第八十一話 反撃、戦乙女の召喚
炎の龍は己の周りに幾つもの火球を作り出した。その火球一つ一つが莫大な熱量が込められている。それが一発でも当たれば水の力を持つルーナ・カブリエルと言えど消滅は免れない。そうなったら攻撃はシモンたちに向かう。それだけは絶対阻止しなければならない。ルーナ・カブリエルは気合の声を上げる。
「はああああっ!!!!」
そして炎の龍に向かって特攻する。それを見て炎の龍は火球を放つ。ルーナ・カブリエルは高速で火球を躱しつつ突き進む。全てを躱し炎の龍の目の前に来たその時、何の前触れもなく火球が生まれルーナ・カブリエルを飲み込んだ。今まで放った火球は囮でルーナ・カブリエルを目の前まで誘導し油断した所を焼却するのが炎の龍の目的だった。己の勝利を確信しニヤリと笑う炎の龍。だがルーナ・カブリエルはその企みを凌駕してみせた。ルーナ・カブリエルが持っている二又の槍。これはルーナ・カブリエルの水の魔術力、そして精霊の武具が持つ精霊の力、その二つを束ね合わせた二重螺旋の力は火球を内側から一刀両断真っ二つに切り裂き消滅させて見せたのだ。これには炎の龍も驚き目を見張る。一瞬の硬直をルーナ・カブリエルは逃さない。炎の龍に比べれば遥かに小さい二又の槍、人が持てるサイズの槍を炎の龍の頭蓋に振り降ろす。
―――ドカンッッッッ!!!!
凄まじい音と同時に叩きつけられた衝撃に炎の龍は眼を回し浮力を失い大地に落下する。すぐに意識を取り戻すとこちらを見下ろす形となっているルーナ・カブリエルに憎悪の視線を向ける。雄叫びを挙げながらルーナ・カブリエルに向かう。
上空でのルーナ・カブリエルと炎の龍の戦闘を見てアッシュが感嘆の声を漏らす
「凄いな……ルーナお嬢ちゃん、槍一つ持っただけであれだけ強くなるなんて。これなら勝てるんじゃないか?」
アッシュが興奮気味に言うがシモンは顔を曇らせる。
「どうした、シモン?」
「……ルーナ・カブリエルが槍を手にした事でようやく互角、それじゃあマズい。もう一つ何か手を打たないとよくて相打ちだ……」
自分が水の魔術で援護する。実はこれが最もしてはいけない方法だ。今、自分たちが今、無事なのはルーナ・カブリエルが上空に引きつけてくれてるからだ。援護として水の魔術を放てば炎の龍の注意がこちらに向き攻撃目標をこちらに変えてくる。そうなればルーナ・カブリエルはシモンたちを守りながら戦う事になり足かせとなってしまう。でも火に有効な効果がある魔術と言えばどう考えても水であるし……。
「ウーン……」
頭を悩ませているシモンにアッシュの疑問の声がかかる。
「……あれは……何だ?」
「? あれって……」
「ほら、炎の龍の喉元の辺り、あそこだけ色が変じゃないか?」
シモンが目を細めてみるがイマイチよく分からない。アッシュは身体強化の魔法により視力も上がっているようだ。
「アッシュさん、もう少し詳しくお願いします。反撃の糸口になるかも」
「と……言われてもなあ……真っ赤な色の鱗とは逆向きの青い色の鱗があるだけだしな」
「それって……もしかして逆鱗か!?」
「ゲキ……リンって何だ?」
アッシュが聞き覚えのない単語に首を傾げた。
逆鱗―――元来、龍とは優し生物で人を傷つける事はないのだが喉元にある逆鱗、これに触れられると激しく怒り人を殺すほどだという。これが転じて地位が高い者を怒らせる事を『逆鱗に触れる』というようになった。この言葉通りだとすると弱点と言うよりパワーアップさせてしまいそうで手を出す事は憚られた。
「他に……他に何かないですか!?」
「他っていうと……」
アッシュが目を細めて炎の龍を凝視しもう一つおかしなところを見つけた。
「あれは……」
「何です!? 早く言って下さい!!」
「その逆鱗とやらの周りに何だが円を囲むようにして何かが生えてきてるんだが……」
「何かって?」
「あれは……火? いやなんかの形を取り始めた……あれは……アイツらかっ!!」
「アイツらって!?」
「さっきまで戦ってたアイツらだよ」
「それって炎人の事ですか?」
「炎人? よく分からんがともかくソイツらだ。あの炎に取り込まれたはずなのにまだこうやって出てくるなんて……」
アッシュと戦っていた時とは違い今度は完全に取り込まれ敵となっているはずである。ルーナ・カブリエルとの戦闘で逆鱗のカードが緩くなったため警護のために呼び出したのかもしれない。
「でもそうやって呼びだしたという事は……」
逆鱗が弱点だと言っている様なものである。シモンは咄嗟にルーナ・カブリエルに思念で伝える。
(ルーナ!! そいつの喉元の蒼い鱗!! それが弱点だ、そこを狙って!!)
