第八十二話 炎人(神)合体、ただ一点を穿つ
炎人達は力の限り炎の殻に拳を叩きつける。だが炎の殻はびくともしない。殻の向こうに炎の龍の薬店があるいというのに何とももどかしい。炎人の中には炎の殻が破れず逆に両腕が消滅、頭突きで壊そうとしている者もいるがやはり壊れない。
「俺たちじゃ……ダメなのか……」
炎人達の心が諦観に包まれようとしていた。そんな時それは現れた。甲冑を身に纏い羽飾りの兜と剣と槍、盾等を装備し天馬に跨る美しい女戦士。自分たちと同じ火の属性を感じるが自分たちよりはるかに上位の存在。炎の龍が自分たちを邪魔に思い新たに呼び出したのか、そう考え身構える炎人たちに先頭の女戦士は厳格な戦士の表情を崩し女性らしく優しく微笑む。心臓などないはずなのに炎人たちの胸が高まった。それを感じて後ろにいる女戦士たちかおかしそうに笑う。先頭の女戦士たちが後ろを向き笑っている女戦士たちを睨みつけ黙らせる。正面に向き直り呆れたようにこめかみを押さえると炎人にこんな思念を飛ばした。
(まったく今どきの若い子は……おっと失礼しました)
そんな風に慌てる女戦士を見て炎人たちの警戒は緩まる。それどころか失笑するものまでいた。
(ムウッ、あなた方失礼ですよ。私たちはあなた方に力を与えるために召喚されたというのにっ!)
「力を与えるためにって一体誰が……」
(ともかく!! 我々の力をあなた達に……)
この思念と同時に女戦士たちは形を崩し炎の帯となって炎人達に巻き付き変化した。女戦士たちは炎人たちを包む甲冑となり炎の殻を攻撃した際かけてしまった箇所を補強した。さらには炎人たちの思考を読み各々が得意とする武装となった。大剣、長剣、長槍、珍しい所では自分の姿が隠れるほどの大盾、メリケンサックなどにもなっていた。身に纏う鎧もさることなら手に持つ武器の力強さに炎人は息を飲む。炎人の一人がそれとなく炎の殻に持っていた大剣を叩きつける。強固な感触に顔をしかめるがよく見ると殻にほんの少しではあるがヒビが入っていた。武器の方には損傷がない所を見てこれは使えると判断できた。
「みんな、これならやれるぞっ!!」
炎人たちの心に再び火が灯る。そして一斉に各々の武器を振り下ろす、あるいは叩きつける。叩きつけられる度に小さなヒビが徐々に広がり大きなヒビとなる。もう少しだと分かると炎人たちは一斉に雄叫びを上げ、武器を叩きつける。
「砕けろぉぉぉぉ!!!!」
ガラスが割れたような音と同時に炎の殻が崩れその中の青い鱗が露わになった。
「よし、やった!!」
遠隔視で様子を見ていたシモンは思わずガッツポーズをとっていた。
「しかし……シモンお前何やったんだ?」
身体強化の魔法で視力を強化し、一連の動きを見ていたアッシュがシモンの問う。
「それはですね……」
シモンが説明を始めた。
シモンが行ったのは召喚魔術だった。魔術における召喚とは呼び出した召喚対象と一体化して力を借りる魔術。この魔術は召喚者である魔術師にしか召喚対象と一体化出来ないと思われがちだがそんな事はない。別の人物と一体化させる事は可能だった。今回は炎人とワルキューレを一体化させ攻撃力を強化させ炎の殻を壊す作戦だった。
「……うまくいった。後は……出番だよ、ルーナ・カブリエルッ!!」
炎の殻が壊された事により炎の龍の動きが止まる。その隙にルーナ・カブリエルが旋回し炎の龍の喉元に向かう。
炎の龍の喉元なる蒼い鱗、逆鱗、ここは存在の核となっている。逆鱗を破壊されれば存在を維持する事が出来なくなる。炎人も当然消滅してしまう。それなのに炎人が自分自身で存在を消滅させようとしている。
逆鱗の中に潜む炎の意識体は炎人を恫喝する。
「何を考えている!! 我を滅ぼそうなどと正気か!? 存在が維持できなくなるぞ!!」
「それがどうした!! 死のうが取り込まれようと俺たちは貴様らのような存在と戦う事を止めない!!」
炎人達がそう言い放ち炎の意識体が一瞬怯む。
「……ならば我が力に戻るがいい!!」
炎人達の足元から火柱が立ち炎人を包み込んだ。
「グアァァァァァ!!!!!」
火柱に包まれた炎人は苦悶の声を上げ膝をつく。
「非常に良い手駒だと思ったがこうも逆らって来るのでは意味がない。人格も記憶も全て消して我が力に還元してくれる……せいぜい苦しみながら消滅するがいい!!」
(そうはさせませんっ!!)
