五十八話 悪い話と言い話、ふと浮かんだ疑問
シモンは暗闇の中を落下していた。いつまでも続くかと思われた落下が突然止まりガクンッという衝撃を受け目を見開く、痛みはなかった。両手を握ったり開いたりしてから感覚を確かめ両手を上げ背伸びをする。固まった筋肉が伸び、コキコキッと音が鳴る。
「……元の世界に戻って来たか」
シモンは今自分がいるのはルーナ・ノワの操縦槽である事を確認しそう呟いた。本来ならもう少しルーナの操縦槽に籠りアストラル界でルーナにもう少し武術や魔術の修行をつけてあげたかったのだがそうも言ってられない。狂神以外にも強敵が現れた事を報告しなければならないのだが誰に適任なのか。伝える相手を間違えればあらぬ疑いをもたれる可能性もある。悩みながら操縦槽を出ると作業員がまだ作業を続けていた。シモンはその作業内容を見て不思議に思った。ルーナ・ノワ、インディ・ゴウ・メルクリウス、ブーケ・ニウスと三体並んで立っているのだがその横に作業員が集中している。
「何をやっているんだろう?」
ルーナ・ノワを降り、ブーケ・ニウスの隣りを覗き込もうとした時、陣頭指揮を執っているファインマン・ハロウスの声が辺りに響いた。
「また一からの製造だ! これで四体目! 前の三体のデータがあるから製造は容易かもしれんが油断はするな! 作業は安全、迅速、仲良くだ!」
最後がよく分からないファインマンの掛け声に作業員が「ハイッ、親方!!」と答えて再び作業に入る。
「あの、ファインマンさん」
「オオッ、シモンか。お籠りは終わったのか? お前にもいずれ話がいくからその頼むぞ……そう考えるとしっかり休息をとってもらいたいもんだ。操縦槽で休息何て体なんて止めてもらいたいもんだ」
休息ではないんだがと突っ込みたかったがそれは止めておき本題に入る。
「いずれ話が行くって何の……それよりファインマンさん、少しお話しいいですか?」
「何の話だ? 見ての通り今忙しいんだが」
「その……すごく重大な話で」
シモンの雰囲気や声色から冗談ではない事を察した。だがこちらの作業も重要である為迷っていると作業員の一人が「こちらは作業を進めておきますから」と声をかけてくれ、ファインマンはそれに甘える事にした。
「分かった、ここは頼む。俺がいないからって手を抜いたら承知しねえぞ!!」
「ウィッスッ!!」というさ作業員の気合の入った声に満足げに頷きファインマンは作業場を後にする。シモンもそれに続き通されたのは事務室だった。偽神の設計図や何らかの数値や注意書きが書かれた書類が机の上や棚に山積みになっており今にも崩れそうだ。その奥には仕切りあり、そこに入るとそこには対面するように長いソファーが二つ置かれており中央に長方形型のテーブルが置かれていた。シモンは奥の方に座る。ファインマンはお茶が入ったカップを二つ持ってきてシモンに手渡してから手前側のソファーに座る。ファインマンはお茶を一口飲みシモンを見る。
「……それで話したい事って何なんだ? さっきも言ったが忙しいんだ。手短に頼むぞ」
「すみません、先に誤っておきます。手短に終わらせる事が出来ません、長い話になります」
すまなそうに言うシモンにファインマンは頭を掻く。
「言葉のあやだ、あまり気にするな。いいから話を始めてくれ」
「実は僕は……」
シモンは神の力によって転生、前世の戦闘及び魔術知識を今世に持ち越している事。前世の自分と相打ちになった敵がこの世界に転生、しかも狂神と手を組んでいる事などを話した。一通り話終えたシモンはファインマンを見る。ファインマンは手で目を押さえ天を仰いだ。
「……俺はよ、この神殺しの中じゃそこそこ高い地位にいるが所詮は技術屋だ……そんな奴に最大級の爆弾発言をするんじゃねえよ!! 墓までもってけよ!! 別の奴に話せよ、そんな厄介な話は!! ええっ!!」
