第八十四話 都合のいい方法はないものか?
「では解放してもらおうか? 炎人らを消滅させたくないのならな」
炎の意識体は勝ち誇ったような口調でルーナ・カブリエルに命じる。ルーナ・カブリエルは悔しそうに唇をかみしめながら二重螺旋の槍への力の供給を止めようとする。
「ちょっと待ってくれ!!」
炎人の一人がルーナ・カブリエルの行動を手で制する。
「この期に及んで人質なんて死んでもゴメンだ!! お嬢さん、迷う事はない。そいつを殺ってくれ!!」
「でも……そうするとオジサンたちが……」
「それで構わない……お嬢さんが何者かは知らない。強大な力の持ち主なのは分かるが人格はひどく幼く脆く感じる。時には非情な決断をしなければ大事なものが守れない。そんな決断に慣れるのも問題だが今はそれをするべきだ。さあ、やってくれ!!」
これが炎人全員の総意だとでも言うように首を縦に振るのを見てルーナ・カブリエル首を横に振りながらは後退る。
「生かすも殺すも私次第……そんなの私じゃ判断出来ない……それに私、オジサンたちには恩があるのに返せていない」
「恩だと? お嬢さんとは初見だと思うんだが?」
「そんな事はないよ。オジサンたちは私を一杯気持ちよくしてもらったよ」
ピシリッと空気が凍った。上空にいる為空気は冷たいがこの発言は空気をより冷ややか……いいや絶対零度の冷気に変えていた。
「……お嬢さん……それは一体どういう意味だ?」
「? だからおじさんたち全員で私の体を色々弄って気持ちよくしてくれたでしょ……」
「ブッ、何つう事を言い出すんだ……グェッ!?」
突然炎人五十名が悶え苦しみだした。
「オジサンたち、どうしたの!?」
ルーナ・カブリエルは炎の意識体に対してまだ何もしていない、それなのにこの苦しみ方は? ルーナ・カブリエルは炎の意識体を睨む。
「我ではない……ではない、我がやっているのだ。これで分かったであろう。早く我を解放しなければ……」
「いいや……違う。これは……身に纏う……鎧が急に締め付けてきて……苦しい……」
炎人の一人が息も絶え絶えに言う。身に纏っている鎧が炎人を絞め殺さんと力が籠められるのだから逃げようがない。
「何で急に?」
(それはこの不埒者に罰を与えてるからですよ……)
ルーナ・カブリエルの脳裏に女性の思念が叩きつけられる。その思念には怒りが多大に含まれていた。
「あなたは?」
(彼らが身に纏う鎧となっているワルキューレです)
「不埒者ってオジサンたちがどうして!?」
(己の身が敵に取り込まれてもなお仲間の為に戦わんという意志の強さ、そらはまさに勇者。だから力を貸したというのにその実態はこんな少女を弄ぶ外道だったとは……ともかく見ていてください。あなたの純潔を散らした愚か者に天誅を下しますので)
「止めて下さい!! オジサンたちは私を一生懸命整備して戦えるようにしてくれたんです。変な事なんてされていません!!」
(? 整備? どういう事ですか?)
ルーナ・カブリエルの表現がおかしいとワルキューレは思った。整備とは生き物に使う表現ではない。この場合は整備というより調教と言うべきではないだろうか。
「それは……俺たちも聞きたい……だから……弛めて……」
執行猶予を与えるべきだと考えワルキューレは鎧の拘束を弛める。締め付けが緩まりホッとした炎人がルーナ・カブリエルに尋ねる。
「……それで……どういう事なのか教えてくれ。俺たちが整備したってどういう事だ? 俺たちが格納庫で整備していたのは偽神のはずだ。アンタみたいなお嬢さんに何かをしたなんて記憶に何だがな」
「ダ~カ~ラ……私が偽神なんだよ」
炎人たちやワルキューレたちは意味が分からず思考が止まる。
(偽神とは……何ですか?)
「そこからか」
炎人は気を取り直すように偽神について説明する。
「鉄の骨格と人工筋肉で構成されていて顔面部を覆う仮面に埋め込まれた精霊石の力を体中に巡る人工血液で循環させて動く対狂神用の兵器ってところだ……それでお嬢さんが偽神とはどういう事だ?」
「今の私の名前はルーナ・カブリエル。この名前に聞き覚えない?」
「ルーナ・カブリエル、ルーナ・カブリ……そう言えばルーナって偽神三号機の機体名だったな。プレーナ、ノワに続く第三の形態だと言うのか!? イヤイヤ、でもサイズが違いすぎだろ。小さくなってどうするんだ!? 逆に弱くなってないか!? でも強さは本来の偽神に迫るものがある……信じられん!?」
唸る炎人にルーナ・カブリエルは困ったような笑みを浮かべる。
「……説明は少し長くなるけど……聞く」
「是非聞きた……いやいい」
「どうして?」
「聞いたらもっと見ていたくなってしまう。ルーナ・カブリエルと言う希望を。俺たちはもう終わっているんだ。申し訳ないが炎の意識体を倒して俺たちを終わらせてくれないか、お嬢さん……いやルーナ・カブリエル」
「結局その話に戻ってしまう……どうしたらいいの?」
ルーナ・カブリエルは苦悩する。
(オジサンたちが炎の意識体の支配から解放させるにはそれしかないの? 何かこう……都合のいい……誰も死なない方法はない!?)
ルーナ・カブリエルが必死に考えを巡らせていると不意にシモンの思念が流れ込んできた。
(……その都合のいい方法……僕が提案しよう)
「お兄ちゃんっ!!」
ルーナ・カブリエルが歓喜の声を上げた。
「……彼女どうしたんだ? 虚空に向かって喋ってるけど。もしかして……プレッシャーを与え過ぎたのか? 俺たちを殺せ殺せっていったから。悪い事をしたな……」
炎人がバツが悪そうに頬を掻く。こんな事なら誰かに頼るんじゃなく自決するべきだったと後悔する。
(そうじゃなくて誰かと思念通話をしているようですね)
そう説明したのはワルキューレだった。
「思念通話とは?」
(今まさに私たちがしていますよ)
「これが? はたから見ると盛大に独り言をしているように見えるな……ともかく気がふれたって訳じゃないんだな、よかった」
ホッとした炎人たちにルーナ・カブリエルが向き直るとこういった。
「オジサンたち、お兄ちゃんが呼んでるからこれから一緒に来てくれない?」
「お兄ちゃんってシモンが? ……いいや、お嬢さんより彼にやってもらう方がいいかもしれないな。分かった行こう」
ルーナ・カブリエルと炎人五十体は総出で地上へと降りた。そして地上で待っていたシモンから選択を迫られる事になる。その結果が吉と出るか凶と出るかは誰にも分からなかった。




