第六十五話 経験値稼ぎと新たな少女
出会ったら即戦い。それが偽神四号機の操縦者を選定する武術大会のルール。それ故に双剣使いの目の前に現れた、黒ずくめでドクロの仮面を被ったいかにも怪しい、下手をすると暗殺者と勘違いされるであろう少年が相手でも手を抜く訳にはいかなかった。双剣使いは主要武器である双剣を抜き構える。ゆらゆらと酔っ払った様な予測不能な足取りは目の錯覚を引き起こし分身を作り出し少年を囲む。この現象に対しドクロの仮面の少年は棒立ちだ。こちらの動きに対処する方法がなく動揺しているようだ。
「少年よ……許せ!!」
双剣使いは苦しそうに呟く。大事な人の仇を取りたいとは言え子供に手をかける事を―――実際に殺すという訳ではないのだが―――苦々しく思いながら双剣で突く。分身で取り囲み四方八方から突く双剣の結界、これが双剣使いの必殺の技だった。
(許せ……)
双剣使いはそう思いながら双剣の切っ先にドクロの仮面の少年の肉体を突く感触が……感じられなかった。視覚にはドクロの少年の肉体を貫いているのだがその感触はない。ドクロの仮面の少年の姿が薄れていき虚空に消えて言ったのだ。
「何っ!?」
自分と同じ、いやそれ以上の技を持って双剣の結界を乗り越えたのか。驚きながらも真後ろに双剣を振る。自分以上の力を持つ者は大抵後ろに回り込む。経験則に従って剣を振るがこれもまた空を切った。双剣使いは訳が分からず混乱し隙だらけになってしまう。
「どこにいるんだ、逃げたのか……」
そう呟く双剣使いの背後で少年の声が木霊する。
「……残念でした」
少年の声と同時に腹部に杭を打ち込まれたような衝撃を受ける。衝撃に耐える事が出来ず前のめりに倒れる双剣使いは視界の隅にドクロの仮面を見てこう思った。
(……あの少年は……化け物か……)
それを最後に双剣使いの意識は暗黒に呑み込まれた。
足元に倒れる双剣使いが完全に気を失った事を確認しシモンは隠身術を解き姿を現す。両手を握り締めガッツポーズをとる。
(ヤッタね、お兄ちゃん!!)
ルーナの称賛の思念が脳裏に響く。
「ありがと、ルーナ」
(しかし……珍しいね?)
「珍しいって何が?」
(お兄ちゃんがそうやって年相応に喜んでるの初めて見たような気がするよ)
「そうかな……」
シモンは照れくさそうに頭を掻いた。確かに少し浮かれていた。新しい術が開発出来た事に喜ぶのも無理がない。
アストラル界で行った事が現実世界ではある程度反映する事が出来る。先日、ルーナとアストラル界で修行した事を踏まえ、これを戦闘でも使えないかと考え戦闘中にアストラル体を投射、アストラル界で魔術儀式を行い、現実世界に出力する。アストラル界の数十分が現実世界ではほんの数秒。膨大な呪文詠唱と儀式を行っても時間はほとんど経っていない為、強力な魔術が秒で行う事が出来る。これは驚くべき発見だった。これならどのような魔法使い、素早く動ける剣士、戦士を抜きんじて魔術を発動する事が出来る。今は隠身術のみを使用しているがいずれは別の魔術も試してみたいとシモンは考えていた。
(しかしお兄ちゃん……)
「ん? 何?」
(お兄ちゃんの今の姿、それにその姿を消す魔術。それらが合わさると本当に暗殺者みたいだね。ヨッ、凄ウデ暗殺者!!)
「タイコ持ち風に言ってもそれ褒めてないからね」
シモンはブスッとしながら自分の記憶を封じ込めた要塞がさらに永久凍土に閉じ込められるイメージを付け足した。それがルーナの目の前で現実に起こり絶望的な悲鳴を上げる。
(ワーッ、何で!? 褒めてあげたのに!! お兄ちゃんのイケズゥ~ッ!!)
