第五十三話 シモン、ルーナ対狂気の道化師 終わりの再現、成るか?
移送対象であったルーナがこちらの拘束を解き自由となった事で狂気の道化師の目的が変わった。すなわち移送対象が攻撃対象へと。
五人の狂気の道化師は馬鹿笑いと共に奇妙な踊りを踊る。何かを吸い取られそうでルーナは顔をしかめる。
「何、あれ? 気持ち悪い……」
奇妙な踊りを踊る狂気の道化師に変化が起こる。己の身から闇の粒子を放出、それらを束ね巨大な闇の槍を形成しルーナに向けて放った。馬鹿笑いと奇妙な踊りは闇の粒子を操る魔術だった。放たれた闇の槍は音速を越えてルーナに接近する。それに対しルーナは小型のルーナは動かず目を閉じた。意識を集中し迫りくる闇の槍を打ち破る強固で強力な物をイメージする。イメージ形成の鍛錬を積んでいたルーナはそれを音速を超える速度でイメージし、それは世界に反映され出現した。ルーナの眼前に現れたのはルーナ自身を覆い隠さんとする巨大なルーナ・ノワの両手だった。ルーナ・ノワの左手が開かれ掌で闇の槍を受け止める。左手には地水火風、四大の魔術力がコーティングされており防御力が増していた。ルーナ・ノワの左掌と闇の槍が激突し火花を散らす。数秒間の拮抗の後ルーナ・ノワの左手と闇の槍双方にひびが入り魔術力、闇の力をまき散らし爆散した。この結果に狂気の道化師は笑いが一瞬止まった。狂気の道化師は再び馬鹿笑いと奇妙な踊りをミックスした術を行い闇の槍を再度作り出す。より闇の密度が増しより強固で強力な槍を作り出すがそのように作るには時間が必要だが、それを待つルーナではなかった。ルーナはルーナ・ノワの右手を操り握り拳を作る。そして右拳を高速回転させながら遥か彼方へ打ち上げる。ある地点から方向を転換し大地に向けて落下させる。落下地点にいるのは狂気の道化師。拳の高速回転に落下速度、四大の魔術力を加え破壊力が増したルーナ・ノワの右拳は破壊の光を纏った隕石。
「行っけぇぇぇぇ!!!!」
自身に向けて落ちてくる破滅の右拳に対し闇の槍を放つ狂気の道化師。先程より強力な闇の槍とルーナ・ノワの右手が激突する。再び火花を散らし数秒拮抗した後、闇の槍が砕け散り、その下にいる狂気の道化師を叩き潰し、更に高速回転している事で大地に深く抉り込む。
「これならあの不気味な人も……」
ルーナはルーナ・ノワの右手が消えるイメージを送りルーナ・ノワの右手を消した。自分が作り出したすり鉢状の穴を見て乾いた笑いを上げる。
「……ちょっとやり過ぎたかな?」
狂気の道化師がどうなったかのかを確認する為、ルーナは穴の中に降りる。穴の底に足をつけ周囲を見渡す。
「倒せたかな?」
そう考え安堵している時だった。穴の底だというのに風が吹きペラペラしたの物がフワリと浮かびあがった。狂気の道化師だった。漫画やアニメなどで何かに潰された人物がペラペラの紙状になり風に吹かれて飛んでいくという表現があるが狂気の道化師がまさにそれをやっていた。漫画もアニメも見た事もないルーナにはギャクである事が分からない。小型ルーナ達が独自に動いて攻撃を加えるが今の己の形状を利用してのらりくらりと攻撃を躱す。しつこいと思いながらもルーナも攻撃に加わる為魔術力を集中するが、その前に狂気の道化師の姿が目に見えて薄くなり空間に溶けるように消えた。ルーナ、小型ルーナたちは数分ほど周囲を警戒していたが何も起こらないのを確認してようやく警戒を解いた。
「倒す事が出来たけど……これで分身なんだよね」
狂気の道化師は最後何をしたかったのか分からないけどあの状態になってもまだ余裕があったように思える。分身でこれなのだから本体の実力は……。
「お兄ちゃんが危ない! 早く合流しないと!」
ルーナは魔術力を漲らせ穴を飛び出し空を飛翔する。その周りに小型ルーナが付き従う。
「早く! 早く!」
不安を紛らわせる為そう呟くルーナ。その言葉に従い小型ルーナが動く。ルーナの足先、右手、左手、頭に取りつきルーナの魔術力を増幅させる。その結果ルーナの飛行スピードを上昇した。そのスピードにルーナは恐れおののく。
「コッコワイ!! ちょっと早すぎるよっ!! スピード落としてっ!! 安全運転!! 安全運転!! イヤァァッ!!!」
