五十七話 調査と浄化と開示と帰還
狂気の道化師、聖理央との闘いが終わった後、シモンが行ったのはシモン達が居るアストラル界の調査だった。シモンが作り出した空間である以上、シモンが認めた者以外入り込めるはずがないのである。なのに入り込んだ。ハッカーに侵入されたようなものだ。ハッカーは侵入した際、再度侵入が出来るようバックドアを作っておくものだ。あの聖理央ならばバックドアを作り出す為の小細工をしているだろう。それを見つけ出し二度と侵入出来ないようにしなければ。
シモンは中央に立ち東西南北を確認し東を向く。そして空間に十字を書きそれを円で囲う。バラ十字のサインである。このバラ十字のサインは空間に焼き付きその場に残る。シモンはバラ十字の中央を強く押し込み呪文を唱える。
「イェー・ヘー・シュー・アー……」
バラ十字のサインが巨大化し遥か地平の先まで広がっていく。続いて南、西、北の順番でバラ十字のサインを描き中央を強く押し呪文を唱える。四方の果ての果てまでバラ十字のサインが広がっていく。これはバラ十字の祓いと呼ばれる魔術でこの先にまだ儀式と呪文があるのだが今回はこの魔術の完成が目的ではなかった。この世界の果てまで広がった魔術力の波動の変化で異常を見つけるのが目的だった。シモンは目を閉じ意識を集中するとやはり反応があった。この世界全土に広がる魔術力に反発する異物の反応が。
「やっぱりそういう事をしていたか、小賢しい……ルーナ、行くよ!」
「え? あっ、分かったよ、お兄ちゃん」
シモンとルーナは空を飛び異物の反応があった場所に向かう。
「ここは……?」
ルーナはその場所に見覚えがあった。それもそのはず、そこはルーナが聖理央の分身体と戦った場所だからだ。大地には巨大な手の跡が残っていた。シモンとルーナは着陸して辺りを見渡す。
「何、あれ?」
ルーナの目の先にはシモンの魔術力に反発するような黒いドームがあったのだ。魔術力に圧されそれ程大きなドームではないのだが。シモンとルーナは黒いドームに近づいてそれが何なのか理解した。
「聖理央の分身体の欠片……」
そこにあったのはルーナ・ノワの手に潰されバラバラになった分身体の手足があったのだ。それが闇の力を発し、シモンの魔術力の浸透を阻んでいたのだ。
「これが……バックドアか?」
シモンが目に魔術力を集中し分身体の欠片を見つめる。視線に魔術力が宿り闇のドームの外壁にぶつかり火花を散らす。だが聖理央本体程の力はなくシモンの視線は闇のドームを突破し分身体の欠片を、その先に向かう。シモンの脳裏に白と黒のチェック柄の長い回廊が浮かぶ。長い回廊の先に巨大な道化師の顔があった。こちらの視線に気付き狂ったように笑う道化師を見てシモンは集中を解いた。
「……間違いない! これがバックドアだ! ……しかしこんなバラバラの欠片になってもまだこんな力を持っているのか? むしろバックドアを残す為にわざとルーナにやられたのかもしれないな。だけど……」
本体程の力がない分身体の欠片ならシモン単独でも浄化が出来るのだが浄化を止めてルーナを見た。ピンと閃きそれを口にする。
「……ルーナが欠片の浄化やってみる?」
「え、私?」
ルーナが自分を指差し、シモンが首を縦に振る。
「ムリムリムリムリッ!! お兄ちゃんでも手こずる奴の分身体の上かなんて無理!!」
ルーナが首を横にブンブンと横に不利ながら後退る。
「大丈夫、この分身体の欠片は本体程の力はないから。それに魔術は実践! そう尻ごんてたんじゃ何も出来なくなるよ。いざとなったら僕が手を貸すからまずは挑戦してみよう」
ルーナは逡巡するがルーナの周りに浮いているデフォルメ・ルーナ達が肩を叩き親指を立て言い笑顔を見せる。それを見てルーナの覚悟が決まった。
「本体がこんなんじゃ情けないね……分かった、やってみる!!」
