第四十三話 神核を封じた結界にて
シモンが通された部屋には複数の宝石が設置されており、ゆっくりと明滅していた。宝石の明滅の状態を研究員と思しき男女が羊皮紙に記入していた。
「ここは?」
「ここは封印した神核の観測室です」
シモンの疑問に後ろのタバサが答えてくれた。
「ここでは捕獲する事が出来た神核を様々な視点で観測、調査を行いどのような物質で構成されているのかを調査、どうすれば破壊できるのか様々な方法を試しています」
「試しているという事は今だに破壊できていないと?」
「口惜しい限りです……」
タバサは悔し気に親指の爪を噛む。シモンはふと思いついた事を言ってみた。
「思ったんですがカルヴァンさんに聞いてみたらどうですか? もともと狂神退治はあの人が行っていたんですよね。あの人だったら神核が何で出来ているかはともかく破壊方法は分かるんじゃないですか?」
シモンのその言葉にタバサや周りにいた研究員たちが息を飲んだ。
「それ、絶対本人に聞いたらいけませんよ!」
タバサの怯えたような表情にシモンは引いた。
「……何があったんですか?」
「前にある人物がそれを聞いたのですが、次の瞬間その人物の首が飛びました」
「ハッ!? 何でそれだけの事で首が飛ぶんですか!?」
「分かりません……だけどカルヴァンさんにとっては禁忌に抵触する事だったんだと思います。だから……だから自分たちで答えを見つけるよりありません」
「それじゃあ今タバサさん達がやっている事ってマズい事じゃないんですか? 下手をするとこうなるんじゃ?」
シモンは右手で首を掻っ切る動作をする。それを見てタバサが吹き出しつつ答える。
「破壊方法は教えてくれませんでしたが自分で見つける分には構わないと」
シモンは呆れたとでも言うように溜め息をついた。
「自分に聞くのはダメだけど自分で探すのは構わないか……訳が分からない。あの人の破天荒さと残忍さには呆れる他ない」
「ですよね。あんな人ですが誰も彼から離れようとしないんですから不思議ですね。私も含めて」
タバサが穏やかに笑う。それを見てシモンは気が付いた。
(タバサさんってもしかしてカルヴァンさんの事が……)
シモンの視線に気が付いたタバサがコホンと咳込む。
「それよりも今神核がどうなっているのか見てみませんか? 正面のガラス窓から見るとこが出来ますよ」
「それは興味深い」
タバサに即されシモンは正面のガラス窓に向かう。厚さ数十ミリの強固なガラス窓より見える光景は異様なもので思わず口に出していた。
「……血の池地獄……」
シモンがいる部屋は広大なドウム状の空間の真上からせり出されておりその空間を見渡す事が出来た。真下は血の様な赤い液体で満たされていた。ドームの壁面はその赤い液体を吸い込み幾何学模様を作り出していた。そしてこのドウム状の空間の中央に弱々しく点滅する球体が存在していた。
「あれが神核なのは分かるんですが……この赤い液体は何なんですか?」
「そっちが気になりますか? まあいいでしょう。あの赤い液体はシモン君にも馴染みがある物です」
「僕が?」
「あの赤い液体は偽神の人工血液です」
「偽神の?」
「はい、偽神の人工血液はエネルギーの伝導校率が極めて高い液体なのです。魔法力やあなたが扱う魔術力、そして神滅武装の呪力、そういった不可視の力を効率よく伝達する事が出来ます。今回は神滅武装の呪力が籠った人工血液をドーム内に循環させる事で神核を封じる結界を形成しているのです」
「成程……」
シモンはこちらの世界なりの技術体系に素直に感心した。
「……しかしシモン君はさっきうまい事を言いましたね」
「僕がですか?」
「ええ、血の池地獄と……。狂った神を閉じ込めておくにはふさわしい地獄でしょうね」
そう言って笑うタバサの背後から青白い炎が吹きあがっているように見えてシモンは少し引いた。シモンは視線を改めて眼下の神核に向ける。
「あの神核を……破壊する方法か……」
シモンは考える。ルーナとメルの複合魔術による攻撃でも完全に破壊できなかったものを個人で破壊出来るものなのだろうか。それこそ偽神の協力がなければ無理ではなかろうか。
「……偽神を使う訳にはいきませんか? 僕個人では魔術を使ったとしても破壊までは出来ないと思うんですが?」
