六十一話 弱点の解決方法と隠身術。最後の一人の実力は?
壁を背に立つシモン。逃げ道は元来た道しかなく、そちらは三人の魔法使いたちに抑えられている。押し黙るシモンをみた男たちは負けを認めるように勧告する。
「潔く負けを認めろ。そうすれば全殺しくらいで勘弁してやる」と攻撃魔法の男がのたまう。
「全殺しはひどすぎだろう。見た目は怪しいが子供だぞ、せめて半殺しくらいで勘弁してやれ」と防御魔法の男が擁護する。
「半殺しもひどいだろ。お前ら子供相手になにしようと……」と援護魔法の男が突っ込む。
(なに? この漫才)
心の中で突っ込むシモン。だがこうやって時間稼ぎが出来るのはありがたかった。シモンは壁にもたれかかり体を支え、魔術的幽体離脱―――アストラル対投射を行った。アストラル対投射を行うと意識を失った状態となり身動きが取れなくなる。戦闘中であるというのになぜそんな危険な行為を行ったのか。それは主義主張を曲げ勝利を掴む為、目の前にいる三人に限らすこの武術大会に参加する者は全員手強い。武術だけではなく魔術を併用しなければ勝つ事は出来ない、それ故のアストラル対投射だった。
シモンのアストラル体は今いる次元より高位の次元にあるアストラル界に移行した。最初に目に入ったのは無限の荒野。雲一つない蒼い空は清々しくもあるがどこか寂し気な光景。これがシモンがイメージで作り出した世界だった。この世界の主であるシモンは荒野に立ち呪文を唱える。
「イェヘシュアとイェホヴォシャの御名に於いて、われ記録の天使の力を召喚す……」
朗々と呪文を唱える度に世界に変化が起こる。夜の帳が下り空は星一つない闇に染まった。この世界の主であるシモンの意志に応じて世界が変化を越しているのである。この変化を現実世界に反映させることがシモンの目的だった。
アストラル界で魔術の儀式を行う。これは魔術のある欠点を解消する手段となる。魔術にしろ魔法にしろ強力で効力のある術を行う際、膨大な呪文の詠唱が必要となる。攻撃魔法を使う男は高速で呪文を詠唱する技術があるようだがシモンにはそんな技術はない。魔術の技法のひとつにノタリコンという文や単語の連なりの頭文字をとって新しい単語を作ったり短縮させることで呪文詠唱を高速で行うという技法があるがそれでも攻撃魔法の男の高速詠唱には適わないだろう。高速詠唱に勝つためにシモンはアストラル界に飛び魔術儀式を敢行した。アストラル界の数時間は現実世界の数秒。アストラル界で魔術儀式を行い現実世界に反映させれば高速詠唱よりなお早く魔術を発動出来るのである。
膨大な時間をかけ魔術儀式を行いほぼ終了させたシモンは現実世界へと帰還する。急に眠りから覚めたかのようにビクリッと体を震わせる。寝ぼけ眼で前を見ると三人の魔法使いたちがまだ言い合いをしていた。アストラル対投射を行ってからそんなに時間はたっていないようだ。
(そんな言い合いをしてるより僕を攻撃した方がいいのに……)
そんな事を思いながらシモンは魔術を構成する最後の呪文を口にした。
「大いなる屍衣を纏いし神の祝福を得て、汝ら平安のうちに出立せよ。呼ばれし時は直ちに到達せよ」
最後の呪文を鍵に魔術は発動した。
三人の魔法使いの話し合いが終わりシモンの方を向く。
「お前の処遇が決まった。今降参するなら半殺し、しないなら全コロ……」
攻撃魔法の男が目の前で起こっているシモンの変化に驚き言葉を詰まらせる。他の男たちも同様だ。目の前にいる黒づくめの少年の姿が瞬き、像が薄くなっているのだ。暗がりに紛れて消滅しようとしていた。
「オイ、早く攻撃しろ!」
防御魔法の男がいち早く気を取り戻し攻撃魔法の男に言う。攻撃魔法の男は答えるより早く呪文を高速で詠唱し複数の小石を作り出し散弾銃が如く放つ。だが小石はシモンの像をすり抜け後ろの壁にめり込む。そしてシモンの姿が完全に消えてしまった。
「逃げられた!? だがどこに!?」
攻撃魔法の男と援護魔法の男が周囲を警戒する中、防御魔法の男が素早く動いた。前方の壁に向かって走り壁に手を突くと方向転換し壁を背に立った。
「お前何を?」
「いいから早くこっちへ……」
来いという前に攻撃魔法の男と防御魔法の男が糸が切れたかのように力を失いパタリと倒れた。
「……遅かったか」
「……どうしたこちらの動きが分かったんですか?」
問うと同時にシモンの姿が現れた。その鮮やかさは透明なマントを脱いだかのようだ。
「いいや、分からなかった。攻撃される気配も何もなかった。本当に消えたのかとも思っだがこういった姿を隠す魔法を使われた場合大抵後ろから攻撃される。そうされる前に背後に回られないようにすればとりあえずは生き残られる。生き残れば次の手を考えられる」
「なるほど……でもそれならこの人たちにの教えてあげれば良かったんじゃないですか?」
シモンが足元に倒れている攻撃魔法の男と支援魔法の男を指さして言う。
「言ってやりたかったがその一瞬が命取り、話す暇がなかった。まあライバルでもあったし消えてもらうなら早い方がいいとも思ってたから丁度良かった」
「悪党」
「何とでも言え。それよりこっちも教えて欲しい。お前のその魔法は何だ? そんな高度な認識阻害の魔法は見た事がない」
防御魔法の男が感心したように言うがシモンは調子には乗らなかった。
「それは企業秘密です。でもやった事は簡単ですよ。僕が姿を消した後、足音を殺してあなた方の背後に回って攻撃しただけですから」
防御魔法の男が吹き出した。姿を消した後、忍び足でこちらの後ろに回る姿は何とも……。
「想像すると……マヌケだな」
「余計なお世話です! それよりどうします。あなた一人で僕に勝てますか? 防御魔法だけで僕に勝てるとでも? そちらこそ降参する事をお勧めしますよ」
「降参はしない。それに防御魔法しか使えないと思うのは間違いだ。このパーティーを組んだ際、それぞれ役目を決め、その役に徹するよう決めただけの事だからな」
「つまり……防御だけではなく攻撃の魔法も使えると?」
「その通りだ。その力でもってそこで倒れている奴らの分も勝ち続け偽神の操縦者に俺はなる。だからお前も遠慮なく俺に負けろ。おまえの分も勝ち続けてやるから」
こんな状況になってもこちらを下に見るこの物言いにシモンは少しムッとするがそれだけ自信があるという事なのだろう。だからシモンも自信を持ってこう言った。
「いいでしょう。あなたの実力見せてもらいましょう。その上であなたを倒します」
「面白い……ならばお互いの魔法で勝負をつけよう」
「ハイッ!」
シモンは五つの魔術中枢を励起し魔術力を上げる。シモンに呼応するように防御魔法の男も魔法力を上げる。そして防御魔法の男が勝てるという自信の根底となる魔法を発動させた。




