第五話 狂神VS偽神、天より現れたるは……
偽神と呼ばれる巨人のうちの一体、青い装甲の偽神の治癒魔法によりシモンの傷は回復した。立ち上がり辺りを見渡し、散々たる光景に唖然とする。赤い装甲の偽神と狂神、二体の巨人の戦いによりドーセントの街は瓦礫の山となっていた。こうなっては街としての機能の回復は見込めないだろう。
「ちょっと、そっちの……青い偽神の人(?)……あの二体の戦いを止めてよ。これじゃあどっちが悪い方なのか分からないよ」
シモンは青い装甲の偽神に訴えるが青い装甲の偽神は首を振る。
「私たちの目的は狂神を倒す事であって街の人を助ける事じゃない。それにこの街にはもう生きてる人はもう誰もいない」
「誰もいない……そんな!? 嘘でしょ!?」
「嘘じゃない。この街全域を探査魔法で調べたけど生命反応はあなた一体だけだった」
「そんな……この街にはお父さんとお母さんもいたんだ。もう一度調べてよ! きっと生きているから……」
「何度調べても同じだから……ごめんなさい」
青い装甲の偽神はシモンに痛ましげな声をかける。シモンは膝を付き愕然とする。
「ルルちゃんもお父さんもお母さんもいなくなっちゃった……」
シモンは事実を口にして心の中で反芻する。ゆらりと力無げに立ち上がり、赤い装甲の偽神と戦う狂神を睨む。
「許さない理由がもう一つ出来たな……」
そう呟きシモンは赤い装甲に偽会と狂神の元に向かおうとする。
「ちょっと待ちなさい! あなた、何をするつもり? 狂神との闘いは私たちに任せてあなたは逃げなさい」
「僕は逃げない。あの狂神は僕が倒す」
「偽神に乗らずにそんな事……」
蒼い装甲の偽神は志門が友達と両親を失った事により錯乱しているのだと判断し、呪文を唱える。その途端半透明でドーム状のものが出現しシモンを覆う。
「結界!? どういう事ですか?」
「あなたは今、大事な人を失って自暴自棄になっている。自殺しに行くのを容認する事は出来ない。どうしても逃げないというならせめてそこにいて。私たちがあなたの両親と友達の仇を取るから」
蒼い装甲の偽神が赤い装甲の偽神の元に走る。二体で狂神にあたるつもりだろう。
「ここから出してください!」
シモンは半透明の結界を叩くがビクともしなかった。
漆黒の巨人―――狂神の力は圧倒的だった。狂神とは狂った神、狂っているとはいえ神の力は健在だった。神とは無形である自然の力に形を与えたもの。少し考えるだけで自動的に自然が動くのである。凄まじい切れ味のカマイタチ、全てを焼き尽くす巨大な火球、全てを押し流す水流、あらゆるものを飲み込む巨大な地割れ。それらの攻撃を偽神は全て捌く。赤い装甲の偽神が持つ大剣に秘密があった。シモンが一目見て呪われたものだと感じたがそれは正しい。偽神が持つ武装は神滅武装といい神を滅ぼす為のアリとあらゆる呪法や魔法陣が刀身から柄にかけて刻み込まれており、これが神の力で起こされた現象を元に戻してくれるのである。だが人が使うには過ぎたもので長時間の使用は出来ない。使いすぎれば呪いの左様で心身共に深いダメージを負い、下手をすれば存在の消滅さえあり得る危険なものである。故に使用できるのは十分が限度。狂神とはそんな危険な武器を使わなければ勝てない厄介な相手であった。
赤い装甲の偽神は焦れていた。こちらが近づこうとすると狂神は距離を取り、遠距離攻撃を仕掛けてくるのである。こちらにも神滅武装の呪いを刃として飛ばす遠距離攻撃があるが広範囲の攻撃が出来ない為余裕で避けられてしまう。
「クソッ、こっちに限界が来るのを待っているのか?」
赤い装甲の偽神が狂神に再度接近する。すると狂神はそこそこの威力のある火球を生み出し、偽神に向かって発射し、後方に下がる。火球を打ち消した時にはまた距離を取られてしまう。
膠着状態が続いていたが青い装甲の偽神が合流した事で事態が好転する。
「やっと来たか、サリナ」
赤い装甲の偽神が蒼い装甲の偽神、サリナに話しかける。
「ゴメン、あの子、狂神を倒すって息巻いてて。言うこと聞いてくれなかったから結界に閉じ込めてきた」
「そうか……汚れ役を買わせたな」
「別にいい。それよりそっちの神滅武装はまだ使える」
「ノラリクラリと逃げられて未だ有効打は与えらえてない。残り五分を切った。何とか出来るか、サリナ?」
「ええ、任せてアッシュ」
赤い装甲の偽神―――アッシュにそう言うとサリナは装甲の中から錫杖状の武器を取り出した。これがサリナ専用の神滅武装だった。サリナは両手で杖の神滅武装をもち呪文を唱える。
