第五十九話 偽神四号機操縦者杯武術大会開催
偽神四号機製造に着手してからわずか二週間という短期間で偽神四号機はロールアウトされた。偽神一~三号機を製造したファインマン及び技術者の経験、聖霊石にシモンが仮面に施した疑似魔術中枢が功を成した結果だった。そしてこの四号機は今までの偽神にはなかった能力があった。それは操縦者に合わせて同調してくれる事だった。今までの偽神は高い同調率を出せる者が限られている為、乗り手を選ぶのだが四号機に限ってはそうではなかった。誰が乗っても高い同調率を叩き出すのだ。しかも操縦者の能力に合わせて形態も変化する。剣や体術を得手とする者が乗れば筋力や機動力が高い形態となり、魔法を得手とする物が乗れば魔法の威力を増幅させる杖や特定の魔法を付与した特殊な呪符を自動で作り出し、それを攻撃防御に使えたりと凡庸性が高い物となったのだ。これだけ高性能で誰でも乗れるとなれば我こそが操縦者と手を上げる者が続出した。かなりの人数が手をあげれば当然諍いが起こる。刃傷沙汰にまで発展する事があったがベネティクト・カルヴァンの鶴の一声で諍いは収まったがまた別の騒動が起こる事となる。その一言とは―――
「偽神四号機操縦者杯武術大会を開催する」であった。
その一言から三日後、サフィーナ・ソフ居住区の広場には人はもちろん、エルフやドワーフ、獣人など人種、種族関係なく幾多の人々が所狭しと集まっていた。唯一共通するのは戦士や剣士、魔法使い、精霊使い、シャーマン等戦闘職に就いている者たちが集まっているという事だった。そんな物騒な者たちがどうして集まっているのかと言えばそれは武術大会のルールについての説明があるからだ。前の方にステージが用意されていることからそこで説明があるという事だろう。
今か今かと待っている者たちの中にひと際怪しい人物がおり、奇妙な動作を一心不乱にやっているのだがそれがなおさら不気味さを醸し出していた。全身黒ずくめ、フードを目深に被りさらにドクロを模した仮面を被り顔を隠す徹底ぶりだった。怪しさてんこ盛りだが背の低さから成人に達していない少年であるのが分かるぐらいである。そんな怪しげな少年の脳裏にこんな声が響き渡る。
(お兄ちゃんのウワキ者~!!)
ドクロの仮面を被った怪しげな黒ずくめの少年―――シモンの脳裏にルーナの思念が響き渡る。耳元で怒鳴られた様な感覚にシモンは首をすくめる。
(ウワキ者とは人聞きが悪い!)
(だってそうじゃない! 私という者がいるのに他の子に乗り換えるなんて!)
(乗り換えるつもりなんてない。僕が乗るのはルーナだけだよ)
(だったら何で武術大会なんて出場するの!? 私には飽きちゃったの? もう乗ってはくれないの? 一つになってくれないの!?)
シモンの脳裏にルーナが悲し気にさめざめと泣いているが浮かび上がった。
(ちょっと待って! 落ち着いてルーナ! 言い方に気を付けて! 僕、女の子をとっかえしてる最低な男になってるから! それに飽きたなんてとんでもない! 僕が乗るのはルーナだけだから!!)
(……私だけなんだ……)
シモンの脳裏に浮かぶルーナが泣き顔から笑顔に変わりシモンはほっとした。そこでルーナは改めて問いかける。
(だったら何でこんな大会に出るの?)
首を傾げるルーナの姿が浮かび上がり、思わず微笑みながらシモンは念話で答える。
(理由は一つ、僕自身のレベルアップの為だね)
(レベルアップ?)
(そう、魔術面は今まで通りアストラル界での修行でいいけど体術面は現実世界で修行した方がいいから)
(体術の修行もこっちでやればいいんじゃないの。仮想敵みたいの作り出して鍛えれば)
(それなんだけど……ちょっと欠点があるんだよね)
(欠点?)
(そう。そっちの世界は僕の意志が介在しちゃうから強敵を作り出しても無意識にセーブ、要は手加減しちゃうんだよ。だから体術なんかを鍛えるのは現実世界の方がいい。手加減なんてしてくれないからね)
(そうなんだ? ならもう何も言わない……お兄ちゃん、ガンバレ!! でも優勝したら駄目だからね。浮気は許さないんだから)
(分かってるよ。目的は僕のレベルアップ、他の機体に乗り換えようなんて考えてないよ)
(それならいいんだけど……お兄ちゃん、さっきからやっているその奇妙な踊りはなんなの?)
シモンは右手を高く上げ左側に倒し脇を伸ばしていた。
(見妙な踊りとはひどい。これはラジオ体操と呼ばれるものだよ)
(ラジオ体操?)