ファインマンはソファーから立ち上がり怒鳴りつけ、シモンは思わず首をすくめる。
「すみません。でもカルヴァンさんにすると……」
ひとしきり怒鳴った事により頭に上がった血が下がりファインマンはソファーに座り深く深呼吸する。
「間違いなく……首が飛ぶな。アイツはゼロかイチで行動する人間だ。迷いや躊躇が無いから行動が早い。それで助かる事もあるがこういう話をすれば……」
ファインマンの首を掻っ切る動作にシモンは激しく頷く。
「ですよね!!」
お互い共通の認識に笑ってしまう。
「そう考えると俺に話したのはまだいい方かもな。この話は他の者には?」
「さっき起きたばっかりなんでまだ話していません」
「だったら俺で話すのは止めておけ。他の者に話すのは人ます保留しろ」
「でも……」
何か言おうとするシモンをファインマンが手で制する。
「まあ待て。聞いた以上俺も手をこまねいているつもりはないんだが……シモンから聞く限りそのヒジリリオとかいう奴相当したたかな相手みたいだし……ソイツについて何か手掛かりはないか?」
アララと呆れながらもシモンは考える。
「そうですね。聖理央という男は一言で言えば悪魔のような男です」
「悪魔? 狂神みたいなものか?」
シモンは一瞬ポカンとするがある事に気付きポンと手を打つ。
「ああ、そう言えばこの世界には悪魔という概念がなかったんでしたね?」
「もしかして……向こう側の知識なのか?」
「ええ、まあ。詳しい話は置いといて悪魔に照らし合わせて考えるなら……一大宗教の宗主とか大司教、聖人とか呼ばれる人間を調べてみるといいでしょう」
「? 何でだ? 話からして悪魔ってのは悪い奴なんだろう。そういう奴を調べるなら裏の世界から調べた方が確実じゃないのか」
シモンは首を横に振る。
「真の悪魔というのはむしろ正々堂々と日の当たる世界でふんぞり返ってるものです。そうやって善良な者を騙して食い物にするんです」
ほんの僅かだが怒りが籠ったシモンの声色にファインマンは少し驚く。
「何か実感がこもってるな?」
「実体験ですから」
ファインマンは踏み込んで聞く話ではないと考え話を切り替える。
「恐ろしい話だな。これじゃ善人、悪人区別がつかなくなり誰もが怪しくなってしまう」
「それが悪魔という奴です」
「分かった。それとなく情報を流して調べさせてみる」
「お願いします。聖理央を何とか出来なくても神核を作る事が出来ないようにすればそれだけで狂神の侵攻は防げます」
「だな……しかし」
ファインマンが溜め息をついた。
「今日はいい話で終わると思ったんだが……こういう厄介な話を持ち込まれると思わなんだ」
「いい話ですか?」
首を傾げるシモンにファインマンはニヤリと笑う。
「ああ、お前にも関係ある話だから今のうちに言っておこう」
ファインマンが一呼吸置き居住まいをただしシモンの目を見てこういった。
「―――偽神四号機の製造が決まったぞ」
ファインマンの話にシモンは心底たまげた。
「四号機の製造!? 新たな聖霊石が見つかったんですか!?」
「ああ、例にもれず何の前触れもなくカルヴァンが持ってきた」
「あの人も大概謎ですね。どこから持ってくるんでしょうね」
「まったくだ。精霊石が複数あれば偽神も複数製造出来るんだがな。アイツは何を考えてるんだか分からん」
「どうして教えてくれないんでしょうね?」
「さあな?」
ファインマンが肩をすくめるがそれを無視してシモンは思考に没頭する。そして唐突にある疑問が浮かびあがった。何故そんな風に考えたのか分からないがその考えが頭から離れず不安に襲われた。
その疑問とはすなわち―――
―――聖霊石と神核、正体不明という点では同じだな。