ルーナは悲鳴を上げるが小型ルーナたちは聞く耳持たなかった。
炎と闇の球体が幾度となく激突する。その度にに激しい衝突音が起こる。大地は炎を焼かれ闇に抉られ周囲は原形を留められない程破壊されている。
中央で鍔ぜり合う。炎が闇を焼き、闇が炎を飲み込み均衡を保つ。均衡を破り狂気の道化師を打ち滅ぼさんとシモンは雄叫びを上げる。
「ウォォォォォッ!!!」
シモンの雄たけびを聞いた狂気の道化師は呆れた様なため息をつく。
「……止めて下さいよ、雄叫びなんて。気合い、根性で引き出せる力なんて微々たるものですよ」
「黙れっ!! 現に僕と貴様は拮抗しているぞ!!」
「そこは褒めてあげましょう。前世じゃここまで食い下がってきませんでしたから。転生してからも鍛錬を怠らなかったという証明でしょう」
「やっぱりお前はひじ……」
シモンは最後まで言う事が出来なかった。急に狂気の道化師の力が増したのだ。炎と闇の均衡が崩され闇が炎を侵食し始めたのだ。
「何!?」
「へえ……これは……あのお人形ちゃん、中々やりますね」
「どういうことだ?」
「あのお人形ちゃんを連れ去った僕の分身、あれに力を割いていたんですがそれが戻ってきました。倒されたと見ていいでしょう」
「……自分で力を割いていた!? 自分を弱小化して戦っていたと言うのか」
狂気の道化師はさも面白そうに笑う。
「そういう事です。なのに自信ありげに拮抗してるだなんて笑っちゃいますよ」
ひとしきり嘲笑した後、更に面白そうにこう言った。
「今日は様子見で済まつつもりでしたが……あのお方の為に禍根を立ってもかまわないですよねぇ」
「あのお方だと?」
「知る必要はありませんよ」
狂気の道化師がそう言うと闇の球体が一回り大きくなり炎の球体を押しつぶす。シモンは魔術力を集中し炎の球体を強化しようとするが闇の浸食を防ぐ事が出来ない。火力が弱まり立ち上がる事が出来ず膝をつく。
「あなたの終わりの再現……ここに成りましたね。ここでの死は現実世界の死ではありませんが……僕の様な妖術師の手にかかれば果たして……どうなりますかね」
「クソッ!!」
シモンは最後まで諦めず炎の球体の強化に努める。だが闇の浸食は止まらず眼前に迫る。
(ここまでか!?)
シモンは眼前に迫る闇を、その向こうにいるであろう狂気の道化師を睨む。それがシモンに出来る最後の抵抗だった。
小型ルーナ達の増幅効果により超スピードで飛行した為、顔は引きつり目は涙目、髪はボサボサでとても人前、いやシモンの前に出れるような状況ではなかった。だが……。
「あれは!?」
ルーナは見たのは炎の球体が闇の球体に飲み込まれる光景だった。直感で闇に飲み込まれた炎の方がシモンである事を察した。
「あれは……ダメだ。あれに飲み込まれたらお兄ちゃんが……死んじゃう! 早く助けないと……」
ルーナは自分が行える最大の魔術を考える。不意にルーナの脳裏に声が響いた。
(外にいるのはルーナか?)
「お兄ちゃん、無事だったの? よかった……」
(無事と言うか……嬲られてる)
「嬲られてる?」
(闇の浸食速度が目に見えて遅くなった。あの男は昔からそういう所がある)
シモンの表現にルーナは首を傾げる。
「あの男って……お兄ちゃんが知ってる奴なの?」
(それは置いといて……ルーナは逃げてくれ)
「逃げるって……お兄ちゃんはどうするの?」」
(どうしようもないな……僕はここまでだ。後は頼むよ)
「何、勝手に諦めてるの!! そんなの許さないよ!!」
(僕でもこの闇を払う事が出来ない。ルーナじゃどうっても無理なんだ。ルーナは現実世界に戻ってこの事を伝えてくれ)
「そんなのヤダッ!!」
ルーナが大声を上げる。
「私が……私が絶対お兄ちゃんを助けるんだから!!」
(ルーナじゃ無理だ!! お願いだから逃げてっ!!)
ルーナは聞く耳を持たず、目を閉じイメージの形成を開始する。
シモンを飲み込んだあの闇はルーナが行えるどの魔術よりも強力だ。闇を破ろうとするならどんな事をしても無理だろう。だが一時的に闇の進行を防ぐならもしかしたら出来るかもしれない。それが出来ればシモンが脱出するチャンスが出来る。そうなる事を信じてルーナはそれを展開した。