その思念は歩の人体が身に纏うワルキューレの甲冑から流れてきた。炎の龍に対して敵意と身に纏う炎人を守らんという慈母の意志が炎人を守護していた。
「我の力に抵抗している!? 小賢しい!!」
炎の龍は火柱の火力を上げる。炎人も身に纏う不純物も全て焼き尽くさんと逆鱗の中のは火力を上げる。
「ガァァァァァッ!!!!!」
(キャァァァァッ!!!!!)
強まった火柱は炎人とワルキューレの甲冑が悲鳴を上げる。炎人の輪郭が揺らめき、ワルキューレの甲冑が溶解し始めていた。
「早く我が力に戻れ……そうすればあの翼を持った化け物に勝つ事が出来る。全てを燃やしつくす事が出来る。そうなった暁には水の力を持った化け物を呼び出し炎人に厄介な代物のを与えた術士……こいつを特に念入りに焼き殺してくれる。血肉は食らうが魂は我が主に献上してくれる」
炎の意識体からしても外道とも呼べる主がシモンの魂をどのように扱うのか……そう考えただけで愉悦の笑みが止まらない。そんな炎の意識体の笑いに別の笑いが重なった。それは炎の意識体五十体からの物だった。
「……死してなお気が狂うとは……これは愉快だ」
「……そんな事を言ってていいのか?」
「どういう事だ?」
「天敵が……来たぞっ!!」
ハッととして見下ろしたその先にそれはいた。水の諸力を身に宿す翼を持ちし者、ルーナ・カブリエル。
「時間をかけすぎたかっ!!」
炎の意識体は炎人を取り込む事を中断し、逆鱗以外の鱗を射出してルーナ・カブリエルを攻撃する。高熱を宿した鱗は対象物を熔解、焼却しつつ切断する。これが当たればルーナ・カブリエルと言えど無事では済まない。ルーナ・カブリエルは回避、あるいは二重螺旋の槍で鱗は弾きながら先に進む。そんな攻防がしばらく続くがそれが終わる時が来た。鱗の射出が集中する個所に追い込まれ逃げる隙間もない鱗の檻に閉じ込めれれてしまう。絶望的な状況を乗り越えるための方法を模索する為、思考が加速し記憶を遡る。いわゆる走馬燈という奴なのだが……。
(ダメだ……何も思いつかない……)
思考が加速している為灼熱の鱗の動きが緩慢に見える。動きが分かれば全て打ち払えるのではと思ったが体が動かない。思考が加速しているだけで行動が加速する訳ではない様だ。
(ここまでか……ゴメンね、お兄ちゃん)
ルーナ・カブリエルは心の中でシモンに詫びて目を閉じた。目を閉じた事により出来た暗闇の中で何か固い物が叩きつけられる音が耳に届いた。慌てて目を開くとそこには複数の甲冑を着た男の背中があった。ワルキューレの甲冑を身に纏った炎人がルーナ・カブリエルを中心に防御陣を築いていたのだ。ルーナ・カブリエルが暗闇で聞いた音は炎人が持つワルキューレの武器で灼熱の鱗を叩き落とした音だった。
「あの青い鱗の中にいる意識体を倒せるのはアンタだけだ。意識体までの道は俺たちが作ってやるからアンタはただ一点を貫く事だけに集中してくれっ!!」
ルーナ・カブリエルは力強く頷き炎の意識体に向かって飛ぶ。それに炎人達が追走する。ルーナ・カブリエルを打ち落とすべく灼熱の鱗を射出するがそれは炎人達が叩き落とす。炎人達が露払いしてくれたおかげで逆鱗までの道筋が出来た。ルーナ・カブリエルは銀色の閃光となり一直線に逆鱗の眼前に迫り、二重螺旋の槍で逆鱗を貫こうとする。だが、それよりも早く逆鱗から放たれた赤い閃光がルーナ・カブリエルの胸の中心、すなわちルーナの本体とも言える精霊石を正確に穿っていた。