シモンの疑問にタバサが首を横に振る。
「それは出来ないんです」
「どうして?」
「カルヴァンさんは神核については戒厳令を引いています。偽神を使う事になれば神核の事は外に漏れてしまいます。神核について知っているのはこのユエイ・リアンに乗る事が選ばれた者だけです。この秘密主義を徹底した為、人手が足りず神核の回収が間に合わない事が多々あり四体しか神核の回収が出来ていません」
「他の三体の神核もここの結界に?」
「はい、封印処理が施されてます」
「フウン……」
シモンは顎に手を当て考える。
(怪しいな。カルヴァンさんは神核ついては戒厳令を引いているのというがそれは何故だ? 完全に破壊をしたいのなら一部の人間に任せず全員で力を合わせた方が確実なのに……何か別の目的があるのかもしれない。それが分かるまで手を出さない方がいいのではなかろうか)
下手に手を出し破壊した途端自分の首が飛ぶのではと想像し首筋が寒くなる。
(……適当とは言わないけどそこそこ調べて出来ない事にしてしまおう)
「分かりました。僕に出来るかどうか分かりませんがやってみましょう……神核の破壊を」
タバサの顔がパッと明るくなる。
「本当ですか!! よろしくお願いします!!」
「それで僕はどうすれば?」
「それはもちろん―――」
タバサ嬉々として語る言葉にシモンは自分が言った言葉に激しく後悔した。
それから十五分後、シモンは人工血液の流入ゲートから直接小舟を出し神核を封印しているドーム内に直接入ってきた。ドーム内は生暖かく生臭い臭気もきついがそれに増してきついのが血液に含まれる神滅武装の呪力である。シモンは魔術力を全身に漲らせ呪力に対抗しているが何もせず入ってきたらその途端呪力に生命力を食われ衰弱、十分もしたら衰弱死してしまうだろう。
「……そんなところに一人で行って間近で確認して下さいなんて……ドSだ、タバサさんは」
シモンは上を見上げ観察室からこちらを見下ろしているタバサに恨みがましい視線を向けるがそれに気づいていないタバサは呑気に手を振っている。そんなタバサの呑気さを見たら毒気が抜かれそれとなく手を振り返す。そして改めて頭上の神核を見る。
(さて……これからどうしようか? 誤魔化すにしても適当な事は出来ないぞ……)
どうするべきか考えている時だった。背後ですさまじい轟音と共に水面が激しく波立ち小舟の上に立っていることが出来ず倒れてしまう。
「な、何が!?」
波が落ち着いたのを確認してから轟音がした後方をみてギョッとした。シモンがこのドームに入って来た時には開いていた流入ゲートの堰が落ちており、人工血液の供給が止まっていたのだ。
「これは一体何が……何があったんですか、タバサさん!?」
上にいるタバサの方を見ると何やらあわただしく動いているのが見えた。何か不測の事態が起こっているようである。
「何があったんですか!?」
急に人工血液をドームに供給している流入ゲートの堰が落ちた原因について研究員に問い質す。
「分かりません。流入ゲートの開閉器ですがこちらの操作を受け付けません!」
「堰を開ける事は出来ないんですか?」
「こちらからの操作を受け付けない以上現場で手動で開けるより手段がありません!」
タバサが踵を返し、出口のドアに手をかける。
「みんなも来てください! 人工血液の供給を再開させないとドーム内の神核が―――」
ドーム内の人工血液の水位はゆっくりと下がっていた。ドームに流入した人工血液は壁面に吸収され外に排出されるようになっている為、供給が止まれば水位が下がるのは当然の事である。
「これは……調査どころじゃないな」
こうなってしまうと自分が出来る事は何もない、救出されるまで待つ事にしたのだがそうは問屋が卸さなかった。
「……神核、動いていないか? それに輝きが増している……」
ドームの中央に浮いている神核の輝きが強まりそれと同時に円を描くように回転し始めた。輝きと回転は人工血液の水位が下がるに比例して強まっていた。
「これってマズいんじゃないか?」
シモンはフラグを立ててしまった。そう言った途端、神核がシモンに向かって飛んできたのだ。回転によりスピードを上げた神核の体当たりはまさに砲弾のそれだった。シモンは咄嗟に避けたのだがバランスを崩し、人工血液の中に落下した。




