第六十八話 攻防の末……変換。
表にあまり出る事が出来ないソルシエにとってあらゆる事が娯楽あり戦いは最高の娯楽だ。イディオ・フォールの一撃でのたうち回り命乞いをする敵の姿何て心躍る。故に自分の一撃で倒れない敵なんて腹ただしい事この上ないはずなのにソルシエの胸は高鳴っていた。表情は愉悦に染まっていた。そしてこう思った。
―――目の前の難敵は面白い。
自分より遅い、力も弱い、なのに粘られる。戦いの途中から装着した銀の籠手の力により身体能力が向上した為かと思ったがそれだけではない。黒ずくめにドクロの仮面という不吉な姿の少年本人の技能なのだろう。今も自分の攻撃を防いだのではなく別の方向に受け流しす。そして出来た隙に一撃を入れるのだがその攻撃が何故か弱い。これだけが不満なのだがそれ以外の技術は勉強になる。
―――さあ、やろう! もっとやろう! もっと面白い技を見せてくれ!
ソルシエは許される限りこの難敵との闘いを続けようと思った。
シモンの顔は恐怖に染まっていた。その表情は仮面に覆われている為誰にも見られることはなかった。正体を隠す為の仮面だったが中々使い勝手がいい。今後も仮面を着用しようかと現実逃避しかけたがそれで目の前の危機は消える訳ではない。気を引き締めて二丁の鎌を振り回すソルシエを見た。おもちゃを与えられた子供の様な表情で鎌を振り回すその速度は絶望的で少しでも気を抜けばあっという間に魂まで刈り取られるだろう。それでも回避し続ける事が出来るのは銀の籠手とソルシエの戦いを客観的に見て分析する事が出来たからだ。それが出来なければ今なお立っている事など出来ないだろう。銀の籠手の防御力も頼りに出来る為多少の無茶も効く。
大振りなった鎌を横拳と呼ばれる技で真横に弾きがら空きになった腹部に打撃を入れるがこれが気の抜けた一撃だった。拳での打撃ではなく掌での一撃、力もそれほど入っておらずポスンッという擬音が入るくらい力が抜けていた。シモンは一撃を入れてすぐに後ろに下がり、それをソルシエが追う。そんな攻防を先程から続けていた。最初は楽しいと思っていたがソルシエは苛立ってきた。
「もっと……もっと強い攻撃をいれて見なさい。それとも私が女だからと手を抜いているのですか……それは侮辱というものです!」
(そういう訳じゃないんだけど……)
シモンは心の中でそう言うが当然聞こえる訳はない。無言で回避を続けるシモンにさらに不満を募らせ鎌を振り回す速度が更に早くなる。
(まだ速度が上がるのか!?)
早く効いてくれと思いながら回避を続け、力の抜けた攻撃を続ける。
この戦い、そもそもシモンが勝ってはいけない戦いなのだ。かといってすぐ負けてしまうのは悔しい。だから僅差で負けるという状況を作り出したかったのだ。そうしたいがソルシエはとんでもなく強い、下手をしたらカルヴァン級の強さだ。そんな相手に僅差で負ける為の方法が手のひら、掌底で打つ打ち方だ。拳での一撃は攻撃力が強すぎる、それに対し掌底の一撃はまだ手加減が効く。それに衝撃が波となって体内に残留する。残留した衝撃は徐々に体力を奪いやがて何の前触れもなくガクンッと来るのである。そうやって力を奪ってから「やられたぁ~」となるのがシモンの目的だった。だが、その条件がそろうにはまだまだ時間がかかりそうだ。いまだソルシエの動きに陰りは見えない。この状態が続けばいずれはやられてしまう。そうなる前に早く倒れてくれと祈りながら攻防を続ける。
神経を削り続けるような攻防が十分以上続く。そうなるとソルシエもシモンの技を学び始め、動きが力任せなものではなくなりよりスムーズにより洗練されたものになりシモンにも捌ききれない攻撃が出てきた。シモンの両腕は外側に弾かれ、がら空きになった腹部に二丁の鎌が迫る。数秒後、鎌の刃が突き刺さる姿を予想して思わず目を閉じる。だが予想とは違う衝撃が腹部を襲う。その衝撃を殺しきれず二、三メートル先まで吹っ飛ばされる。何度も地面を転がり勢いが止まるとうずくまり腹部を押さえもだえ苦しむ。
