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魔術師転生  作者: サマト
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第八十三話 残心とカブリエルの役割

―――水の死神が火の戦士たちを従えて我を滅ぼそうとしている。

逆鱗の中の炎の意識体は迫りくるルーナ・カブリエルとワルキューレの武装を身に纏った炎人たちにそんな感想を持った。このまま手をこまねいていたら最悪の想像が本当になる。それだけは回避しなければならない。その為の方法をルーナ・カブリエルがこちらに来る数秒以内に考えなければならない。

炎人達を体内に取り込んで力に還元する。これはもう少し時間があればたとえ厄介な武装を身に纏っていたとしても出来たのだがこれはルーナ・カブリエルが現れた瞬間不可能になった。

自らの鱗を射出して足止めするのも炎人たちが防いでしまうため意味をなさない。ならばならばと色々な方法をシュミレートしてみるが必ず失敗してしまう。何をやってもルーナ・カブリエルが炎人たちが防ぎきってしまうのが予想できた。

炎の意識体は動揺しながらどうすると己に問う。そして一番被害が少ない方法を導き出した。それはルーナ・カブリエルのみを倒す事。

自分を滅ぼす力を持っているのはルーナ・カブリエルのみ。炎人たちだけなら自分を滅ぼす事は出来ない。出来たとしても封印するぐらいだろう。二、三百年封印されるぐらいなら大したことはない。炎の意識体の様な存在にとって二、三百年など瞬きするぐらいの事なのだから。

そう考えると行動は速い。炎の意識体は逆鱗の中で炎の力を練る。より強力で針のように鋭く束ね水の力を貫く事が出来るように。

そしてその時はすぐに来た。ルーナ・カブリエルが眼前に迫り二重螺旋の槍を振り上げた。ここが千載一遇のチャンスだった。槍を振り上げた事により体の前面が無防備になったのだ。胸の中央に狙いを定め炎の力を解放した。

それはまさに閃光。一筋の閃光はルーナ・カブリエルの胸部、偶然にもルーナの本体である聖霊石が収まっている箇所に吸い込まれ背中側を貫いていた。ルーナ・カブリエルは二重螺旋の槍を振り上げたまま固まったかと思うと輪郭が歪み体の凹凸が無くなる。スライムが無理矢理人の形をまねたような不細工な姿になり浮力を失い地面に向かって落下した。

「……やった、やったぞ!!」

この最後の攻撃で全エネルギーを使い果たした。これで炎の龍の形態も保つ事が出来ない。身を守る術は無く炎人たちに倒される事になるがそれはこちらの消滅を意味しない。生き残る事は安堵する炎の意識体に死神の声が聞こえた。

「そう来ると思っていたよ」

その声を聞いた次の瞬間逆鱗は破壊され炎の意識体は外に引きずり出された。二重螺旋の槍の先端、二又に分かれた刃の間に発生している不可思議な力に束縛され炎の意識体は身動き一つ取る事が出来ない。

「そんな……バカな……」

自分を引きずり出した水の死神を見下ろしながら愕然として呟いた



愕然として呟く炎の意識体に対してルーナ・カブリエルは炎の意識体を見上げながらニヤリと笑う。

「何故、我の不意打ちを読む事が出来た……何故、動けない……」

「どうしても聞きたい? それなら答えないといけないね。今、私は大天使カブリエルの力を身に纏ったルーナ・カブリエルなのだから」

「ダイテンシ? カブリエル?」

知らない単語に無い首を傾げる炎の意識体を無視して言葉を続ける。

「まず、どうしてお前の奇襲が分かったのかだけどそれは……残心を怠らなかったからだ」

「ザン……シン?」

人が扱う武術、それも異世界の武術言語を出され更にない首を捻る。

「……それは俺たちも教えて欲しいな?」

そう言ったのは炎人の一人だった。いつの間にか炎人五十体がぞろぞろと集まっていた。彼らは偽神の調整、補修を担当する作業員であるが同時に武人でもあるのだ。こういう武術議論に興味を持たない筈がない。

「ならば教えてあげましょう……ジュワッ!!」

そう言ってルーナ・カブリエルは槍を持たない左手を開く。その中で銀色の何か高速で回転していた。ルーナ・カブリエルはそのまま左手を顔の方に持っていき撫でるような動作をする。するとさっきまではなかったものが顔に装着されていた。それは銀縁のメガネ、かけるだけで印象が変わる、殊更理知的に見える便利アイテムである。