「アーアー、聞こえない」
耳を塞ぎ、声を上げて聞こえないふりをするがルーナの思念は直接脳に響く為、意味はなく延々と恨み言を聞く羽目となった。
それから数回武術大会出場者と遭遇、戦闘となるがはた目からは何の呪文も唱えずに術を発動しているように見えるシモンの魔術に誰も対抗出来ず敗退していった。そんな戦いを何度も繰り替えずとうわさが出回るのか誰とも出会う事が無くなってしまった。警戒されてしまったかと考えているとシモン目の前に四角いスクリーンが出現した。そこにベネティクト・カルヴァンのふてぶてしい笑顔が映っていた。
「まずはおめでとうと言っておこうか。偽神操縦者選抜武術大会出場者は君と後もう一人となった。二人とも距離が離れすぎていた偶然出会うという事はまずないだろうからこちらで誘導するから着いてきてくれ」
反対する理由はなくシモンは頷いた。
「まずは真っ直ぐ言って……」
シモンはスクリーンに映るカルヴァンのナビゲートに従って道を進む。そしてふとカルヴァンから質問される。
「君の事を何と呼べばいい? 本名を呼ぶ訳には……いくまい」
シモンは立ち止まり考える。この姿に似合う名前は一つしかない。
「……だったら……ハサンとでも呼んでください」
「ハサン? 随分と自虐的な名前だな。破産とは」
「駄洒落ですか!! これはとある暗殺者の総称です。今の僕の姿のモデルでもあります」
「成程成程……わかった。今から君をハサンと呼ぶ事にしよう……あ、今の道戻ってくれシ……じゃなかった、ハサン君」
「……今はいいですけど他の場所でウッカリ言わないようにしてください。バレたら困りますから」
「悪い悪い」
シモンの非難にカルヴァンに悪びれず笑っていた。
数分程走ると開けた場所に出る。半径二十メートルほどの円形の広場。普段なら人が行きかっているのだろうが今は人が一人しかたっていない。出場者でない者は外へ出ない様徹底されているはず、だとすると正面十メートルほどの場所に立っている人物が……。
「あの人は?」
「そうだ、あれが対戦相手だ」
スクリーンからカルヴァンが答える。シモンは正面に立っている人物を見る。フード付きのマントを纏っており、フードを目深に被っていて顔はよく言えない。何とか見えるもはすっと通った鼻梁、真っ赤な唇、細い顎、マントで隠していても分かる華奢な体格、小さな手、ここから推測するに自分と同じか少し年上の少女だと思われる。
「あの……女の子が……対戦相手」
「そうだ……で戦う前に聞いておくがどうするつもりだ?」
「どうするとは?」
「勝つつもりなのかと聞いている。ルーナに次いで四号機にも乗ろうというのは少し欲張りじゃないか?」
シモンは少し沈黙し答えた。
「……勝つつもりはありませんよ。僕が乗るのは後にも先にも偽神三号機、ルーナのみです。だけと僕にも少し事情があって対人戦の経験値と新たに発見した魔術の扱い方を学びたいんです。この武術大会はその経験を積むのにちょうどいいんです」
これから狂神だけではなく人との闘いが間違いなく増えてくる。経験を積んどいて損はない。
「ほう、それでその事情とは?」
「それは……この戦いの後で説明しますよ、長くなりますから」
「そうか、残念だがあとの楽しみにとっておくとしよう」
カルヴァンが映った四角いスクリーンが前方に移動しシモンとフードの少女との中間地点で停止する。
「格式ばった事を言うのは苦手何でこう言わせてもらう。シ……じゃなかった、ハサン、ソルシエ・アスワドによる決勝戦を開始する!!」
「ソルシエ、それが少女の名前……」
カルヴァンの宣言と共にスクリーンが消滅する。それが戦いの合図だった。少女―――ソルシエが疾走しシモンとの距離を詰める。そして懐に手を突っ込みそこからある物を取り出した。武器とは思えないそれにシモンは唖然としたが次の瞬間驚愕の声を上げる。
「これは!?」
シモンと少女ソルシエとの闘いが始まった。




