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魔術師転生  作者: サマト
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第七十六話 新たな謎と水の天使

ルーナは五芒星の小儀礼を終え、魔術力の放出による簡易結界とは比べ物にならない強固な結界の中、さらに上位の大儀礼儀式を行っていた。

メルとブーケ・ニウスの聖霊石が己の魔術力を利用した簡易結界の中ルーナの精霊石は朗々と呪文を詠唱し、空間に銀色の五芒星を刻む。

「……エム・ペェー・ヘエー・アル・エス・エル・ガー・エー・オー・レェー……エル!!」

エルの掛け声と同時に五芒星の中央に水のシンボル♏が刻まれ五芒星の大儀礼の儀式を終える。五芒星の大儀礼儀式後の変化を感じるべく周囲に意識を集中するが変化は感じられなかった。

「……失敗しちゃったかな?」

「私に聞かれても困るよぉ~」

メルが情けない声を上げる。

火の領域の中で水を召喚するなんてやっぱり無理だったかと不安になるルーナの意識に声が響いた。

(ルーナ、聞こえる?)

「ヒャッ!?」

急に声が引いたことに驚きヘンな声を上げてしまうルーナ。

「どうしたのルーナちゃん?」

「今お兄ちゃんの声が……」

「シモンさんの? 聞こえないよ」

不思議に思うルーナに再びシモンの声が響いた。

(僕の声はルーナにしか聞こえていないから)

「また遠隔透視で私と会話してるの?」

(違う。五芒星の大儀礼で水を召喚した者同士の共鳴作用を利用した特殊な思念通話だよ)

「? よく分かんない?」

(同じ属性を獲得したことによって……まあそれは置いといて秘密兵器を送ったから受け取って)

「秘密兵器? 何それ?」

(それは……)

シモンが思念で答える前にルーナの目の前がいきなり暗転した。闇のヴェールに包まれシモンの思念が感じられなくなりメルやブーケ・ニウスの聖霊石も見えなくなる。突然暗闇の中に放り出されたルーナは不安になる。

「お兄ちゃん! メルちゃん! ニウスちゃん!! ……」

いくら声を上げてもただただ闇に飲み込まれるばかり、不安は一層強まるがルーナはシモンの言葉を思い出す。

「……これが秘密兵器なの?」

眼の前の暗闇がどういう意味を成すのか訳が分からないルーナの目の前で変化が起こる。目の前の闇に水滴が落ち波紋が広がったのだ。波紋は闇の隅々まで広がり気泡を発生させルーナの周りに浮遊する。それを眺めているとボンヤリと光り映像が映し出される。

「これは……」

そこに映し出されたのは過去の映像だった。狂神との戦闘、疑似魔術中枢を得て自分という人格が目覚めた時、そして自分という人格を授けてくれたシモンを上から見下ろした瞬間など過去の映像が映し出されていた。懐かしいと思いつつ眺めつつルーナは首を傾げる。

「これが秘密兵器なの?」

懐かしい映像が見れて嬉しいけどこれで戦う事は出来ないだろう。

「お兄ちゃん……」

これ失敗だよと口に出そうとして言葉が詰まる。とある映像に目が釘付けになったからだ。それは何気ない日常。桶に入った水を手ですくい顔を洗うという何気ない光景。だがこれはおかしいのである。現実の世界ではルーナは大きさからして人と違う、こんな風に顔を洗えるはずがない。アストラル界で修行した時もこんなことはしていない。となるとこれは人間の体を持った何者かの映像という事になる。自分と似ているというサリナの過去の映像だとしたら何故それが映しだされたのか。暗闇から浮かび上がった気泡、今の所ルーナの過去の出来事、記憶が映しだされている。過去にサリナと何らかの接点があったのかと考えた時おかしな点がある事にルーナは気が付いた。

「髪の色が……違う?」

桶の中の水面に映ったサリナの髪の色、白髪ではなく金髪なのである。

「どういう事!?」

ルーナは混乱した。ただサリナが髪を金色から白色に染めただけなのかもしれないがそんな事をしたという記憶がルーナにある訳がない。訳が分からず混乱するルーナを尻目にさらに気泡が浮かび上がり凄まじい勢いでサリナの周りに流れ込み金髪のサリナが映し出された気泡を押し流されてしまう。

「あっ!!」

ルーナは金髪のサリナが映し出された気泡を掴もうとするがほおっておけとでも言うように他の気泡がルーナを包み込む。気泡には自分の過去とは違う様々な映像が映し出されていた。大地に滋養を与える優しい雨、深い碧を讃える湖、冷えた体にしみ込む暖かいお湯、凪いでいる静かな海、春の小川、海を泳ぐ美しい魚、港の光景等々。無限に浮かぶ水のイメージにルーナは押しつぶされそうになるがそんな事はお構いなしにさらに巨大な気泡が暗闇から浮かび上がってきた。今まで浮かび上がった気泡はこの巨大な機能に押し上げられて現れたものの様である。