呪文詠唱が終わると同時に大地が鳴動し幾数もの樹々が起立し、一瞬にして森が出来上がった。その森の中にアッシュとサリナが紛れて消えてしまう。その場に残されたのは狂神のみだった。狂神は巨大な炎を生み出し樹々に投げつける。圧倒的な炎が樹々を舐めるが樹々には焦げ目一つつかなかった。その攻撃に憤怒したかのように無数の蔦が狂神を絡めとろう殺到する。狂神は蔦から逃げようと己を高速で浮上させる。森の上に逃げようとするのだがいつまでも森の上に出る事が出来ない。狂神の移動にあわせ樹々が成長しているかのようだった。サリナが行った魔法、迷いの森はその名の通り対象物を疑似的に作り出した森に迷わせる魔法である。迷わせるだけで攻撃的な事は出来ないのだが神滅武装を用いる事で効果が変わる。サリナが持つ神滅武装は狂神の魔法無効化能力を無力化させる。さらに魔法の威力の倍増、神を滅ぼす呪いも付与してくれる。故に魔法による攻撃を可能となる。一見するといい事だらけだがいい事だけではない。魔法使いが神滅武装を使った場合心身に受けるダメージは通常の二倍となる。その為、神滅武装の使用時間はアッシュより圧倒的に短い。だからアッシュはアタッカー、サリナはサポートに回る事がほとんどだった。
高速で大地を空中を移動し出口を探す狂神に蔦が襲い掛かる。両手から黒いオーラを放出し刀剣上にして蔦を切り裂こうとするが神の呪いが付与された蔦は切る事が出来ない。蔦の一つが足に絡みつくとそこを起点に二本、三本と絡みつきあっという間に繭状に絡めとられ、狂神は身動き一つ取る事が出来ない。
「アッシュ今よ!」
サリナは迷いの森との同化を解き姿を現し、同じく同化を解いたアッシュに合図する。
「よくやった、後は任せろ!」
アッシュは蔦に捕らわれた狂神に向かって走り剣の神滅武装を突き刺した。
「グアァァァァ!!」
狂神の絶命の悲鳴が森に響き渡る。それと同時に神滅武装を手放した。使用限界が来たためだった。
「やったわね……アッシュ」
サリナは苦し気に息を吐きながらアッシュを称賛し、神滅武装を手放した。使用限界まではもう少し時間があるのだが戦いが終わった以上使い続ける必要はなかった。神滅武装を手放した事により迷いの森の魔法が解ける。
「いいや、まずいぞ」
「どういう事?」
「見ろ」
アッシュは首をしゃくって原因を見るようにそくす。
「そんな……」
サリナは絶望的な声を上げる。アッシュの神滅武装により絶命したはずの狂神の死体が消えているのである。アッシュとサリナは背中合わせで立ち、お互いの後方を警戒する。だがその警戒には意味がなかった。狂神は狂っていても神、無形の自然に形を与えたもの。つまり偽神がたつ大地にも当然なれるという事である。
アッシュとサリナの足を何かががっちりと掴んだのである。アッと思った時にはもう遅かった。狂神は大地を流れる地電流を操作し雷に匹敵する高圧電流を作り出し偽神に流す。
「グァァァァ!!」
「キャアァァ!!」
アッシュとサリナは悲鳴を上げる。高圧電流は偽神の全身を嬲りつくす。装甲は大破、赤い血液にも似た体液が零れ、肉が焦げる臭いが辺りに充満する。倒れる二体の偽神の前の大地が盛り上がり人型になる。狂神だった。狂神は両手より黒いオーラを放出し刀剣状にし偽神に迫る。
「クソ、サリナ大丈夫か!?」
サリナから応答はなかった。気絶しているのかそれとも……
「クソ、サリナを連れて逃げないと。動け、動いてくれ偽神よ」
アッシュは偽神に訴えるが偽神はピクリとも動かない。眼前に迫る狂神を睨みつけるがそれで狂神の歩みが止まる事はない。偽神の元で止まり両手を振り上げる狂神。両手から黒いオーラを放出する。聖剣、魔剣より切れ味があると思われるその黒の手刀で偽神を一刀のもと切り伏せるつもりなのだろう。
「クソッ」
狂神に対抗出来る偽神が動かない以上アッシュに出来るのは狂神を睨む事だけであった。その悪意の感情が心地よく狂神はニヤリと笑い手刀を振り下ろす。
その時であった。狂神の背後で光の柱が空に向かって起立した。その現象に狂神の手が止まる。アッシュもその光を確認した。
「何だ、あの光は……」
「あそこは……」
アッシュの隣りで倒れているサリナの偽神から声が漏れる。
「サリナ、生きているのか……よかった」
「あの方向はあの子を閉じ込めていた結界がある方向……あの子がやったの?」
光の柱が起立したのはほんの数秒の事だった。光の柱が消えた後、天から現れたものを見て全員が度肝を抜かれてしまう。
「神様……」
サリナが呆然として呟く。神を殺す事を目的とする『神殺し』がいうセリフではないのだがそう言わずにはいられないだろう。あら会われたそれは赤い角兜、赤鉄の胸鎧、左腕には鋭い剣が付いた腕鎧、足には灰色の脚鎧といった武装をしており更に特徴的なのは背中に生やした左右三対計六枚の羽根を生やした武装した天使だったのだから。