(そう、これは動的ストレッチの一種でね)
(動的ストレッチ?)
(体のパフォーマンスを上げてくれる体操だよ。僕ってスロースターターだからこういう事をやって体を暖めておかないと全力が出せないんだよ)
(フーン、なんか不便だね)
(それはしょうがないよ。人間はいつでも高パフォーマンス出せる訳じゃないしね)
常に高いパフォーマンスを引き出せるルーナにとって人間の不便さは理解出来ないものだった。
そんな念話をしていた時不意に周囲がざわついたためシモンはラジオ体操を止め空を見上げた。何者かが上空から飛び降り空中で来る血と一回転し壇上のステージに着地したのだ。その人物は両手を広げY字のポーズを取りこう叫んだのだ。
「じゅってん! じゅってん! じゅって~ん!」
見ていた全員が訳が分からずポカンとする中、シモンは突っ込むように呟いた。
「何でそんな……高得点をとった体操選手みたいな表現を知ってるんですか? カルヴァンさん……」
壇上のステージに立つ大男、ベネティクト・カルヴァンにシモンのツッコミは届かなかった。当のカルヴァンはうけなかった事を誤魔化すように軽く咳き込み音量を上げる魔法が封じ込めた筒を口元に持っていき喋り始めた。
「……さて……早速だが武術大会のルールを説明する。この武術大会だが……居住区全域を使った模擬戦をやってもらう」
周囲が困惑にざわついている。シモンも当然困惑している。一対一で戦い順位を上げ優勝者を選ぶのだと思っていたのだが。
「これから諸君らには居住区全域に散らばってもらい、対戦者同士が出会ったらその場で戦闘し立っていた者が勝者。これを繰り返し最後の一人が偽神四号機の操縦者となる」
「何で前田光世方式!?」
伝説の柔道家が提唱したらしい屋外決闘ルールを何故知っているのか、もしかしてカルヴァンも転生者なのかとシモンは猛烈に突っ込みたかった。
「居住区の建物には固定化の魔法が展開している為、多少の事では壊れる事はないし、全員には防御魔法を付与させる。余程の事がない限り命を落とす事は無いから全力で戦って欲しい」
そういうルールなら戦い方も変わってくる。周りの者で徒党を組み一人を襲うと言った方法が有効になる。周りにいる者が手を組もうとするがそれは予想していたというようにカルヴァンがニヤリと笑う。
「最後の一人になる為にも誰かと組むのは効率がいいが……それでは意味がない。見たいのは個人の能力、いかに切り抜けるかだ。そこでだ、サフィーナ・ソフの新たな機能の試験も兼ねてここにいる全員をランダムにばらけさせてもらう」
そう言った途端、武術大会出場者の足元を閃光が貫く。目も開けれない強い光と共に喧噪も遠ざかり周りにあった気配も消えていく。
「クッ! 何が起こってるんだ」
数秒して瞼を貫く光が弱まっていくを感じ、瞼をゆっくりと開きギョッとする。
「ここは……どこだ?」
周囲の光景が変わっていた。あらゆる種族が集まっていた広場から誰もいない薄暗い路地裏に変わっていたのだ。
「広い所に出ればどこに入りのか分かるかも」
シモンはその場から離れる事にした。そうして路地裏を移動していると反対方向から誰かかがこちらに向かって歩いてきた。こちらを確認すると声をかけてきた。
「お前も武術大会の出場者か?」
「いいえ、違いますよ。僕は関係ありません」
咄嗟に誤魔化した。こういう駆け引きもありだろう。シモンはそう考え男の脇を通り過ぎようとする。その途端、背筋に悪寒が走る。己の危機に対し体が無意識に動いた。男の腰に差している短剣の柄頭を左手で掴む。短剣を抜く直前で掴まれた事で男が動揺し動きが止まる。だがシモンの動きは止まらない。右拳で男の左わき腹を右拳で突いた。咄嗟に出た崩拳だったが幾千幾万と繰り返し鍛錬した崩拳は武術大会出場者であるだろう男にかけられた防御魔法を突破し意識を刈り取る威力があった。
倒れ伏す男を見てシモンは安堵の息を吐く。
「危なかった……いきなりこれか」
誰が敵で誰が味方か分からない。そんな状況では気が休まらず緊張状態が続き、気力、体力共に消耗が激しくなる。そんな極限状態を生き残り最後の一人になる。そんな事が出来る者が偽神四号機に乗ればその強さは間違いなく最強。狂神を屠る事などたやすい事だろう。そんな強さを得る事が出来るならこの大会に出場する意味は大いになる。優勝は出来ないがなるべく生き残る事を念頭にシモンは一歩踏み出した。




