第六十三話 決着、精霊武装破壊。新たな武器と新たな謎?
防御魔法の男の精霊武装、それを纏った上での突進、それに対しシモンのアストラルパンチ。これは先程の攻防の焼き回し。アストラルパンチでは精霊武装の中の肉体に攻撃が届かない。突進に対してもアストラルパンチを数十発当ててようやく止める事が出来た。何度も行えば精霊武装の破損、そしてダメージを与える事も可能だが、それが出来るまでにこちらの魔術力が枯渇してしまう。今後の戦いも考えればこの一回で戦いを終わらせたい。その為の秘策が、いや協力者がシモンにはいた。故に勝利は……。
クラウチングスタイルを取る防御魔法の男の精霊武装にとある変化が起こっていた。被っている兜はフルフェイスである為視界が悪くおこっている変化に気が付く事が出来なかった。シモンにはその変化が目に見えてわかった。それを見たシモンはドクロの仮面の中でほくそ笑む。
(精霊たちはやってくれたようだ。これで……)
「行くぞぉぉぉ!!!!」
防御魔法の男が吠える。それと同時に足元が爆ぜる。一歩で最高速に達する。距離が一気に縮まる中シモンはアストラルパンチを放つがあまりにも貧弱だ。こんな魔術では精霊武装による突進でかき消されシモン本体に直撃、シモンの負けは必死である。だが今回は結果が違った。
シモンのアストラルパンチが直撃した瞬間、防御魔法の男の耳にある音が聞こえた。ピシリッという何かが割れる音。その音が頭部に広がっていく。
(何だ、この音はっ!?)
その答えはすぐに結果として現れる。防御魔法の頭部を覆う兜が真ん中から真っ二つに割れ、地面に落ちたのだ。その途端、頭の内部を刃物で切り刻まれる、頭が内部から破裂した等ありとあらゆる強力な激痛が防御魔法の男を襲う。防御魔法の意識はここで途絶えるが本能とでも呼べるものが肉体を操り足を踏ん張りスピードを殺し偶然と言うべきかシモンの眼前で止まる。被害を最小限で食い止めた防御魔法の男を褒めるべきだろうが本能もそこで限界だった。防御魔法の男は後ろに倒れ意識を失った。シモンの勝利は決まったがこれでは完全勝利とは言い難い。そこでシモンは最後の一手を打つ。
意識を失い倒れている防御魔法の男の額に右手を乗せ呪文を唱える。
「我は神なり。情深く強気き不死の炎の内に見る生まれざる霊なり。我は神。真実なり。我は……」
シモンの体から赤い光が放たれる。その光はシモンの右手を通り防御魔法の男や精霊武装にも流れ込む。そして力強く最後の呪文を唱える。
「エーローヒーム・ギーボール!!」
治癒魔術の赤い光が路地裏の薄暗さを押しのける。治癒魔術の力は精霊武装に変化を引き起こす。精霊武装の表面が水面のように波立ち光の粒子に変わる。光の粒子は人の形を取りシモンを取り囲む。正確な数は分からないが数十人に取り囲まれると少し怖い。しかも一体一体が強力な力を持っている。これだけの数に襲われたら絶望的だ。それでも戦うべきかと身構えていると誰かの手がシモンの頭を撫でる。
「ワシだけでなく孫も助けてくれてありがとう」
老人の精霊がシモンの頭を撫でつつ感謝の言葉を述べる。隣で老人の精霊の手を握っている子供の精霊がシモンの手に触れる。
「兄ちゃんで……いいのか? ともかく助けてくれてありがとう」
周りの精霊たちに敵意がないことが分かりシモンも警戒を解く。
「いや、まあ、何と言うか……助かってくれてよかった」
それから次々に老若男女問わず精霊がシモンの肩や背を軽く叩きながら感謝を述べる。女性の精霊にはギュッと抱き締められたのだが身長の差で胸に顔を埋める形となった。仮面越しなのでムニムニの感触があまり感じられずシモンは少し悔しかった。全員は感謝を述べ終えると人型から光の粒子となり空へ登り始めた。シモンは空を見上げ精霊たちを見送り視線を戻すと一人だけその場に留まっていた。見た目からして普通の精霊ではない。軽鎧を身に纏い長剣を帯びている剣士風の精霊は気を失っている防御魔法の男の首元に長剣の刀身を押し当てている。このまま長剣を引けば首が飛ぶだろう。
