第七十話 絶命の槍、希望の……そして称賛
ソルシエが持つ二メートル強の漆黒の槍、『貫きし者』。これから迸る強力な妖力は空間を歪ませ、空に浮いている浮遊島であるというのに地響きが起こる。空に立ち込めていた暗雲は吹き払われ空がのぞいていた。
(あんな上空にまで迸る力が届いている?)
『貫きし者』の凄さにシモンは金縛りにあったかのように体が動かず言葉も出ない。
「どう!! スゴイでしょ!! 『貫きし者』!! 『刈り取る者』で霊や魔法、あらゆるものを切り裂き力に変換、『唱える者』で力を増幅、『貫きし者』で力を収束!! これさえあれば神さえ滅ぼせる!! これを使うという事はシモンさんは強敵、それも神と同列とみられた気分はどう?」
嬉々として語るソルシエにシモンは仮面の下でウンザリとした表情を浮かべる。
「……そんな高評価はいらない、もうちょっと手加減してよ」
ソルシエは首を横に振る。
「ダメだね。評価は覆えすつもりはないよ。これから『貫きし者』を投擲するから死にたくなかったら何とかしてみるんだね」
「何とかしてみろって簡単に言うな!! そんなもん投げられたら流石に死んでしまう!! だからちょっよ待ってくれ!! 一分、いや二分、いいや五分だけ時間をくれないか?」
時間を指定してきたシモンにソルシエは呆れたな顔をする。
「……五分でどうするつもり? 命乞いなら聞かないし逃げるんなら問答無用で後ろから突き刺すけど」
槍を構えるソルシエをシモンは手で制する。
「逃げるつもりはない! というか逃がすつもりもないだろうし。ならばその槍を攻略する為の作戦を五分で組み立ててみせる!!」
腕を組み自信ありげに胸を張るシモンを吹き出すソルシエ。
「五分で『貫きし者』を破る方法を考える……あり得ないけどハッタリとしては面白い、気に入った。五分時間あげるから好きに考えるといいよ」
陽気に笑い五分の猶予を与えるソルシエ。一人称が『私』から『僕』に変わった辺り、『唱える者』を出した辺りから明らかに性格が変わっている。こちらに考える時間を与えるような余裕さえ見せている。掴みどころがなく不気味な感じがるが正体を詮索している時間はない。
五分の猶予を与えると言った以上それまで『貫きし者』を投擲する事はないだろう。シモンはそう確信しその場に胡坐をかいて座り目を閉じる。ソルシエから意識を外し己の内に意識を向け『貫きし者』を打つ破る方法を命題に思考を巡らせていく。
(『貫きし者』……一目でわかる強力で禍々しい黒い槍。あれを打ち破るとしたらそれこそ伝説級の武器が必要だ。今、僕の両腕に装備されている銀の籠手、こちらの意志をくみ取って武器にも防具にもなってくれる。これ自体かなり強力な物だけど『貫きし者』に比べたら格が落ちる。槍に形態を変えて打ち合えばまず打ち負ける。盾に形態を変えて防御しても貫かれる。僕の魔術力をチャージして強化しても結果は同じだろう……ルーナを呼んで四大元素を使えれば何とかなるかもしれないけど五分でここまで来れないだろう。今手元にある物で何とかしないと……思い切って攻撃に転じてみるか。近距離ならあの槍使えないだろうし。近い距離であの槍の力を解放したら使う本人も巻き込まれるし……それしかないか)
シモンは目を開く。攻撃素養という気配を感じたソルシエは二、三歩後ろに下がり距離を取る。
「大口叩いておいて結局それじゃちょっと面白くないよ。後二分あるんだからよく考えなよ」
「もう三分立ってるのか!?」
シモンは再度目を閉じ己の打つ側に思考を向ける。
(さて、どうする? 攻撃しようとしたら距離を取られる、防御で身を固めたら間違いなく防御を貫かれる、僕の魔術のレベルじゃ『貫きし者』を止める事は出来ない……手がない!! 詰みだ!! ……どうする……)
「あと一分」
絶望を告げるソルシエの声がシモンの耳に届く。それに刺激されシモンの脳裏に『貫きし者』に穿たれ絶命する映像が浮かび、それを慌てて打ち消す。
