第六十四話 召喚魔法、魔術の危険性と色々な種明かし、トンデモ武器の便利な機能
「? どうしてそんな話になる? 精霊武装は俺が考え出した魔法だ?」
防御魔法の言葉にシモンは首を横に振り不定する。
「いいえ、そんなはずはありません」
「だからどうしてだ?」
「自分で考えたという割には扱いなれていない。それに安全対策も施していない。はっきり言ってザル過ぎます。あなたが行った魔法は下手をすると命に係わる危険な魔法なんです」
シモンは魔術を魔法に置き換えて説明する。精霊や天使、あるいは悪魔などを召喚して使役する術というのは強力で有効なものだがその反面、非常に危険なのである。召喚した者と術者の間には霊的なケーブルで繋がっており、召喚した存在がダメージを受けると術者にもダメージが返ってくるのある。もし召喚した存在が倒された場合、そのダメージは何倍にもなって術者に返ってくる。呪詛返し、逆凪、魔術のブーメラン効果、言い方違えど様は術が破られると何倍にもなって返ってくるという事を言っているのである。精霊武装の一部が破損しただけで強力な激痛に襲われたのはそう言った理由だった。
それだけの危険がある以上、安全対策を立てておくのは当然である。何らかの霊的存在を呼び出すとき生贄を用意するのは術が破られた際の防御策という一面もある。シモンの場合は自分が身に着けていた物、髪の毛や血液などを人形に入れ術を施し、身代わりアイテムを作っておくのである。そして術が破られ返ってくる力を身代わりアイテムに流れるようにバイパスを作ってやり過ごすのである。
これだけの事を行ってようやく召喚という魔法を行う事が出来るというのに防御魔法の男はそれを全く行っていなかった。故にシモンは防御魔法の男は誰かに騙されて精霊武装の魔法を使わされていたと考えたのである。
一通り聞き終えて防御魔法の男は感心したように唸った。
「ウーン……成程」
「そうやって感心する当たり僕の読みが正しい事を証明しています。教えて下さい、誰に教えてもらったんですか精霊武装、いや複数の精霊召喚の魔法は?」
防御魔法の男は押し黙っている。騙した相手を庇っているのかとシモンは思ったがそうではないのが見て取れた。防御魔法の男の顔が苦し気に歪んでいたのである。
「俺は……誰に……教わったんだ……? 思い出せない……」
(誰かに記憶を封じられている!?)
魔術に近い召喚魔法、いやはっきりと召喚魔術と言っていい魔術の知識を持った危険人物がこの浮遊島の中にいる。つい最近、異世界―――シモンの前世の世界での仇敵と戦っているのだが今回もその人物の影を感じられる。
「聖理央……」
悔し気に唇をかみしめるシモンの耳に防御魔法の男の熱に浮かされたような声が聞こえてきた。
「二日、いや三日前……俺は誰かに……会っている……男……女……分からない……だが、俺は教えてもらっている……精霊を……呼び出して……俺は……俺は……」
ここまで話した途端防御魔法の男が白眼をむき口から泡を吹いて苦しみだした。
「これは!?」
シモンは咄嗟に魔術的視覚に切り替えて防御魔法の男を見る。防御魔法の男の胸の部分が黒く染まっておりそれが全身に広がりつつあった。防御魔法の男に精霊魔術を教えた者は自分の正体を誰かに明かそうとした場合、苦痛を与え絶命させるような術を仕掛けていたようである。これがどのような由来の術なのか考えている時間はない。シモンは強引な解除方法を試みた。右手に魔術力を集中し防御魔法の男の鳩尾に叩きつけたのである。鳩尾から全身に魔術力が拡散し、防御魔法の男を染めようとする黒を払拭した。防御魔法の男が激しく咳き込みながら意識を取り戻した。
「ゲホゲホゲッホッ!! 何しやがる……」
「すみません、緊急事態だったんです。でも苦しくは無くなったでしょ」
「……本当だ、苦しくない……一度ならず二度までも俺を助けてくれたんだな……すまない……いや、ありがとう」
「いいんです。それからこの精霊まじゅ……じゃなかった、魔法は二度と使わないでください。あれは呼び出した精霊を苦しめます。それから精霊魔法を教授した人物の事は忘れて下さい。思い出そうとすれば今回みたいに苦しむ事になると思います」
「分かったよ。こんな風に苦しむのはゴメンだからな」
「そうして下さい。じゃあ、誰か人でも呼んできますよ」
「いや、いい。参加者の戦いを何らかの方法で見ているようだからいずれ誰かが来るだろう。こちらは気にしなくていい……俺たちはここまでだがお前は最後まで勝ち残って偽神の操縦者になってくれ。頼んだぞ」
「ウッ……まあ……ハイ……」
シモンはどう答えればいいか分からず曖昧に答える。何せ自分はすでに偽神の操縦者なのだ。自分の戦闘のレベル上げが目的だが自分の出場は他の者が操縦者になれる可能性を潰す事になっているのではなかろうか、少し後ろめたい気持ちになる。
「じゃあ、行きます……」
「ああ、頑張れよ」
シモンは逃げるようにその場を立ち去った。
迷路のようになっている路地裏をしばらく走り大通りに出る。耳を澄ますとどこか離れた場所で固いものがぶつかる音や爆撃音、人の怒声及び悲鳴が聞こえてくる。まだ大会は続いているようである。
「まだ戦う気にはなれないし……しばらく休憩しておこうか」
シモンはその場に腰を下ろして一息つくと脳裏に何やら映像が浮かび上がり、それを見てブッと吹いてしまった。
(お兄ちゃん、完全勝利! オメデトウッ!!)