「ちょっと待った!!」
シモンは慌てて剣士風の精霊を止める。
「何をしようとしてるんだ!?」
「私や同胞を不当に扱った愚か者に罰を与えようとしているのだ」
「罰を与えるってどう見ても殺そうとしてるじゃないか!?」
「命で贖うのは当然だろう。それにお前はこの男と戦っていたのだろう? これで決着がつくしお前は手を汚さない。いい事尽くめじゃないか?」
何を言ってるんだとでもいう顔をされシモンは慌てる。
「戦っていたけど命を取り合いをしていた訳じゃないから。殺しはご法度!!」
「しかし……」
納得がいかないという剣士の精霊にシモンは畳み掛ける。
「あなた僕に助けられた。いわば恩があるわけですよね。お願いですからこの人を助けて下さい!」
シモンに頭を下げられ剣士の精霊はしばし思案顔になり長剣を腰の鞘に納めた。
「ありがとうございます」
「恩人の頼みを無下にするわけにはいかないしな……だが納得はしてないぞ」
「すみません。この魔……法? は二度と使わない様に言っときまからどうか……」
再度頭を下げられ剣士の精霊は降参した。
「分かったから頭を上げてくれ。恩人にこうも頭を下げられては立つ瀬がない……そうだこれを貸してやろう」
そう言うと剣の精霊は腰の長剣をシモンに差し出す。
「これは精霊界の鉱石で造られたもので地上で造られたどの魔法の武器など及びもしない程の力が秘められている」
「そんなものを僕に?」
「ああ、恩人に返す恩がそちらの男を助けるだけではこちらの沽券に関わる」
「でも欲を言えば剣より槍の方がいいですね」
「槍だと?」
シモンが体得している形意拳は槍の術理をもって考案された武術である為、剣より槍の方が遥かに扱いやすいのである。
「フム……だったら!」
剣士の精霊が長剣に力を籠めると長剣が飴のように溶け形を変えて細く伸び二メートルほどの長い槍となった。飾り気のないシンプルな槍ではあるがシモンの好みだった。それに形を長剣から槍に変わったとしても秘められた力は全く変わっていない。
「これでいいか?」
「ありがとうございます!!」
シモンの少年らしい弾んだ声に剣士の精霊は満足げに頷くき槍を手渡した。
「さてと、私も元の世界に戻るとしよう……言っておくがその武器は数だけだ。一度使ってしまえば私の元に戻ってくるから使いどころを間違えるな」
「ありがとうございます!」
「では、さらばだ」
剣士の精霊は光の粒子となり空へと昇っていく。それを見送ると視線を地面に仰向けにに倒れている防御魔法の男に戻す。
「えっと……起きてますよね?」
「……ああ」
防御魔法の男が苦し気に声を漏らす。
「しかし……何だこの脱力感は? 体が全く動かない……」
「それはそうですよ。あんな何十もの精霊を召喚してそれを身に纏う何て無茶しておいて五体満足なんてありえません」
「でも……五体満足だよな」
首だけを動かして体を確認するがどこにも異常はない。ただ異常な脱力感はあるが。
「それはそうですよ。戦闘終了後治癒魔じゅ……いや、法をかけましたから」
慌てて魔術から魔法と言い直したが防御魔法の男は気にしなかったようだ。
「そうか……今、無事に生きていられるのはお前のお陰なのか……ありがとう」
「いいえ、それより聞きたいことがあります。答えてくれますか?」
「なんか怖いんだが……俺で……答えられる事なら」
「では……」
シモンはしばらく押し黙り、やがて重々しく口を開いた。
「その術は一体誰に教えてもらったんですか?」
防御魔法が行った精霊武装の魔法はどちらかと言えばシモンの魔術に近い。こんな危険な術をを安全対策もさせずに教える相手、何らかの陰謀を感じられずにはいられなかった。