「よし!! じゃあ魔術武器たちを欠片の四方に配置して! ルーナは背後で五芒星の小儀礼!!」
「ハイッ!」
ルーナはまず己の霊的浄化を行うためカバラ十字の祓いを行う。そして次の儀式を行う。空間に五芒星を描き中心を強く押しながら呪文を唱える。
「ヨド・ヘー・ヴァウ・ヘー!」
呪文を唱え終わると東にいるデフォルメ・ルーナから水色の光柱が立ち上る。ルーナはそれに少し驚きながら五芒星を描き呪文を唱える。
「アードーナイ! エー・ヘー・イー・イェイ! アー・グラ!」
赤、銀、オレンジ色の光柱が立ち上る。それを確認しルーナは両手を広げ己の体で十字を作る。
「我が前にラファエル 我が後ろにカブリエル 我が右手にミカエル 我が左手にウリエル 我が周りの五芒星燃え 我が頭上に六つの星輝く」
光柱が倒れ三角錐を作り出し、その頂点に六芒星は出現し光柱を固定、分身体の欠片は三角錐の中に閉じ込められた。分身体の欠片はこの時初めて抵抗らしきものを見せ三角錐を押しのけようと闇の力を発する。デフォルメ・ルーナたちはそれに耐える。もう少し耐えてと思いながらルーナは再度カバラ十字の祓いを行い三角錐の中の浄化を行う。三角錐内部に浄化魔術の力が圧縮されて送り込まれる。その力に分身体の欠片は耐えるがそれも数秒、本体程の力はなく浄化の光に飲み込まれ光の粒子となって消失した。それを確認したルーナは歓喜の表情を浮かべた。
「ヤッターッ!!」
デフォルメ・ルーナたちを抱き締めて喜びを表現するルーナを後ろで見ていたシモンは満足げに頷いた。
「今のルーナなら出来ると思ったよ」
五芒星の小儀礼、これは本来は自身の防御の為の魔術なのだが対象を切り替える事により対象の防御、そして攻撃に用いる事が可能な応用が利く魔術だった。
「さてと僕はもう一回、異常がないか調査してと……」
調査の結果、今度は聖理央の置き土産はないようだった。
「よし、これでバックドアの消去は出来た。これで落ち着いて修行の続きが出来るんだけど……ここで切り上げて終わりにしよう」
「どうして? もう少し時間があるじゃないの?」
「そうなんだけど聖理央という厄介な敵がよりにもよって狂神と手を組んでいるなんてて最悪の事態だ。この情報は持ち帰って対策を練らないと」
緊迫した表情のシモンにルーナは冷水を浴びせる。
「でも……聖理央って人の事どうやって伝えるの? というかあの聖理央って何者なの? 私も教えて欲しいよ」
「アーッ!! そうだったっ!!」
シモンは固まってしまった。
(そうだよ、聖理央の事を話すには自分の前世を語らないといけなくなる。そうなるとこの世界に転生させたのが誰であるかという事を言わなければならなくなる……疑われるよなあ。狂神になる前の神に転生させられたとはいえ今は狂神、何か仕込まれていてもおかしくないと疑われるよなあ)
「お兄ちゃん?」
ルーナがシモンの顔を覗き込んでいた。シモンは眼をパチクリしながらルーナを見つめ呟く。
「……まずはルーナに話してみるか」
シモンはルーナに己の秘密を話し始めた。
「フーン……つまりお兄ちゃんは元はこの世界とは違う世界の人でそこであの聖理央と相打ちで死んだんだけどこの世界の神の手により生まれ変わったと」
「そういう事」
しばらくの沈黙の後ルーナが口を開く。
「普通だったら信じられないよ。別の世界があるって話がまず信じられないんだけど……同じ世界にいた敵が実際に現れてるんだし……妄想の類とは思いにくい……私はお兄ちゃんの事信じるけど他の人はどうなのかな? とりあえず信用出来る人に話してみたらどうかな。その人の反応を見てから他の人にも話すか考えてみたら」
「ナルホド……となると誰に話すのが一番いいのか?」
シモンは再び思考に没頭するが数分後に誰に話すかを決め現実世界に帰還した。




