第六十二話 精霊武装対アストラルパンチ
防御魔法の男は魔法力を高めたのち呪文を唱える。その呪文はこの世界の魔法言語ではない別言語で唱えられていた。この世界にはまだ知らない魔法があるのだなとシモンは思った。こうなると好奇心が刺激されその魔術の効果が見て見たくなった。シモンは魔術力を高めたまま防御魔法の男の魔法を見守る。
防御魔法の男が呪文の詠唱を終えると周りで変化が起こった。シャボン玉のような光が幾つも浮かび上がった。確認出来るだけでも二十、三十、いや百を超えている。この光の玉を対象つまりシモンにぶつける魔法なのだろうか、シモンは身構えるがその光は防御魔法の男の周りで旋回し光の竜巻となる。
「対象は僕じゃない!? 何の魔法だ、これは!?」
シモンは目を強く閉じ視覚を物理的な者から魔術的なものに切り替え光の正体を見る。
「これは……精霊か?」
シモンの魔術的視覚には光の玉が人の姿に見えていた。シモンも精霊を呼び出す事が出来るがこの数は異常だった。
「この世界の魔法も奥が深い……しかし本当に異常だ、何なんだこの召喚は?」
そう呟いているうちに防御魔法の男の周りで旋回する精霊が収束され防御魔法の男に纏わりつき形を成した。防御魔法の男は白色の全身鎧を身に纏っていた。豪華な装飾が施されたその鎧は見る者の心を揺さぶるものがあるがこれが防御魔法の男の奥の手だとすると……。
「これはヒドイ……」
それがシモンの感想だった。シモンの魔術的視覚には百以上の精霊が無理矢理押しつぶされこねくり回して鎧の形にされている様が見て取れた。鎧の表面には精霊の顔が浮かび上がっておりその顔は苦悶で歪んでいた。
「どうだ、これが俺の奥の手、精霊武装だ。軽くて強固、あらゆる魔法に耐性があり、様々な支援魔法が付与される。本当は最後の最後に取っておきたかったんだがお前は強敵と判断し使わせてもらった。これからお前はなす術もなく倒れる事になるだろう。だから今のうちに言っておく……降参しろ」
防御魔法の勧告にシモンは首を横に振る。
「何もしないまま諦める訳にはいきません。それに……その鎧にされた精霊の苦しむ姿を見てしまってはほっとく訳にもいきません。やるだけやらせてもらいます」
「精霊が苦しむ? 何の事だ?」
「こっちの話です。ともかく降参するつもりはありませんので……さっさとやりましょう」
シモンは形意拳の三体式の構えを取る。堂に入った構えに防御魔法の男は素直に感心する。
「少年の身でありながらやるようだ。これなら手加減の必要はないな。せいぜい死なない様に注意しろ」
そのセリフと同時に防御魔法の男の姿が消えた。
「!? 速い!?」
シモンの脇を何かが通り過ぎた。後ろを振り向くとそこに防御魔法の男が立っていた。防御魔法の男の両脇には攻撃魔法の男と防御魔法の男を抱えていた。攻撃魔法の男と防御魔法の男を抱えてこちらの脇を通り過ぎたその動きが全く見えなかった。
「いつの間に?」
「これからの戦いに二人を巻き込む訳にはいかんのでな」
そう言って防御魔法の男は姿を消した。二人を戦いに巻き込まない場所に移動させ戻ってきた。十秒もかかっていなかった。
「待たせたな」
「もう少しゆっくりでもよかったんじゃないですか?」
「いいや、ここで時間をかける訳にもいかん。サクッと勝たせてもらう」
問答無用とでも言うように防御魔法の男の姿が消えた。壁と地面が激しく爆ぜると同時に何かが幾度となく通り過ぎる。防御魔法の男が凄まじいスピードで地面と壁を刎ね立体機動をしているのだ。
「どこから攻撃が来るのか分からない……このままじゃ」
シモンは咄嗟に背後に飛び壁に背を付けて立つ。防御魔法の男の姿を目で追う事が出来ないのなら来る方向を限定しようという作戦だった。これなら背後からの攻撃は出来なくなり前、右、左、上からの四方向に限定される。
「後は勘次第だな」
顔に暴風がごとき殺気が吹き付けてくる。シモンは体ごと横に移動する。次の瞬間ドゴンッと固い何かがぶつかる。防御魔法の男の拳だった。
「……運がいいな」
防御魔法の男がこちらをチラリと見つつまた姿が消える。再び立体機動しこちらを攪乱、攻撃に移るがシモンは再び避ける。更に攻撃をするがそれをシモンはまた避ける。三度も続けば空前とは思えない。何らかの方法でこちらの動きを読んでいるではと考え防御魔法の男は動きを止めシモンを睨む。
「どうしてこちらの攻撃を避けられる? まさか見えているのか、こちらの動きが?」
