第四十七話 天罰覿面と修行開始
「何か……ゴメン……」
シモンはうずくまり怒りの表情をこちらに向けるルーナに最悪感を抱き、謝罪を口にした。それでもルーナの怒りは収まらない。シモンは更に言い訳をする。
「えっと……さっきも言ったけど真面目な話をする為に……来たんだから……少しは真面目にやってほしくて……」
「……それで女の子の鎧を脱がすんだ……フーン……フゥゥン」
ルーナの言葉には定期すら籠っているように感じられた。白い目で見られている。シモンは居たたまれなくなってきた。
「ともかくこの世界はイメージを強く反映する世界なんだ。だからこうする事も……出来るんだ」
シモンは右手を伸ばし指を弾くとルーナの体から飛び散ったルーナ・ノワの鎧がこちらに飛翔し、ルーナの体に再び装着された。それでルーナはようやく立ち上がる事が出来たがこちらを見る目はいまだ冷たい。
「ともかく、ゴメン! この通り謝るから許してっ!!」
シモンは深々と頭を下げる。怖くて頭があげれないシモンの頭上からルーナの声が聞こえる。
「へえ……イメージした事がそのまま反映されるのか……いい事を聞いたなあ」
その言葉に悪寒を感じ頭を上げるとルーナの姿がなかった。ふと空を見上げるとルーナは空に浮いていた。約二十メートルぐらいの所でルーナの上昇は止めシモンを見下ろした。
「いい事を聞いた……イメージが反映されるという事はこういう事も出来るんだよねえ…」
「ルーナ、一体何を……?」
その答えはすぐに目撃する事になる。
シモンとルーナの中間の空間に何やら黒い点が出現した。その黒い点は形を変える。丸い点から五本の枝が伸びそこから巨大化していき、それが何なのかが分かった。ルーナ・ノワの右手だった。右手は本体よりさらに巨大化していき空を覆う。太陽の光を遮り辺りは暗くなる。
「な、な!?」
「へえ……確かに思った通りのものが生み出せる。いいヒントをくれてありがとう……オ・ニ・イ・チャ・ン」
今から何をされるのか予感があったがあえてシモンは聞いてみた。
「……それで……ルーナ・ノワの手をどうするおつもりで……ルーナさん」
「お兄ちゃん……調子に乗った私も悪かったと思うよ……だけどだからって無理矢理女の子の鎧引っぺがすのはよくない事だというのは分かるよね?」
「ハイ! それはもう!」
「だったら何をされるかは……もう分かるよね?」
ルーナの念を押す言い方に押されにシモンは駆けだした。これから起こる事の範囲外に逃げなければ。
「じゃあ……逝ってらっしゃい」
「字が違う気がするっ!!」
言うと同時にルーナ・ノワの手が堕ちてきた。
「コワイ! コワイ!! コワイ!!!」
シモンは堕ちてくるルーナ・ノワの手からのが逃れようと必死に走る。見た所、ルーナ・ノワの指と指の間は開いており閉じていない。その間に入れば潰されることはない。だがこちらの思惑は読まれて移動に合わせて軌道修正してくる為逃れる事が出来ない。
「芸が細かすぎるぅぅぅ!?」
数秒後シモンの必死の奔走もむなしくルーナ・ノワの手にプチリと潰された……。
上空からこの結果を見ていたルーナは愕然となる。頭に登った血が一気に下がり顔面蒼白となる。
「わ……私なんて事を……」
ルーナは顔面蒼白となる。
「手をどかさないと!」
ルーナは無意識にルーナの輪の手が消える様に念じていた。ルーナ・ノワの手はその念に反応し音もたてずに消滅した。地面には巨大な手の跡が付いておりその中心部には小さな人型の穴が開いていた。
「お兄ちゃん!!」
人型の穴に向かうルーナ。無事でいればいいのだけどと考えていると不意に人型の穴から何かが出てきた。
「……死なないとはわかっていたけど死ぬかと思った……」
呑気に呟きながら穴から這い上がってきたシモンにルーナは空中だと言うのに器用にずっこけた。すぐに気を取り直してシモンの近くに着地して駆け寄る。
「お兄ちゃん、大丈夫!? どこもケガしてない!?」
