第八十五話 選択と控室?
シモンは五芒星の小儀礼の退去儀式を行い結界を消去した。精霊の籠手がなく手が動かせない為略式となってしまったが結界を解く事が出来たがその途端結熱気が一気に押し寄せてきた。火は完全に消火されたとはいえまだ燻っている所もあるのだろう。汗が一気に噴き出してくる。
「これだけの事をたった一人の女にやられちまったんだな。偽神も破壊されちまったし……畜生」
アッシュが悔し気に顔を歪めながら呟く。
「そうですね……でも僕たちはまだ生きてますし偽神の核とも言うべき聖霊石は無事です。まだ再起の機会はあります」
「しかし……こうなっては偽神をの機体を再び作り上げるのは難しいだろうな」
「そこはファインマンさんにお任せするとして今僕たちに出来るのは……」
シモンが空を見上げるとそこには背中に翼を生やし、頭上に輪っかを拵えたルーナ・カブリエルとワルキューレの鎧と武装を身に纏う炎人たちがゆっくりと降下してきていた。
「オーイッ!! ルーナ、こっちこっち!!」
シモンはルーナ・カブリエルに手を振って位置を伝える。それに気が付いたルーナ・カブリエルも手を振って応える。そしてシモンの眼前にルーナ・カブリエルは着地する。シモンはルーナ・カブリエルをマジマジと見つめる。
(僕が喚起魔術で召喚した大天使カブリエルをルーナの聖霊石が取り込んで今の状態となっているって事なんだよな。今こうやって目の当たりにしても信じられない……)
シモンが真面目に考えている中ルーナ・カブリエルは大きく両手を広げシモンを抱き締めた。
「オ・ニ・ィ・チャ~ンッ!!」
いきなり抱き締められた事に驚きシモンは眼を白黒させる。
「ナ、ナ、ナ!?」
「ン~、生のお兄ちゃんだ。偽神の体じゃこうやって抱き締めるなんて出来ないから……ウレシイよ!! オニイチャン!! オニイチャン!! オニイチャ~ン!!」
ルーナ・カブリエルは感極まりシモンを強く抱きしめるのだがシモンは落ち着きを取り戻し冷静にルーナの体の感触を確かめていた。
「本当の人に抱き締められているかのようなこの感触、仙道でいう所の陽神? 実態を持った分身みたいなものか? 手で感触を確かめたいけど動かせないのか悔やまれる……」
冷静にそんな事を聞かされルーナ・カブリエルはムスッとしてシモンから離れれる。そして炎人たちの方を向くとこんな事を言いだした。
「皆さんどう思います!? こんなカ・ワ・イ・イ女の子に抱き着かれたというのにこの態度!! ちょっとヒドいと思いません!?」
「確かに……それはないだろ朴念仁と言いたいんだが……それより俺たちに何か話したい事があるんじゃなかったのか? そっちの話を進めて欲しいんだが」
「……そう言えばそうでした」
シモンは炎人達に向き直るとまず感謝を述べる。
「まずは感謝から言わせて下さい。あなた方の協力があったお陰て炎の龍を弱体化させて炎の意識体を引きずり出して拘束する事が出来ました」
「いいや、俺たちだけじゃどうする事も出来なかった。シモンが呼び出したこの……」
炎人は自分が身に纏う鎧を軽く叩く。
「ワルキューレさんの鎧と武装がなければどうなっていた事か。俺たちこそ礼を言うべきだと思う?」
「イヤイヤイヤ、こちらこそ」
「イヤイヤイヤ、俺たちこそ」
「お見合いはやめろ!!」
シモンと炎人がお互いを謙遜し合う中アッシュが突っ込む。シモンは気を取り直して話を進める。
「まず炎の意識体はこの場でサックリ殺します」
シモンはこれから料理をしますとでも言うような気軽さで言う。だがその遠慮のなさに炎人達は安心する。
「そうか、俺たちを炎の意識体の支配から解放してくれるのか。お嬢さんには荷が重いと思っていたがシモンはどこか達観したところがあると思っていたからやってくれると思ったよ。俺たち全員覚悟は出来ているから……やってくれ」
それを聞いてシモンは少し難しい顔をする。
「……それも選択肢の一つなんですが……僕はもう一つの選択肢を提案します。どうするか判断はお任せするのでまずは話を聞いて下さい」
「選択肢? 何の選択だ?」
「それなんですが……もう少しだけこの世界に残って戦ってくれませんか? あなた達がこのまま消えてしまうのは非常に惜しい」
炎人はシモンの言葉に驚きながらも首を横に振る。
「それは……無理というものだろう。炎の意識体を殺せば俺たちもそれを追う形になる。これは……変えようもないだろう?」
「それについては……手があります。少しつらいと思いますが消滅までの時間は稼げると思います」
「消滅を防ぐ手段があるとして戦うって言うのは一体どうするんだ?」
「そこで出てくるのが強奪された偽神四号機です」
炎人達が驚きでざわつく。傍らで聞いていたルーナ・カブリエルとアッシュは驚きで目を見開く。それを尻目にシモンは話を続ける。
「炎の意識体を殺せばそれを追って炎人さん達も消滅してしまうのは存在する為のエネルギー供給が途絶えてしまうからです。ならばその代わりとなるエネルギーが常時供給されえばいい。それが出来るのは……」
「そうか! 聖霊石の中野疑似魔術中枢が作り出している魔術力だ」
シモンが言う前にルーナ・カブリエルが気が付き答える。実際ルーナ・カブリエルの聖霊石の中で無尽蔵に魔術力が作り出されているのだから気が付かない筈がない。
「さすがルーナ、気が付いたか。そういう訳で四号機の聖霊石の中に入ってその中でエネルギーの供給を受ければ存在を維持する事は十分可能だと思います」
「……俺たち五十人がの存在を維持できる程のエネルギーなのか?」
炎人がやや不安げに尋ねる。
「偽神一体の動力源に成程ですから十分可能だと思います。ただ……戦闘出来るかどうかは怪しいと思いますのでサポートに回ってもらう事になると思いますが……」
「フーン……偽神から魔術力のサポートを受けつつ偽神の操縦者になるという事か……面白い。そんな事が本当に可能ならぜひお願いしたい。シモンやってくれるか?」
「それは炎人五十名の総意と言う事でいいですか? もし俺は嫌だという人がいるのなら言って下さい。そういう人は関しては何もしません。炎の意識体と共に消滅してもらいます。これは強制じゃないですしそう選択したとしても誰も文句は言えません」
人から外れた存在となった者にとって消滅するというのは救いなのだ。だが、誰一人として消滅するという選択をする者はいなかった。シモンを見つめるその瞳には意志の炎が宿っていた。人から外れた存在となっても人の存続のために狂った神と戦うという強い意志だ。シモンはその視線を受け満足げに頷く。
「……分かりました。偽神四号機を取り戻した暁には必ず皆さんに乗ってもらい共に戦ってもらいます」
合意が得られたとお互いが頷いたところにアッシュが口を挟んでくる
「……話が盛り上がってるところ悪いんだが……どうやって炎人全員を存続させるんだ? 偽神四号機を奪還するのは当然としてまず炎人たち存在しなければ意味がないだろ。それはどうするつもりだ?」
炎人達の消滅に対して対策を考えていたシモンは自信ありげに笑う。
「炎の意識体を殺した後、皆さんには控室に入ってもらいます」
「控室?」
シモン以外の全員が首を捻った。この一面焼け野原のどこに控室があるというのだろうか。全員の疑いの眼差しにシモンは自信ありげに微笑んでいた。




