第七十八話 喚起? 召喚? 火のタマゴ?
先程体外へ排出した敵が再びこちらに向かってくる。それを感知した炎の意識体は謎の存在を排除せんと攻撃を仕掛ける。業火から分離して作り出された無数の火の玉。これは先程ルーナ・カブリエルを攻撃した火の塊と同等の威力を有していた。それらは意志を持っているかの如くルーナ・カブリエルを強襲する。
ルーナ・カブリエルはこちらに向かってくる火の玉に立ち向かう。高い起動力で火の玉を回避しながら手刀に収束させた水の魔術力を伸ばし長剣のようにしながら火の玉を切りつける。火の玉は熱せらた鉄板に水を垂らしたような音を立てながら消滅していた。
「はああああっ!!」
「強いなルーナ……いや、ルーナ・カブリエル!!」
自分が最初考えていた作戦から大きく外れ、自分が考えていたよりも強大な力を手に入れたルーナの潜在能力の高さにシモンは感心するよりなかった。
シモンが最初考えていた作戦、それは大天使カブリエルを喚起魔術で呼び出し、それをルーナの元に送り、真下から炎の意識体を攻撃。いわば有翼の霊的ミサイルを地下から打ち上げるそんな作戦だった。だがルーナは大天使カブリエルと一体化し大天使カブリエルそのものとなったのだ。喚起魔術を召喚魔術に切り替えたルーナの魔術師としての実力はシモンに迫るものだった。
異界の神々や大天使、悪魔、精霊、悪霊等々そういった存在を呼び出す魔術、これには喚起、召喚と呼ばれる二種類の魔術が存在する。対象を呼び出すという意味ではどちらも同じなのだが厳密にいえば異なっている。
喚起は呼び出した対象物を使役する術の事である。呼び出した対象物と召喚者は肉体的に霊的にも独立した存在でなければならない。マンガやアニメ、ゲーム、小説などで表現されている召喚はこれにあたる。これに対し魔術で言う召喚とは呼び出した対象物と一体化してその秘めたる力を借りる術を差している。ルーナは偶然だがシモンの喚起魔術を召喚魔術に変換し大天使カブリエルの力を十全に扱えるようになるという奇跡を起こして見せたのだ。
この状況をまずいと思った炎の意識体は一計を案じ、ルーナ・カブリエルに罠を仕掛ける。ルーナ・カブリエルは一体であるのに対し火の玉は無数、数で押してきたのだ。機動力を駆使して火の玉を攻撃または回避するのだが火の玉が集中するポイントに追い込まれ四方八方から火炎の攻撃を受けてしまう。
「キャアアアッ!!」
ルーナ・カブリエルは苦痛に絶叫する。一発一発は大した事はなくてもこうも連続で攻撃が来ては避ける事もままならずその場から動く事が出来ない。苦痛を与える事が出来てもルーナ・カブリエルを焼却するまでの火力を出せていなかった。炎の意識体は敵を完全焼却するには完全な姿に戻るしかないと考えその為に割いた力を呼び戻した。
「……どうやら時間切れのようです……」
炎人たちの形が崩れ始めてきた。
「もう少し時間稼ぎをしたかったのですが……あの翼の少女が余程手強いと感じたんでしょう。この炎の体を構成している力を無理矢理引き戻そうとしています」
炎人の一人が悔しそうに呟く。
「何か戦い方がおかしいと思ってたが……そういう腹だったか」
先程の戦闘を思い出しアッシュが不満そうな顔をする。いくつかピンチに陥るような場面があったがその度に手加減されている為おかしいと思っていたのだ。炎人たちは炎の意識体に支配されていたがそれは完全なものではなかった。完全ではないからと言って逆らえば炎人の維持をやめ力を取り戻す事になる。炎人たちは炎の意識体の支配に逆らわず尚且つ力を削ぎ落す手段としてにアッシュと戦っていたのだ。
「あの炎に支配されながらも心は俺たちの味方というのは嬉しいが手を抜かれていたというのは……屈辱だ。もう一回勝負しろ、コラッ!!」
アッシュが中指を立てて恫喝する。炎人たちは少し呆れていた。
「どこまで戦闘狂なんですか? もう無理です。ぞかんがないんですから」
「しょうがない。いつか俺が死んで死者の世界に行ったら再戦だ、いいな」
冗談めいて言うアッシュに炎人達は笑う。人と言う存在ではなくなったというのにその笑いは人そのものだった。
「我々全員そこに行けるか分からないというのに……いいでしょう。その時は我々五十名、全身全霊でお相手する事を約束しましょう!!」
「よし、約束したからな!!」
「ええ、楽しみにしています。それを実現する為にも今はあの炎の意識体を倒して下さい」
「ああ、分かった。俺とシモンとあの翼の……お嬢ちゃんというか男か女か分からんのだが……まあいい、あの子が揃えば絶対倒せる。任せてくれ」
「ええ、私たちも安心して……」