「見えているって言いたいんですが……見えていません」
「だったら何故?」
「僕は別の物を見て……いいえ感じているんです」
「感じているだと?」
「これ以上は言いませんよ」
シモンはこう言っているが一応種明かしをしておくとシモンが感じているのは防御魔法の攻撃するという意志、すなわち殺気であった。防御魔法の男が攻撃に移る際、どうしても殺気が漏れてしまうのである。その殺気が防御魔法の男の距離や位置を教えてくれるのである。後は回避に全力を注げばどれだけ早く動こうと攻撃を回避する事が出来る道理である。
「こちらの何を感じて回避しているのかは分からないが……ならば回避できないようにすればいいだけの事」
防御魔法の男が再び消えた、そして攻撃が来る。シモンはその攻撃を全力で回避する。攻撃する、それを回避する。それを何度も続けているうちにシモンの背中に何かがぶつかった。壁だった。更に攻撃が続きシモンは自然と壁に沿って移動をさせられる。そうすると角にぶつかってしまい動く事が出来なくなってしまう。
「誘われた!!」
身動きが取れなくなったシモンの正面約三メートルほどの位置に防御魔法の男が立ちこちらを見つめたいた。
「こちらの何を感じていようとこうなれば逃げれまい」
防御魔法の男は前かがみになり両手をつく。陸上のクラウチングスタイルに似ていた。そしてクラウチングスタイルから踏み込み駆ける。一息で最高速に至る。このスピードで体当たりをされれば……。最悪の結果が現実のものにならない様魔術力を練る。防御魔法の男が一直線に来る以上こちらの魔術も避けられない筈である。この一瞬で防御魔法の男に対抗できる程強力な魔術となると一つしかなかった。
シモンは己の眼前にイメージの両腕を形成、それに魔術力を注入し打ち出した。アストラルパンチである。シモンのアストラルパンチと防御魔法の男の精霊武装が衝突する。数秒の均衡の後アストラルパンチが消滅した。防御魔法の男の推進力が少し減退したぐらいでこちらに向かってくるのは変わらない。
「一発で止まらないのなら!!」
シモンはイメージの腕を複数作り出しそれに魔術力を籠めて放つ。連続アストラルパンチは防御魔法の男にダメージを与えられてはいない。だが、推進力は明らかに減退し、シモンの目の前で足を止める。更にアストラルパンチを打ち込まれうっとおしいと思ったのか防御魔法の男は後方に飛び距離を取る。この僅かに出来た時間がシモンにとってのチャンスだった。アストラルパンチでは精霊武装に傷一つ入れる事が出来ないのなら別の強力な魔術が必要だった。その為にシモンはアストラル体投射を行う。そしてアストラル界に移行しようとしたがある声を聞き足が止まる。アストラル対投射を行った状態なら自分と同じか近い物、霊体や妖精、精霊などが視認出来るようになり音声も聞き取れるようになる。シモンが足を止めたのは防御魔法の男の精霊武装の材料とされた精霊の声を聞いたからだ。その声とはこのようなものだ。
「我らの体をこのように使うとは……この下郎がっ!!」
「イタイ……クルシイ……タスケテ……」
「孫だけでも……この苦しみから……」
「ホギャァァ! ホギャァァ!」
老若男女問わずありとあらゆる精霊たちの怒りや苦悶の声が漏れていた。あまりにも痛ましいその姿にシモンは精霊たちに近づきこう言った。
「解放されたいか?」
その言葉に精霊たちの視線が一様にシモンに向いた。そして口々に色々言うが纏めると全員はこう言っていた。
「解放されたい」と。
「ならば協力してくれ」
シモンの言葉に精霊は誰も反対しなった。この状態から解放されるなら何者の言葉であろうと断る事はないだろう。シモンは思いついた作戦を精霊たちに伝え己の肉体に戻った。時間はほとんど経っていない。シモンは再度両眼前に両腕をイメージし魔術力を籠める。再度のアストラルパンチに防御魔法の男は訝しむ。
「その魔法、中々の威力だが精霊武装を貫く事は出んぞ」
「それはどうでしょうか……僕のこの最後の一撃が呼び水となって僕を勝利に誘うでしょう」
シモンの予言めいた言葉に防御魔法の男が首を傾げる。
「それが最後の言葉か? まあいい……では勝負といこうか」
防御魔法の男が再びクラウチングスタイルをとりシモンがアストラルパンチを形成する。シモンと防御魔法の男の視線がぶつかり合い火花を散らす。お互いの闘志に空気が張り詰めていき、それが限界に達した時それを合図にお互いが動いた。