怪我がないか確認する為色々触ってくる。それが気恥ずかしいのだが本気で心配しているのだから無理に止めてくれとは言えなかった。
「やっておいてなんだけど……本当に大丈夫なの、お兄ちゃん?」
心底心配気な視線がシモンの罪悪感を刺激し胸が痛くなる。
「ここでは本当死ぬ事はないから大丈夫だから」
「本当に?」
「本当」
シモンは何度も頷く。
「良かったぁ……で、改めて聞くんだけどどうしてお兄ちゃんがここに?」
「……ようやく本題に入れる……」
「こんなに手間がかかったのはお兄ちゃんのせいでしょ!」
「はい、すみません!」
これ以上話をそらさない様シモンは素直に謝り話を続ける。
「それでだね、ここに来たのはルーナに修行をしてもらいたいからなんだよ」
「修行? お兄ちゃんは分かるけど何で私が?」
もっともな疑問にルーナは首を傾げる。
「僕とルーナ、別々のパートを担当した方が戦術の幅が広がるからかな」
ルーナは訳が分からず頭に幾つも?マークが浮かんだ。
「先に結論言われても分からないよね?」
ウンウンとルーナ頷く。
「ええと、単純な話だけど一人より二人、二人よりは三人と人数が多い方が戦闘に限らず何かをする時効率上がいいって事は分かる?」
「馬鹿にしてるお兄ちゃん。そんなの当たり前でしょ。現に私たちが同調してる時はまさに二人で戦ってるし」
胸を張るルーナにシモンは首を横に振る。
「厳密には違う。同調時は僕が主に体を動かしてるし魔術も行っている。この時ルーナは体を貸すだけで実際は何もしていない」
ルーナは言葉を詰まらせる。確かにその通りだからだ。
「でも同調時でもルーナも戦闘に参加する事が出来る。ファルケ・ウラガンと空中戦になった時の事覚えてる?」
「ファルケ・ウラガンと空中戦した時……確か私がお兄ちゃんの思考を読み取って展開していた障壁の形を変えたんだったよね?」
「そうそう。ルーナに仕事を分担してもらった事によって僕にも余力と余裕を持つ事が出来た。凄く助かったんだよ」
「そうなんだ……」
ルーナが少し照れくさそうな顔をする。
「そこで頼みたいんだけど……ルーナにも積極的に戦闘に参加して僕をサポートしてもらいたい! ぶっちゃけ体術や魔術の腕を僕並みに上げてもらいたい!」
シモンの提案にルーナが目を白黒させる。
「私が!? 無理だよ。体術、魔術は全くの素人だし……」
「だから修行するんだよ」
ルーナは考えつつもシモンの提案を不定する。
「お兄ちゃん並みって言っても……時間が足りないよ。お兄ちゃん程になるって何年かかる事やら」
狂神がいつ、どのように現れるか全くわかっていない。そんな相手と戦っているのに修行など悠長な事をやっている時間はないのではないかとルーナは言っていた。当然の疑問だがシモンはルーナの疑問に余裕の笑みを浮かべる。
「それに関しては対応済み。この空間は外に比べて時間の流れが遅い。外での二、三時間がこっちでは二、三ヵ月になるよう設定してるから」
「そんな事が出来るの!?」
「それはそうだよ。この世界は思った通りに事が運ぶ。ルーナもさっきルーナ・ノワの手を作り出したじゃないか」
「それはそうだけど……ウーン……私、お兄ちゃんみたいに強くなれるかな?」
不安げに尋ねるルーナにシモンは自信ありげに頷く。
「なれる!! 徹底的に集中講座するからね。二、三ヵ月もやれば第一オーダーをクリアするところまで行けると思う」
「第一オーダー?」
「そこも含めて集中講座だ! 頑張ろう!」
「ウンッ!」
「しかし……」
シモンはルーナを上から下までまじまじと見つめた。
「ルーナかなり成長してるよね。僕がお姉ちゃんと呼ばないといけないかも」
「何を言ってるかな。見た目がこうなってるだけでお兄ちゃんはお兄ちゃんだよ。あ、これからは先生と呼ばないといけないかな」
「それは好きに呼んでいいけど……センセイ……いい響きだ」
シモンは満更でもないでもないというように口元に笑みを浮かべた。
そうしてシモンはアストラル界という特殊な世界でルーナに武術家及び魔術師養成講座を開始するのだった。