「分かったよ、お兄ちゃん!!」
ルーナ・カブリエルがシモンの思念に従い移動するが炎の龍は先回りして喉元へ向かわせない。
「クソッ!!」
ルーナ・カブリエルを喉元に向かわせない、もし向かったとしても炎人がガードしている。ガードを完全にしていればこちらの敗北はあり得ない。消耗戦に持ち込めばこちらの勝利は揺るがない。勝利を確信した炎の龍が突然もだえ苦しむ。
(キィーサァーマァーラァー!!!)
炎の龍が怒りの雄叫びのような思念を全方位に放出した。
「イッテェーッ、何だ今の頭に響く声は!?」
「炎の龍が発した思念のようだけど……何で?」
シモンの疑問にアッシュは口笛を吹いて答えた。
「どうやらアイツらが原因のようだぜ。信じられん事をしてくれるよ」
「アイツらって炎人の事ですよね。彼らが一体?」
アッシュに聞くより自分で見た方が早いとシモンが魔術による遠隔視を開始する。視界が炎の龍の喉元に迫る。そして目に入った光景に信じられないと言った感じで呟いた。
「逆鱗を殴りつけている……」
シモンが遠隔視で見た光景、それは五十体の炎人が一斉に逆鱗に拳を叩きつけているのである。
「炎の意識体に取り込まれて炎の龍となったんだ。その意志も完全に取り込まれ操り人形になっているだろうに……支配下にあってなお逆らうなんてどんな意志力の持ち主なんだか」
もう一度取り込めばいいだけの話なのだがルーナ・カウリエルと戦いながらではそれもままならない。だから炎の龍は炎の殻を作り出し逆鱗を覆いガードした。これは炎人の拳では壊す事が出来なかった。この炎の殻はルーナ・カブリエルと二又の槍でも破壊には少し手こずるかもしれない。何としても炎人の手で壊してもらいたい。そうなるとシモンがする事は決まってくる。
シモンは右手の人差し指と中指を伸ばしあとは折り曲げ正面に伸ばす。指先に赤い光が灯る。そして頂点から始まる五芒星を描き始める。空間に刻まれる赤い五芒星。この意味は魔法に詳しくない者でも分かってしまう。
「……おい、シモン」
アッシュが信じられないとでも言うようにシモンに問いかけるがシモンはそれに答えず呪文を唱える。
「オォ・エェ・ペェー・テー・アー・アー・ペェー・ドー・ケー」
さらに五芒星の中央に火のシンボル♌を刻みさらに呪文を続ける。
「エル・オー・ヒーム」
両手を頭の上に上げ両手の親指、人差し指、中指をくっつけ三角形を作る。そして呼び出す者の名を唱える。
「ワルキューレッ!!」
その名を唱えると同時にシモンの眼前の空間が歪み火の玉が出現する、その数五十体。それらは歪み形を成す。甲冑を身に纏い羽飾りの兜と剣と槍、盾等を装備し天馬に跨る美しい女戦士となった。
「この軍団が……ワルキューレか?」
シモンの結界の中からでも分かる圧力にアッシュは息を飲む。
ワルキューレ―――それは主神オーディーンの直轄部隊にして愛の豊穣の女神フレイヤの従者とされている半神、死して勇敢なの魂を戦場からすくい上げ神の戦士として天上界アズガルドに招き持てなすとされている女戦士たちが五十体、シモンの火の召喚魔術により召喚された。
火の領域において火の魔術は有効に働く。だが、火の魔物を火で倒すというのは不可能に近い。それはシモンも分かっているはずである。それをあえて行うのには理由があった。
「ワルキューレよ、行けっ!!」
シモンの号令にワルキューレたちが頷く。ワルキューレの意志をくみ取り天馬はその翼を羽ばたかせ空を飛翔し炎の龍の喉元へと向かった。




