第六十九話 『唱えし者』、そして次の……
シモンの必殺の崩拳はイディオ・フォールから発生した黒い何かに防がれる。鉄同士がぶつかったような音が響き渡る。
「……そういう防御で来るのなら……」
シモンはギアをトップに入れて動く。ソルシエの囲むように動き四方八方、上下左右ありとあらゆる方向から攻撃を行う。五行拳、十二形拳、自分が会得した形意拳のありとあらゆる技術を用いてイディオ・フォールが発する黒い何かを破壊し本体を攻撃せんと技を繰り出すが、シモンの拳は黒い何かを突破する事は出来ず弾かれるばかりである。息が切れてきたシモンは一旦距離を取り呼吸を整える。
「クソッ! 突破出来ない!」
悔し気に呟くシモン。だが意外な事にソルシエがシモンを称賛した。
「そう悔しがる事はないよシモンさん、寧ろ僕が悔しい。イディオフォール、杖の形態―――『唱える者』、これの能力の一つは自動反撃。『唱える者』が作り出した暗黒物質による防御即攻撃というのが能力の一つ、だけど防御しかさせてもらえない。攻撃に回す暗黒物質を全て防御に回さなければ防ぎきれないと『唱える者』は判断したみたい。あなたの攻撃はそれだけボクを追い詰めてる」
ソルシエの意外な称賛にシモンは首を傾げる。
「どうして不利になる情報を僕に伝える?」
「武の勝負は僕の前だという事だね。シモンさんはルールを守って己の力を制限してた。制限されていなければ前の私は負けてたよ」
「前の私って変な表現をするな……それよりも簡単に負けを認めてもらってはこっちが困るんだが……」
「そりゃそうだ。ボク、まだ負けを認めてないし……言ったでしょう、武の勝負は負けだと。ならば別の方法で勝負するし」
「別の方法って一体何の勝負をするつもりだ?」
「術の勝負です」
「術? 魔法での戦いか? そうか、そのために杖を出したのか?」
「いいや、違うよ。『唱える者』の能力を使うために出しただけだから。術の勝負は別の物を使うよ」
イディオ・フォールという秘めた力を持つ道具を用いて発動させた魔法は楽観していい物ではない。こちらが先手を取らなければ危機に陥るだろう。シモンは右手の人差し指と中指を立て他の指を折り曲げ剣印を作り、四拍呼吸を行い魔術力を練り始める。その気配を感知したソルシエが慌てて止める。
「ちょっと待った! 慌てないでよ」
「先手必勝!!」
指先に赤い光が灯る。空中に五芒星を描き呪文を唱える。
「ベイ・エー・トォー・エム!!」
シモンの頭上に複数の炎の矢が出現する。右手指先をソルシエに向けるとそれに従って炎の矢が発射される。高速で飛来する炎の矢をソルシエはため息交じりに見つめていた。
「……しょうがないなあ」
ソルシエは手に持っていたイディオ・フォールを杖から大鎌に一瞬にして切り替えブンッと一振りする。それだけで炎の矢は一つ残らず叩き落とされた。いや、最初からそんな現象など起こっていなかったとでもいうかのように消滅した
「!? 何が起こった!? 水の魔法……いや違う。魔術力を……打ち消した」
「大正解!! これはイディオ・フォール基本戦闘形態『刈り取る者』の特殊能力、大したもんでしょう」
得意げに言うソルシエにシモンは唸るより他なかった。魔術を打ち消すような能力を持っているのではこちらに打つ手はない。今この場でより強力な魔術を行うとするのならアストラル界へ移行し、そこで魔術儀式を行う必要があるのだがそれをすればその瞬間、シルバーコードを切られてしまうだろう。格闘ではイディオ・フォールの形態の一つ『唱える者』、魔術では『刈り取る者』によって打ち消される。手詰まりになったシモンはふと気が付いた。
(何で僕、戦おうとしてるんだ。元々勝ってはけない闘いなんだからここらで降参してもいいんじゃないか?)