脳裏に浮かんだのはルーナだったのだがそれだけでは慌てる事はない。シモンが思わず拭いたのはルーナが身に纏う衣装がこの世界では奇抜なものだったからだ。
「ルーナ、何でそんな衣装を……」
(似合うでしょう。お兄ちゃんの記憶の中にあるマンガっていうの? それから見つけてきたんだよ。女の人が応援する時はこの服を着るんでしょう?)
「それはそうなんだけど……滅多に着ないよ、その衣装」
(そうなんだ……)
そう言いながらルーナは金色のポンポンを振る。ルーナは白と青を基調としたチアガールの衣装を身に纏っていたのだ。
「僕の記憶の閲覧簡単に出来てしまうんだから……困ったもんだ。これからは簡単に覗かれない様、難攻不落の要塞の中に封印しないといけないな」
(エーッ、何でそんな事するの? ひどいよ!?)
「何と言おうが絶対ダメ!! 見れるものを制限させてもらうから!!」
そう言ってシモンは難攻不落の罠だらけの要塞をイメージしその中に見られたくない物を封印する。シモンのイメージはルーナの目の前では現実となり、地の底から難攻不落の要塞がせり上がってきて思わず悲鳴を上げていた。
(お兄ちゃん、大人げないよ! ここまでしなくてもいいじゃない!)
「ウルサい!! ウルサい!!」
シモンは聞き耳もたなかった。シモンにはどうしても見られたくない記憶、いや性癖があった。それを見られたら間違いなく嫌われる。「お兄ちゃん、フケツッ!!」と言われた挙句、偽神に乗せてくれなくなってしまうかもしれない。その可能性を考えると……。
「アレッ、もしかして四号機の操縦者になる目的が出来た?」
(お兄ちゃん!! 浮気はダメッ!!)
「ハイッ! ゴメンナサイ!」
耳元で怒鳴られたように感じシモンは思わず首をすくめる。
(そう言えば、お兄ちゃん。お兄ちゃんに聞きたいことがあるんだけど?)
「随分と唐突だね」
(ゴメンね。でも気になっちゃって)
「いいよ、いいよ。それで聞きたい事って?」
(さっきの戦いの事。結局のところどうやって勝ったの? あの精霊……武装とかいうのを纏った相手に?)
ルーナの疑問にシモンは自信ありげに笑って見せる。
「普通に戦ってたら確実に負けてたんだけどそれなら普通じゃない手段を使えばいいという話でね」
(普通じゃない手段?)
「そう。僕は普通の魔法使いじゃできない技法、アストラル体投射が出来るんだ。それを使うと霊的存在や精霊と同等な存在となり見たり会話が出来るようになるんだ。今回は精霊武装の材料にさせられた精霊と会話する事が出来たんだ。精霊たちは自分を呼び出した者に憤慨していた。召喚者に復習したいかと持ち掛けたら一も二もなく協力してくれたよ。それで頼んだ事は二つ」
シモンは人差し指と中指を立てる。
「一つは精霊武装のどこか一部の防御力を弱らせる事、もう一つはその弱らせた箇所を変化で教える事」
(ああ、それで兜の色が変わったんだ)
ルーナはシモンと防御魔法の男の戦いにおいて、防御魔法の男が纏っていた精霊武装の純白の兜が赤茶けたさび色に変わった事を思い出した。
「兜は防御魔法の男から見る事が出来ないから警戒される事なかったし狙う個所も大きいから外す事もなかった。一部を破壊した事で防御魔法の男は戦闘不能となったけどそれじゃ完全な勝利じゃなかった。精霊武装にされた精霊たちを助ける事で完全勝利となるんだけどそれは治癒魔術で実現した」
(お兄ちゃんの魔術って人だけじゃなくて精霊にも有効なんだね。お兄ちゃんも大概、只者じゃないよね)
「怖い?」
(むしろ誇らしいよ)
「ありがとう……」
シモンは照れくさそうに頭を掻き立ち上がった。
「少し休む事も出来たし行くとするか……しかしこれ、何とかならないかね」
シモンは休む際壁に立てかけた槍を見上げつつ呟く。一応武器を使う事が出来るが携帯性から徒手空拳を良しとするシモンに取っては悩みの種だ。そんな声に槍は答えてくれた。槍は宙に浮いたかと思ったらグニャリと柔らかくなり円を描きながら縮まりシモンの手首に収まった。装飾のない無骨な銀の腕輪となったのだ。普段この状態なら携帯するのにも困らず紛失する事もない。
「……こんな事が出来たんだ。トンデモ武器……いや防具にもなるんだ。こちらの勘がを組んで形を変える……いい物を貸してくれたな。この大会が終わるまでだろうけどよろしく頼むよ、相棒」
手首に収まる腕輪を見つつ呟くとルーナの悲し気な思念が届いてきた。
(お兄ちゃんの相棒……私だモン)
「嫉妬しないでよ、ルーナ……」
情けない気分になりつつシモンは次の戦場に向かうのだった。