(ダメダメだ余計な事は考えるな、聞き流すんだ……ん? 聞き流す? 聞き流す? 聞き流す……そうだ、言葉を聞き流すように攻撃は受け流せばいいんだ!! 強力な攻撃は受け止めるんじゃなくて受け流す、武術じゃ当たり前の事だ。でも当然素手じゃできない。手元にある物でそれを実現させる方法は……)
答えを導き出したシモンは損答えを実現させるための方程式を構築、シュミレーションする。そしてシュミレーションの結果が実現し二本の足で立っている自分を強くイメージする。このイメージが現実に反映されたと感じられたと同時に目を開き立ち上がる。
「オッ、ちょうど五分。もしこれ以上時間稼ぎをするようなら問答無用で『貫きし者』を投擲しようと思ったけど……それで思いついた、『貫きし者』の攻略方法は?」
「おかげ様でひとつ思いついたよ」
「それホント!? 五分じゃどう考えても無理だと思ったけど。情けなく命乞いするのを期待してたんだけどこれは……楽しみだ」
ソルシエがさも楽しそうに笑う。シモンもそれに合わせ自信ありげに笑う。
「こちらも楽しみだよ。数秒後のアンタの間抜け顔が」
「言ってくれる……ならば『貫きし者』の攻略、やってみるがいい!!」
ソルシエが後方、広場の端まで跳躍した。そして『貫きし者』を後方に引き体を後ろに傾け力を溜めつつ四助走をつける。このタイミングでシモンが動く。空間に五芒星を描き呪文を唱える。
「ベイ・エー・トォー・エム」
火の魔術の呪文だが炎は出現しなかった。現象として起こったのは周囲の気温が極端に上がりシモンの姿が揺らめき歪んだくらいだった。
(魔術に失敗するとは……シモンさんも地に墜ちたな)
「死ねぇぇぇ!!」
右足でブレーキをかけると同時に上体を起こし回転を利用し『貫きし者』を投擲した。体の各所を連動させ尚且つ強力な妖力を帯びた『貫きし者』は空間を切りさき黒い光を身に纏いシモンに迫る。これに貫かれれば間違いなく絶命し、その魂は吸収さえ『貫きし者』の力に変換され二度と蘇る事も出来なくなるだろう。
迫る『貫きし者』にシモンはニヤリと笑う。シモンが仕掛けた小細工は目を眩ませるだけのものではなかった。突然真下から上に向かう強風が吹き荒れた。立っているのが辛くなるほどの強風、これがシモンが行ったもう一つの小細工だった。シモンが行った火の魔術で暖められた空気は上昇気流となり『貫きし者』を絡み取りその動きを止めようとする。だが『貫きし者』は絡めとる風をさらに貫き止まる事はない。
眼前に迫る絶命の槍に対してシモンは最後の手段に出る。銀の籠手を巨大なタワーシールドに形態変化させ眼前に立てたのだ。己の身を隠すほどのタワーシールドを見てソルシエは笑ってしまう。
(そんなもので『貫きし者』を防げると思っているのかい? 無駄な五分だってね。シモンさん、あなたの負けだ!!)
勝利を確信しニヤリと笑うソルシエ。だが数秒後にその笑みは驚愕に変わる。
シモンは己の前に立てたタワーシールドを斜めに寝かせたのだ。そして『貫きし者』がタワーシールドに接触した。『貫きし者』がタワーシールドを文字通り貫……かなかった。『貫きし者』の切っ先がタワーシールドの表面を滑り、柄がタワーシールドに接地する。そして己の推進力により盾の表面を登り上空に向かって離陸し遥か彼方へと飛び去ったのだ。
こイディオ・フォール最大の攻撃力を誇る『貫きし者』を用いて敵を絶命にさせる事が出来なかった。この結界にソルシエは開いた口が塞がらない。ソルシエは残心を怠り決定的な隙を作ってしまう、この隙に黒い死神が忍び寄る。
ソルシエは表情のないドクロの仮面がニヤリと笑ったような錯覚に襲われる。周囲の時間が遅くなり自分の腹部に死神の拳がゆっくりと入っていくのを目で追えるのに体がピクリとも動かない。思考が早まっただけで体の動きが早くなったわけではないのだ。唯一加速した思考についていけた唇だけだ動きこう呟いた。
「お見事!!」
自分の必殺を躱さらには反撃をする、シモンのその手腕に敵ながら称賛の声をかけずにはいられなかった。