「……ちょっと演出過多じゃないか?」

炎人に呆れた声で突っ込まれた。

「ウルサイウルサイッ!! ともかく説明始めるよ!! ……コホンッ……残心、それは武術に於いて技を出した後も心身共に気を抜かず油断をしない事。たとえ相手が戦闘力を失ったかのように見えたとしてもそれは擬態である可能性もあり、油断した隙をついて反撃してくることがある。それを防ぎ、完全な勝利へと導くのが残心です」

炎人達から感心の声が漏れる。

「成程……さっきの状況が丸ごと被るな、今の説明」

「でしょう」

炎人たちが鱗からの攻撃を防いでくれたため逆鱗までの道筋が出来た。一直線に進む内にふと閃いたのだ、シモンに教えられた残心の事を。そう考えるとここまで順調に来られたのが誘い込まれたようで不安になったのだ。そこで逆鱗の眼前で水を操って作った分身を置き本体は脇に逃れ気配を消した。その次の瞬間、逆鱗から赤い閃光が迸り分身を貫いたのだから驚きである。もし何も疑わず突っ込んでいれば赤い閃光に貫かれていたのはルーナ・カブリエル本体であったろう。

「罠に追い込むつもりが見破られていたとは……」

槍の穂先に捕らえられている炎の意識体が悔しそうに呻く。

「さて……己の浅はかさに悶える炎の意識体さんにさらにいい事を教えてあげましょう」

清々しいほどにこやかな笑顔を見せるルーナ・カブリエルに不穏なものを感じつつ尋ねる。

「……何だ?」

「それはこの大天使カブリエルの本来の役割です」

「カブリエルの役割……だと?」

「そう……大天使カブリエルは水を象徴する天使である故、今回お兄ちゃんが呼び出したけど本来は違う役割を担っているんだよ。それは……上位者の言葉を伝えるメッセンジャーであるという事」

本来は上位者ではなく神という言葉を使うべきなのだが神と敵対している者たちの前で神という言葉を使うのは憚れた。

「カブリエルは上位者の啓示を伝えたり妊娠を告げたりと……まあ希望を伝える天使であるのだけど実はもう一つ別の事も伝える天使であると言われています。それ一体何でしょう?」

「何だと言われても……いやな予感しかしない……言いたくない」

「……いいえ、答えてもらいましょう。工場棟を全焼、私の体を燃やし尽くし、作業員のみんなに対しては血も肉も魂までも燃やし尽くして問答無用で眷属にしてお兄ちゃんたちにぶつけてこちらの動揺を誘う何て外道な真似をしたあなたなら……答えがなんとなく分かるでしょう?」

炎の意識体はしばらく沈黙した後こう答えた。

「……お互いの健闘を讃え握手をしてサヨナラ……とか?」

テヘペロしていそうなくらいの炎の意識体の陽気な言い方にルーナ・カブリエルのこめかみに青筋が立つ。

「そんな訳……ないでしょ!!」

ルーナ・カブリエルが思わず怒鳴る。

「埒が明かないからもう言っちゃうよ!! カブリエルは希望を伝える天使であるけど同時にこの世の終わりを告げる天使でもあるんだよ!! 私があなたに伝えるのはあなたの存在の終わりだよ!!」

そう伝えると炎の意識体を捕えている二又に分かれている刃の部分がゆっくりと中央に重なろうとしていた。これが完全にくっつけばその中央にいる炎の意識体は切断されその存在は消滅するだろう。

「ちょっと待てっ!! 早まるなっ!! 我を消滅させれば……炎人たちも消滅するぞっ!!」

この言葉にルーナ・カブリエルが呻く。炎人体を見渡しと炎の意識体を切り裂こうとする二又の刃の動きが止まる。

炎の意識体が勝ち誇ったようにニヤリと笑う。

「そうよな。人と言う存在でなくなったとはいえしっかりと意志と記憶を持った仲間だものな。自らの手で消滅させるなど出来る訳ないよな」

炎の意識体はこの期に及んで炎人たちを人質として使おうとしていた。





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