第五十四話 シモン、ルーナ対狂気の道化師 闇を打ち破れるか、……の槍
―――それを私が出来るのだろうか?
ルーナは今、不安に苛んでいた。
自分を捕えていた狂気の道化師の分身を見てて分かった。系統は違うもののあれは魔術だ。狂神に抗う異端の魔法。それを使える者はシモンとシモンにより疑似魔術中枢を移植され魔術力を獲得、それをうまく運用出来るよう手ほどきを受けている自分くらいだと思っていたがそれ以外に使える者がいたとは思わなかった。そして眼下の戦いを見て思い知らされる。あの狂気の道化師は自分はもちろんシモンよりも強い。そんな二人の戦いに手を出すなど無駄な事ではないのだろうか。
そんなネガティブな考えに尻込みしていると四つの小さな手が頭をポンポンと叩かれる。顔を上げるとそこには自分をデフォルメした小さな自分が四人いた。擬人化された魔術武器、ルーナ・プレーナ形態時に自分の体から分かたれた己の分身。四人のデフォルメルーナは『元気出せ、やってやろうぜ』とでも言うように微笑み親指をビシリッと立てる。
「そうだね。私がやらないとお兄ちゃんが危ないんだもんね……みんな、やるよ! 力を貸して!!」
ルーナの気合の入った声にデフォルメルーナ達は答えるようにルーナの周りに正方形になる様に位置につく。
ルーナは目を閉じる。四拍呼吸を行い精神を集中、魔術力を練りイメージを形成する。イメージするは自分が最も信頼する最強の盾。それを具現化する地点は火と闇の衝突点。そこに存在出来る物質は存在しないだろう。だが、そこにあえてそれを具現化してシモンを守る。ルーナは覚悟を決め、イメージを解き放ちそれを展開した。
「イッケェ~ッ!! 黒くて巨大な私の―――!!」
火と闇の衝突点に現れたそれは火に焼かれ、闇の抉られながらも増殖し、押しのけるようにして巨大なそれは展開された。
風前の灯火という言葉がある。危険が迫っていて今にも滅びそうなことのたとえである。今のシモンがまさに風前の灯火だった。このままでは灯火にすらならず消滅の一途を辿るだろう。
「クソッ!!」
シモンは呼吸を整え、魔術力を練り火力を上げて闇を焼却しようとするがうまくいかない。火が闇に食われる度に闇がより濃密になっているような気がする。質量さえ感じらシモンは立つ事さえ困難となり地に膝をつく。
「グゥゥッ!!」
このままでは闇に飲まれ己を構成している全てを食われてしまう。今、そうなれば現実世界の自分は意識を取り戻せす生きた屍と成り果てるだろう。自分一人ならそれでもいいがここにはもう一人、ルーナがいる。自分が何とかしなければ狂気の道化師はルーナにその闇を向ける事だろう。それだけは阻止しなければならない。
「そう言えば……ルーナはどうしたんだ!?」
魔術による念話で逃げるように説得したがルーナは頑として首を振らず、それ以降ルーナからの応答がない。嫌な予感がする。
「ルーナ……お願いだから逃げてくれ。君の魔術じゃ……コイツの闇は対処できない……」
一層闇が深まると同時に闇の力が強まりシモンの意識が遠くなる。
(ここまでか……)
失意の闇ががシモンの意識を飲み込み始める。諦めて力を抜こうとした時、不意に闇の効力が緩まり体が軽くなる。
「闇の力が弱まった!? 何故!?」
この期に及んで狂気の道化師が手を緩めるとは思えない。
シモンは顔を上げ奇妙な物を見つけた。それは黒い点だった。シモンの火と狂気の道化師の闇が衝突している箇所に闇とは違う別種の黒い点が生まれていた。
「別の何かが干渉した?」
その黒い点を起点に増殖し黒が広がっているのだ。火に焼かれ闇に抉られながらも増殖を繰り返すその在り様は健気にさえ感じた。黒を手助けする為にもこちらの火力を弱めてあげたかったがそうした途端、闇に一気に浸食されるだろう。だから悪いと思いながらも「……頑張ってくれ」と言う事しか出来なった。
火と闇に壊されながらも増殖を繰り返した黒は強固な壁となった。壁は闇の浸食を防ぎ火を守る、シモンにとっては身を守る強固な盾、狂気の道化師にとっては行く手を阻む壁、いや檻となった。何故なら壁は内側に折れ曲がり闇を掴みシモンから引きはがしてくれたのだ。そうやって距離が取れた事により黒が何なのか分かった。それはシモンにとって馴染みがある物だった。何せ一回それに叩き潰された事があるのだから。
「……ルーナ・ノワの手……と言う事はルーナが?」
シモンは辺りを見渡し上空でルーナを見つけたのだが……シモンは首を傾げた。
「ルーナ……なのか?」
「ルーナだよっ!!」
シモンの傍にルーナが下りると憤る。
「本当にルーナなの!? その姿は!? そして周りにいる……小さいのは何?」