そう決まれば善は急げとシモンが降参を宣言しようとした途端、ソルシエがイディオ・フォールを振り下ろした。殺気が籠っていないそんな斬撃なら怪我くらいで済みそうだがそれはそれで嫌なので避ける。
「ワッ、アブないっ!! 何するんだ!?」
「今何を言おうとしました……」
ソルシエにジト目で睨まれシモンは後退り愛想笑いをしながら答える。
「いや、もう十分経験を詰めたし……ここいらでもう降参しても……」
「ダメッ!! 私は十分戦ったけどボクは全然戦ってないから不満なんだよ! ボクも満足するまで戦いたいんで降参は認めない!」
「認めないと言われてもなあ……」
シモンの煮え切らない態度にソルシエは少しイラつく。
「……だったら戦わざる負えない状況を作るよ」
ソルシエはイディオ・フォールを掲げ歌うように呪文を唱えた。
「全ての者に等しく訪れる夜の褥(しとね)よ 母の如く包みこかの者たちに悪夢を見せよ」
呪文と同時にイディオ・フォールから漆黒の闇が吹きあがり空を覆う。太陽の光が遮られ夜の帳が下りたかと思われるぐらいの急激な変わり様にシモンは驚愕する。
「一体何をした!?」
「サテサテサ~テ……とりあえず誰か呼んでみたらどうよ。何が起こったのか分かるから」
「? なら……カルヴァンさん聞こえますか」
シモンの呼びかけに応え四角い画像ウィンドウが開く。そこにカルヴァンが映っているのだが様子がおかしいというか眠りこけていた。心なしかうなされており苦しそうだ。
「カルヴァンさん、何寝ているんですか!? 起きて下さいよ!! 僕、降参しますから!!」
シモンが大声で呼びかけるがカルヴァンが目覚める気配がない。
「幾ら呼びかけても起きませんよ」
「さっきの呪文は……睡眠の魔法か」
「魔法じゃなくてヨウ……まあいいか。ともかくボクがさっき行ったのは強制的な睡眠をもたらす術。それを『唱える者』のもう一つの特殊能力、術の増幅作用によってこの浮遊島全域に効果を及ぼした。今、この島で起きているのは僕とシモンさんの二人だけです」
「この島どれだけの広さがあると思っているんだ!? イディオ・フォール、確かに特殊な武器だとは思ったけどサフィーナ・ソフ全域に及ぶほどの広範囲魔法なんて信じられない。ソルシエ・アスワド……お前の目的は一体?」
「そんなの決まってるじゃないですか……偽神四号機の操縦者になる事、それ以外に何があるって?」
「嘘をつくな。こんなレベルの魔法が使えるなら僕も眠らせて四号機を強奪すればいいだろ。僕も眠らせれば何の障害もなく四号機を手に入れられるだろ」
「それはそうなんだけど目的はもう一つあってね、シモンさんまで術をかける訳にはいかないんだよ」
「どういう事だ?」
「それは秘密です……しがない中間管理職には辛い所でね」
「中間管理職って……」
ソルシエの言葉をそのまま受け入れるとすればイディオ・フォール何て厄介な武器を振り回し強力な魔法を使う者をアゴで使うような相手がいるという事になる。その事実にシモンは戦慄する。降参しようと思っていたがそれも出来なくなった。
「一つ約束してくれないか?」
人差し指を立てつつシモンが言う。
「約束?」
「僕が勝ったらお前の背後に誰がいるのか教えてもらう」
「ああ、そういう事。いいですよ、ボクに勝てたら何もかも教えるよ、それこそボクのスリーサイズから感じるところまで……」
「それはいらない」
即答だった。
「イケズッ!! でもボクが負ける事はあり得ないよ。死なれるとあの方も困るから」
あの方というのがソルシエの上司なのか、その上司がシモンに死なれるとどうして困るのか問おうとするが言葉を発する事が出来なかった。イディオ・フォールが更なる形態に変わったからだ。それを見た途端、シモンに戦慄が走る。『刈り取る者』、『唱える者』も厄介だがその次の形態は群を抜いて厄介なものだった。
「これがイディオ・フォール最後の形態!! 最終決戦形態『貫きし者』!! ……これを防いで今の実力を見せてみろ!!」




