第三話 世界の危機はとうとう来た! 狂神出現!!
シモンとルルはしばらく休んでからマーケットに戻った。マーケットの入り口を物陰から確認するとあのガラの悪い男はおらず従来の賑わいが戻っていた。シモンはルルを残しそれとなくマーケットに入る人に聞いてみた。
「あの少しいいですか?」
シモンが声をかけたのは見目麗しい女性のエルフだった。
「ウン? 何か用かい、少年?」
「いえ、ついさっきここで何かありませんでしたか?」
「何かって……そうそう、ここで何か乱闘騒ぎがあったみたいだな、さっき衛兵が来て倒れていた男を連行していたよ。それ以外は分からないな」
女性のエルフは腕を組んで考える。
「そうですか、分かりました。有難うございます」
「ナニ、礼を言われるほどの事はない」
「では」
シモンはぺこりと頭を下げ、エルフから離れルルの元に戻る。
「ルルちゃん、あの男は衛兵に連れて行かれたみたいだよ。僕みたいな子供に負けた何て言わないと思うしマーケットに戻っても大丈夫……ルルちゃん、どうしたの?」
ルルは頬を膨らましてシモンを睨んでいた。
「ウゥ~」
しかも唸っている。
どう見ても怒っているのだがどうして怒っているのか分からない。
「ルルちゃん?」
「ウウゥ~」
「あのう……」
「ウウウゥ~」
にべもなかった。シモンはルルの態度を察して恐る恐る聞いてみる。
「ルルちゃん……もしかして怒ってる?」
その言葉にルルは反応した。
「はい、私怒ってます」
ルルはむすっとした表情でシモンを睨む。
「どうして?」
「分からないの、シモン君」
シモンは本当に分からず、困り顔になる。その表情を見たルルは溜め息をつき、ぼそぼそと話始める。
「シモン君……奇麗な女の人に話しかけてた」
「でも、あれは人じゃなくてエルフだよ」
「そういう事じゃなくて……」
ルルが何を言いたいのか要領を得ないのだが、それでも何とか考えてみる。
(俺、何したんだろう? した事と言えば女性のエルフさんと少しお話ししただけだよなあ。それからルルちゃんは怒りだした。ルルちゃんは奇麗な女の人と話をしたと発現している。俺が奇麗な女性と話をするのを嫌がった……)
頭の中で木魚が何回か叩かれチーンと鐘が鳴った。
「ルルちゃんもしかして……ヤキモチ焼いた」
ルルの顔が赤くなった。
「ア、アホー!!」
ルルが周りの人たちの視線を集めるのも構わずシモンを怒鳴る。
「ル、ルルちゃん! 落ち着いて!」
「アホー! シモン君のアホー!!」
先程の乱闘騒ぎとは別の意味で視線を集めるシモンとルル。周りからは「痴話げんかはよそでやれ」、「彼女を怒らせちゃだめよ」、「そういう時はプレゼントでも送って宥めろ」等好き勝手言われシモンは身が縮こまる思いだった。
「ゴメン、ルルちゃんゴメン!」
こうなったらシモンに出来る事は頭を下げる事だけだった。
「シモン君、私といる時は他の女の子とお話ししちゃダメなんだよ! 分かってる?」
「ハイ、不用意過ぎました。ごめんなさい」
頭を下げたまま動かないシモンにルルは気の毒に思うようになってきた。
「……頭を上げてシモン君。私もこらえ性がなかったみたい」
頭を上げるシモン。声の感じからルルの怒りが収まったのが分かりホッとする。
「でも、まだ少し怒ってるんだから。許してほしいなら何かプレゼントしてね」
「ハイ、それはもう何でも買わせていた出来ます。でも持ち金の範囲内でお願いします」
「ウンッ」
ルルがようやく笑顔を見せてくれたのでシモンはホッとする。尻に引かれるシモンであった。
それからシモンとルルはマーケットを楽しんだ。屋台で食事をとり、それからウィンドショッピングを楽しんだ。ルルは鉱石や水晶の屋台で足を止めた。色鮮やかな鉱石や水晶が陳列されており、その一つ一つにルルは目を輝かせている。
「キレー」
こういった鉱石や水晶は宝石に比べて安価で手に入れやすい。色鮮やかで細工もしやすく女性には人気がある。魔法力を注入し、単発の攻撃や防御の魔法を使える為、魔法使いも好んで購入する。シモンはグラジュが発明品で使用した鉱石の一部をもらい受け儀式魔術を行い護符を作成しグラジュとリーベルにプレゼントとして渡している。魔法力と魔術力似て非なるものだが似たような霊的な霊的な力であり、石にはそう言った力を蓄積出来るのは異世界共通らしい。
(ルルちゃんにも護符作成してプレゼントしたら喜んでくれるかな?)