炎人たち五十体が形を崩し火の玉となり業火に向かって飛んでいく。アッシュはそれを見送った後シモンと合流すべく走り出した。
工場棟の業火が空に立ち上り巨大な楕円形の球体となった。工場棟を燃やしていた炎が全て移動し工場棟が無事消化されたのは良かったのだが炎の球体から感じられる力の高まりにシモンは不安しか感じられない。これを何とかするにはルーナ・カブリエルの力が必要だ。彼女を救出するべくシモンは親指と人差し指を伸ばし他の指は折り曲げる。指先で鉄砲の形を作り人差し指で五芒星を描き中央に中央に水のシンボル♏を刻みつける。指先に水を象徴する銀色の光は灯り光が最高潮に強まると同時に短文の呪文を唱える。
「エルッ!!」
その呪文と同時に銀色の光が弾丸となり放たれる。火の玉が密集している地帯、ルーナ・カブリエルを捕えている火の檻の破壊それがシモンの目的だった。だがシモンが放った水の魔術力は火の玉を打ち消すには至らなかった。
「クソッ、今の僕の魔術力じゃ駄目なのか?」
シモンは今、魔術的能力を著しく減退させていた。先の武術大会でソルシエ・アスワドに負わされた負傷の回復、そして大天使カブリエルの喚起で魔術力を使い果たしていた。大天使カブリエルを元の世界に戻す、召喚や喚起と真逆の魔術、退去を行えば少しは力が戻るがそれをしたらルーナ・カブリエルが戦う術が無くなってしまう。
「だとすると……」
シモンは己の両手を見る。剣士の精霊がシモンに貸してくれた装備、形を変え武器にも防具にもなる。これを槍などに変えて投擲すれば火の玉を打つ消す事は十分に出来るはず、それだけの力をこの装備は秘めている。だが、それをすれば両手が動かなくなる。魔術は行えても力は半減する。
「……打つ手なしか」
諦めていた時、後ろから衝撃波が放たれルーナ・カブリエルを包囲する火の玉の一部に直撃する。シモンの元に駆け付けたアッシュが状況を理解し間髪入れず衝撃波を放ったのだ。衝撃波により火の玉の一部打ち消される。攻撃力が弱まったその隙を利用して水の魔術力を全身から放出して火の玉を全て消火した。これにより力を使い果たしたルーナ・カブリエルは浮力を失い地上に落下する。
「ルーナッ!!」
ルーナ・カブリエルの落下地点にシモンが走る。後に続くアッシュが走りながらシモンに矢継ぎ早に尋ねる。
「あの翼の子は一体何なんだっ!? ルーナって言ってたけどそれって偽神に宿った人格の名前だよな……あの子がそうだとするとどうしてあんな姿になったんだっ!?」
「説明は後でっ!! 偽神がなくなった以上、上のあれに勝てる可能性があるのはルーナ・カブリエルしかいないんですっ!! 彼女を助けないとっ!!」
シモンに語気荒げに返されアッシュは度肝を抜かれ消え入るような声で「お、応……」と答えた。
落下地点にたどり着いたシモンとアッシュが見たのはルーナ・カブリエルがうつ伏せに倒れている姿だった。像が薄れ今にも消え入りそうなルーナ・カブリエルを起こし仰向けに寝かせる。
「ルーナッ!!」
「ウウッ……お兄ちゃん……」
「喋らないでいいから。今、回復してあげるから」
シモンは精神を集中し水の魔術の為に呪文を唱える。
「エム・ペェー・ヘエー・アル・エス・エウ・ガー・エー・オー・レェー……エル!!」
シモンから放たれた銀色の光がルーナ・カブリエルに吸い込まれる。シモンの残りカスの様な水の魔術力がルーナ・カブリエルの中で循環、増幅され力を回復させた。
「フウッ……助かったよお兄ちゃ……ん?」
最後か疑問形になったのは肌をつやつやさせているルーナ・カブリエルに対してシモンが顔を青くしているからだ。見るからに体調が悪そうだ。
「お兄ちゃん、大丈夫!?」
「僕は……大丈夫……」
行きも絶え絶えに答えるシモン。
「回復したばかりなのに……また……戦ってくれる……かな?」
ルーナは力強く頷く。
「アッシュさんと……協力して上のアレを……倒して」
ルーナ・カブリエルが上を見上げポカンと口を開ける。
「ナニ……アレ……?」
「あれは……恐らく……火の……タマゴだ」
「タマゴ?」
「あの中で炎の意識体が力を溜めている。あれが孵化する前に……倒して」
そう言うとシモンは仰向けに倒れる。
「キャーッ!! お兄ちゃん!?」
「僕は少し……休む。アッシュさん、ルーナに協力してあげて下さい」
「ああ、分かった。それで……ルーナでいいか?」
「うん」
「なら……ルーナのお嬢ちゃん、行けるか?」
「行けるけど……お嬢ちゃんって言うのはヤメテッ!!」
からかうように笑いながら走り出すアッシュとそれを追うルーナ・カブリエルを微笑ましく見送りながらシモンは魔術力を回復させるべく目を閉じた。
「早く魔術力を回復させてボクも参戦しないと……」