「ゲホゲホッ!! ……何が起こったんだ? 鎌による斬撃じゃなくて……打撃? ……何で?」
シモンは頭を持ち上げソルシエを見ると先程までシモンがいた位置にソルシエがうつ伏せに倒れており、イディオ・フォールを地面に落としていた。
「何で……何で……体が……動かない?」
ソルシエは己の現状に困惑した声を漏らす。体に力が入らず身を起こす事が出来ないようだ。シモンの攻撃がようやく実を成したようだ。シモンの間合いに入った瞬間、ソルシエの体から力が抜け鎌を振るう事も出来ずシモンの腹部にダイブする結果になった。こちらのダメージはそれ程ではないがソルシエは致命的かもしれない。立ち上がれるぐらいには手加減したつもりだがこのままではシモンの勝利になってしまう。こちらから降参を宣言するかと考えているとソルシエの声が耳に入って来た。その呟きはなにやらおかしいもだった。
「コウタイしろですって? そんな……いいえ、そんな逆らうつもりは……でも、もう少しだけ外に……そんな、許してください!! 分かりました、コウタイします……」
シモンの攻撃によるダメージにで意識が混濁しているのかと思ったがそうとは思えない。見えない誰かと会話しているその様にシモンは何かマズいものを感じた。シモンが止めようとする前にソルシエが唱える。
「イディオ・フォール……『刈り取る者』から『唱える者』へ」
その言葉にソルシエが両手に持つ二丁の鎌が宙に浮かび融合し一本の杖に変わったのだ。硬質で飾り気のない漆黒の杖。空中に浮いている漆黒の杖を手に取りそれを支えにソルシエは立ち上がりシモンを見る。体がふらつき今にも倒れそうでとても戦える状態ではない。そんなソルシエの表情は苦しげでありながらもこちらを心配そうに見つめている。
「……私はあなたとまた戦いたい。だから……死なないでください」
それはどういう意味かと問う前に杖から漆黒の光が放たれる。光は天に登り漆黒の光柱となりソルシエを包み込み姿が見えなくなる。
「アア……アァァァァァァァ!!!!!」
暗黒光の柱の中でソルシエは絶叫する。中で何が起きているのか分からないが危険を感じたシモンは漆黒の光に向って走り中のソルシエを救出しようとした。だが暗黒の光柱に手が届く前に光量が弱まり光柱が消える。そこにはソルシエが何事もなかったように立っていた。ソルシエは深々と溜め息をつく。
「この体はボクがメインで使うんだからもう少し考えて使って欲しいね」
ソルシエは体の状態を確認するように肩や首を回し骨を鳴らす。漆黒の杖を支えとせず二本の足で立つその姿はさっき程までのダメージがないように思われる。漆黒の光には体を回復させる効果があったのだろうか。それに先程までのソルシエとは何か違う。シモンはソルシエに問う。
「お前は……ソルシエなのか?」
その問いにソルシエはさも面白そうに答える。
「そうですよ、ボクはさっきまであなたと死闘を繰り広げていたソルシエ・アスワドその人ですよ。それ以外の何者だというのですか? おかしな……ハサン……いや、シモンさん」
シモンはギョッとした。
「いきなり正体バレしたっ!? ……どうして分かった?」
「いきなりネタバレをするのは面白くないじゃないですか。知りたいのなら……力ずくで聞き出してみては?」
ソルシエの自信ありげな物言いに驚く。雰囲気があまりにも変わり過ぎだ。中身が別人に入れ替わってたかのようだ。それも飛び切り邪悪な何者かと。
「だったら……力ずくで教えてもらうぞ!!」
シモンは三体式の構えから中段突き、崩拳を打ち込んだ。手加減抜きの本気の崩拳、撲殺する事さえ可能な打撃をソルシエは魔性とも言える笑みを浮かで見つめていた。