「こんなのが来たら私……死んじゃう」

ルーナは巨大な気泡からに逃げようと体を動かすがいう事を聞かない。

ルーナは声にならない悲鳴を上げると同時に巨大な気泡に飲み込まれた。気泡の中は強力で荒々しいのだが邪悪な感じがしない。巨大で流れの早い大河、大瀑布を目の当たりにしているようだ。

巨大な気泡は他の小さな気泡を吸収しそれを元に変化をおこした。気泡は複数に枝分かれをして人の形をとった。顔立ちがルーナとどことなく似ており背中に二対の翼、頭上に光の輪が出現する。丈の長い青のローブを身に纏い謎の言語が書かれた広い帯を腰に巻いていた。この人型の中心に据えられたルーナは改めて思う。

「これが……秘密兵器なんだね」

そう独り言ちるルーナに強力な思念が叩き込まれた。人間だったら気を失いそうなほど強力だったがルーナ耐える。

(我の名を唱えよ!!)

「あなたの名前をって言われても分からないよ」

ルーナは強力な思念に意識が落ちそうになりながらも言う。

(我の名を唱えよ!!)

「分かったから、あなたの名前考えるから思念を叩きつけるのヤメテッ!」

ルーナがそう言うと謎の存在の思念がピタリと止まる。素直に待ってくれているようである。ルーナは恐る恐る尋ねる。

「もし……分からないって言ったら?」

(我の名……)

「スイマセン、ゴメンナサイ、真面目に考えます、許してください」

強力な思念を叩きこまれる前にルーナはは素直に謝った。謎の存在の残念そうな雰囲気が伝わってくるがそれは無視してルーナは考える。

(さてさてここは考えどころだ。まずこの存在だけど……アストラル界で修行した時にお兄ちゃんが教えてくれた天使とかいう奴だよね。あなたは天使だ、だけじゃ間違いだよね……天使の名前って言われても分からないよ……でもでもちょっと待って、お兄ちゃんはこれが秘密兵器だと言っていた。その秘密兵器は自分の名前を聞いてきた。私が分からないものをお兄ちゃんが送ってくるかな? そんなハズない。だとすると私は知っているんだ、この天使の名前を。私、いつ知ったんだろう? 考えろ、考えろ……)

ルーナは不意に気が付いた。

(五芒星の小儀礼だ。天使の名前を口にしている……)

五芒星の小儀礼の中にこういう一説がある。

―――我が前にラファエル 我が後ろにカブリエル 我が右手にミカエル 我が左手にウリエル。

このラファエル、カブリエル、ミカエル、ウリエルは四大天使と呼ばれており東西南北を守護している。四方を守護する天使を召喚して結界を張るのが五芒星の小儀礼の効果の一つである。

ルーナはこの四大天使の一人の中に自分がいると結論付け更に考える。

(今の状況を打破するために召喚した天使だとするとこの天使、間違いなく水の天使……水を象徴するのは西、小儀礼の呪文に照らし合わせると西は……カブリエルだ)

魔術の波動は東から西に流れていくとされており五芒星の小儀礼の儀式を最初に行う際は東を向くのである。故にラファエルは東、カブリエルは西という事になる。

「あなたの名前分かったわ。あなたの名前は……カブリエルね」

ルーナの言葉は波動となって天使の中に広がり反響する。そして答えが返ってきた。

(我が名はカブリエル!! 四大天使の一人にして水の天使!! 西方を守護するものなり!! 神の言葉を……希望を告げるもなり!!)

「希望を告げるか、それはいい。じゃあ私に希望を告げて!! 燃え盛る業火に勝つという希望を!!」

ルーナが叫ぶと同時に視界が切り替わる。遥かに高い位置から下を見下ろしているような光景。いきなり天使の体外から排出されたのかと驚き手を動かす。

「ん? 手を動かす?」

今のルーナは聖霊石の状態であり偽神のような体はない。なのに自分の意志で動かせる体がある。この体は一体何なのか。そう考えるとそれに答えるように目の前に巨大な楕円型の気泡が現れ自分の姿を映し出してくれた。

「これ……私?」

気泡にルーナの容姿をした水の天使カブリエルが映し出されていた。

「私が……大天使カブリエルになっている……」

胸の中央には精霊石が収まっており、聖霊石に収まっていたルーナの意識がカブリエルに乗り移った感じだ。己の体からあふれ出る強力な水の秘力に身が震える。

「これが希望? いいや私が希望を告げる者なんだ!!、そして希望を告げるんだ……お兄ちゃんに!!」

ルーナは背中の翼を広げ暗闇の世界を飛翔する。一瞬にして音速を超え光速を超え暗闇を打ち破り現実世界へ顕現した。




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