シモンが知っているルーナの姿は二十歳前後の女性で露出の高いルーナ・ノワを模した黒いアーマーを身に纏っていたのだが、今は十歳前後に少女の姿で露出の低い黒いローブを纏っているのだ。見た目が違い過ぎて疑ってしまうのも無理がない。
「ヒドイッ……」
涙を浮かべるルーナに周りを浮遊していたデフォルメルーナは素早く反応。シモンの頭の周りに移動し小さな手でペチペチ叩き髪や頬を引っ張った。表情も険しく『オゥッ、お兄ちゃん。うちのお嬢何泣かしとんじゃい』とでも言いたげた。
「……ゴメン、ルーナ悪かった。でもどうしてそう言う姿になったのか説明して。そしてこの子たちを止めて」
髪や頬を引っ張られわちゃわちゃにやられているシモンに吹き出しながらルーナは説明する。
「今のこの姿はルーナ・プレーナを模した姿だよ。そしてこの子たちは魔術武器なんだよ?」
「魔術武器!? ルーナ・ノワからルーナ・プレーナに形態が変わる時、体の一部で作り出される魔術武器がアストラル界じゃこういう風に表現されるのか。意志らしきものがあるなと感じていたが……これは面白い」
シモンは感心しきりと頷くがすぐに気を取り直す。
「そんな事言ってる場合じゃなかった、みんな力を貸して! 狂気の道化師は倒したい!」
「当然、私もこの子たちも力を貸すよ。私たちはお兄ちゃんに付き従う者だから」
ルーナとデフォルメルーナ達が力強く頷く。
(付き従うんだったらワチャワチャするのは止めて欲しかった……)
愚痴は心の中に押し留めシモンは指示を出す。
「ルーナは少しでもいい、狂気の道化師をそのまま足止めして! 魔術武器……さん? ちゃん……は四大の力を導いて! 僕がそれを束ねて力とする」
「分かったよ、お兄ちゃん」
ルーナとデフォルメルーナ達は力強く頷き行動する。ルーナは目を閉じイメージの強化に入る。魔術武器は喋れないのだが心得たとでも言うようにシモンの周りにつき、それぞれが象徴する色の魔術力を体から立ち上らせる。中央に立つシモンは第五元素たる精霊の五芒星を空に描き呪文を唱える。
「エー・へー・イー・イェイ」
デフォルメルーナ達から立ち上った魔術力がシモンの頭上で束ねられそれぞれの色が混ざった斑の球体となる。最強の必殺魔術、四大元素混合弾だった。狂神相手なら無類の強さを示すこの魔術、狂気の道化師相手には最強たり得ない。同郷のそれも自分よりレベルが高い妖術師相手では拮抗するか最悪通用しない可能性がある。故に一工夫が必要である。シモンはイメージする。デフォルメルーナ達から立ち上る魔術力、これをこより合わせた四重螺旋の先端が四叉の槍となると、四大元素が混ざり合ったこの槍はありあらゆる物を穿ち貫く最強の槍であると強くイメージする。シモンのイメージに沿って四大元素混合弾は四大元素混合槍となった。
「……しかし自分でやっといて何だが凄いなこの槍。見てて少し……ゾッとする」
混合弾に比べて混合槍は力がより収束されており破壊力が上がっている。
「これなら……」
思わずニヤリと笑うシモン。そこに狂気の道化師の笑い声が被さる。
「お兄ちゃん!!」
ルーナの緊迫した声が響く。
「ルーナ・ノワの手が押しのけられて……」
ルーナが具現化したルーナ・ノワの手にヒビが入り内側から食い破られた。ルーナとルーナ・ノワの手は連動しておりルーナ・ノワの手の破壊はルーナにも影響を及ぼす。
「キャァァァッ!!」
悲鳴と共に激痛が走りルーナが倒れる。
ルーナの元に駆け寄りたかったがそれは出来なかった。闇の球体は以前健在しているからである。
「……しかし驚きましたね」
闇の球体の中にいる狂気の道化師が驚愕の声を漏らす。何事にも動じない享楽的なところがある狂気の道化師にしては珍しい反応である。
「一時的とはいえ僕の行動を封じる程の物を具現化するとは……シモンさんの仕込みとはいえ末恐ろしい。シモンさんの魔術的な力はそこそこですが弟子を育てる育成能力は目を見張るものがある。これ以上力をつけられる前に……あなた共々ここで死んでもらいます」
狂気の道化師の死の宣言をシモンは拒絶し宣言する。
「僕もルーナも死なない! 逆にお前をここで倒す!」
「大きく出ましたね。その頭上の槍でそれを成すと?」
「そうだ! この子たちとともに作り出したこの槍でお前を倒す」
「中々の代物ですがそれで僕の闇を破る事が出来ますかね?」
「出来る!!」
シモンとデフォルメルーナが力強く頷く。
「いいでしょう。受けて立ちましょう。その混沌の槍で僕の闇打ち破ってみなさい!」
「ちょっと待て、何だその混沌の槍というのは?」
「その槍の名前ですよ。カッコいいでしょう」
「却下だ!」
中二病全開のネーミングを不定しながらもシモンはイメージの中で混沌の槍を掴み助走をつけて投擲した。そのイメージに沿って槍は動く。一条の光となり速さと威力を持って闇の球体に接触したが何の衝撃もなく闇の中に飲み込まれてしまった……。