「ねえ、ルルちゃん。欲しい石があるんなら買おうか?」
「え、いいの? でも、悪いよ」
さっきはプレゼントをせがんていたのに今はしおらしい。頭に登った血が下がり落ち着いたらしい。
「さっきのお詫びもあるから何か買わせてよ。そしてその石を身に着けれるようにしてプレゼントするから」
「シモン君、そんな事出来るの?」
「簡単にだったら僕でも出来るし」
「ホントッ! だったら作って!!」
ルルは興奮気味にせがんできた。シモンはルルの期待に答えねばと気合を入れるがその前に鉱石を購入しなければならない。
「ルルちゃんはどの石がは欲しいの?」
「えっとねえ」
ルルは改めて陳列している鉱石を選別するルル。その表情は真剣そのものだ。
「……ねえ、シモン君。これ欲しいな」
ルルが指差したのは緑色の鉱石だった。
「この石でいいの?」
「ウン、これが欲しい!」
「わかったよ」
シモンは店主のに緑色の鉱石が欲しい事を伝え、包んでもらった。銀貨一枚を払いお釣りをもらう。
「じゃあ、この石を預からせてもらうよ。お父さんから器具を借りて明日家ルルちゃんに渡すよ」
「ウン、楽しみにしてる!」
ルルが楽しみだと言わんばかりに笑顔を浮かべる。
常識的に言ってこの場で魔術儀式を行い、石を護符にして手渡すのは無理なのだが、この後起こる事を考えれば何としてもやるべきだったとシモンは死ぬほど後悔する事になる。
それからシモンとルルはマーケット巡りをした。異国の衣装や装飾品、食糧、魔法具や武器、防具その他諸々宝箱をひっくり返したようなマーケットは見ているだけでも飽きない。もっと見たい、回りたいと思っても時間は過ぎていき、あっという間に夕方となる。シモンはグラシュ達がいる屋台に戻ればいいがルルは家に帰らなければならない。今日はお開きという事になり、ルルをマーケットの入り口まで送る。
「入り口に着いちゃったね……」
ルルはどこか悲し気な顔をする。
「マーケットは明日も開くよ。明日も一緒にマーケット巡りしようよ。明日までにはこれ仕上げておくから」
シモンはポケットから緑色も鉱石を見せる。
「首に下げれるようにするか指輪にするか……」
「指輪でお願いします!」
ルルは鼻息荒げにシモンに詰めよる。
「ルルちゃん近いよ」
額がくっつくぐらい顔を近づけられシモンは慌てる。ルルも慌てて後ろに下がる。
「ゴッ、ゴメンねシモン君……」
シモンとルルは顔を赤くして沈黙する。シモンはそんな沈黙を打ち消す為におどけて言う。
「ご注文承りました。明日をお楽しみに」
「うん、楽しみにしてるね」
ルルは朝の時の様に満面の笑みを見せてくれた。
「じゃあ、明日ね」
「うん、また明日」
ルルは踵を変えて走りだした。ルルの後ろ姿を見て微笑むシモン。
「さてと……これからお父さんに材料と工具を借りて頑張りますか」
指を鳴らし気合を入れるシモン。
この世界に転生する前、精霊界でコルディアが言っていた十年は過ぎ十二年目の突入したが世界の危機という程の事は起こっていない。これからはノンビリ生きて行こう、シモンはそんな事を考えていた。だが平和というものはいとも簡単に壊される。
―――今この瞬間、穏やかな日常は破壊された。
ドォンという轟音と共にドーセントの街を覆っている城壁が破壊されたのだ。破壊したのは何者かの魔法でもドラゴン級の魔物でもない。それ以上の者だった。破壊された城壁から現れたのは漆黒の巨人だった。その巨人の造形はシモンには見覚えがあった。
(あの姿は精霊界で会ったコルディアが巨人化した姿に似ている。でもコルディアは白銀だったのにあの巨人は黒い……何か嫌な感じがする)
シモンの第六感は警鐘を鳴らす。街中へと歩を進め、街の中央で足を止める。そのまま微動だしなかった漆黒の巨人に変化が起こった。漆黒の巨人の体を黒いオーラが溢れ、広がり始めたのだ。
(この黒いオーラに触れるのはマズイ!!)
そう直感したシモンは咄嗟に魔術的防御を行う。自分を中心に銀色の光柱が発生し、この光はあらゆる攻撃をはじき返す。そうイメージする。黒いオーラがシモンの身に届く瞬間、実際に白銀の光柱が浮かびあがり、黒いオーラの防御に成功した。
黒いオーラが放出は二、三秒で収まった。だが、黒いオーラに触れた者は恐るべき変化が起こっていた。それを見たシモンは悲鳴を上げルルに駆け寄った。
「ルルちゃん!!」
「シモン…君……」
ルルは自分の手足がひも状になりほどけていく様をただボンヤリと眺めていた。