霊を説得、反省させる事で浄化させる浄霊を得意としており除霊をする際『反省部屋』という特殊な異空間を用いるのである。『反省部屋』―――それは霊を閉じ込め反省させる部屋、そのまんまである。だがその『反省部屋』の凄い所はその空間の中の現象がピタリと止まってしまう所である。その中に入った霊は物一つ、指一つ動かす事は出来なくなる。だがそんな中ただ一つだけ動くものがある。それは思考である。体は動かず思考だけは止まらないためこれでもかというくらい罵詈雑言、つまり毒を吐くのである。経過観察を見て毒が抜け素の部分が出て素直になったのを確認した所で「浄化されたい?」と尋ねると大抵の霊は「浄化してほしい」と言うのである。こちらの力を受け入れてくれるのならば浄霊は容易になる。これがO女史が浄霊が得意だという理由だった。
O女史の見事な手並みはもちろんの事だがこの『反省部屋』という特殊な空間に興味をもった志門雄吾はこれを自分にも教えて欲しいと頼んだが無理だと断れた。理論的に構築したものではなく感覚的に構築したものである為、説明が出来ないというのである。ならばと志門雄吾は『反省部屋』を分析、解析を試みて魔術的に再現してみせたのだ。その結果九割がた再現した事にO女史は驚いたが残り一割、O女史が感覚で作り出している部分は再現する事がどうしても出来ずそこは残念でしたと慰められた。
『反省部屋』の劣化版では戦闘でも浄霊でも役に立たない為、志門雄吾はそこで再現を諦めていたが異世界に転生したシモンが使う機会があるとは思っていなかった。ここに『反省部屋』の劣化版、炎人たちの現状とこれからを鑑みてな名付けた『控室』の初お披露目となった。




