三十八話 インディ・ゴウの目覚めと一部の変身
ファルケ・ウラガンの謎の声の力を吸収した白と黒の球―――太極の球は悠然と空中に停止していた。それを呆然として見ていたシモンはふと不安に襲われた。異なる力を融合させる、それはかつて狂竜神が行っていた事ではなかろうか。それが何故突然出来るようになったのか。インディ・ゴウの中にはまだ狂神の何かが残っていてそれがやらせたのだろうか。今はこちらが有利になるよう働いたが一歩間違えれば……。
自己修復によりダメージから回復したルーナ・プレーナを立ちあ上がらせ、サリナに声をかける。
「サリナさん、今のは何ですか!?」
「えっと……これはこの子の指示で……こんな事が出来る何て思わなかった……」
「この子って?」
(私の事だよ)
「今のはルーナか?」
(私じゃないよ)
「でも……」
シモンの頭に響いたその思念はルーナの思念と非常に似ていた。姉妹と言ってもいいかもしれない。今こうやって思念で話しかけてくる存在はルーナ以外では一つしかない。シモンは震える声で聞いてみた。
「君は……インディ・ゴウなのか?」
(大正解……何だけど……)
「何だけど?」
(インディ・ゴウって名前がヤダ!!)
それを聞いてシモンは少し腰砕けになる。
「名前がイヤだって……」
(だってワタシ女の子なんだよ。ルーナちゃんみたいな可愛い名前がいい)
(ルーナちゃんって!?)
事の成り行きを見守っていたルーナが自分の名前を言われビックリした感じで会話に入ってきた。
(ルーナちゃんの名前ってシモン兄ちゃんに付けてもらったんでしょ)
(ウン、そうだよ。今の魔法少女形態の時はルーナ・プレーナ、鎧武者形態の時はルーナ・ノワ、その時々で名前が変わるんだ)
(いいなあ、ルーナちゃんはカッコカワイイ名前で)
(インディ・ゴウもカッコいいと思うよ)
(カッコいいだけじゃなくてカワイイ名前がいいの)
(ウ~ン……私も生まれたばっかりで語彙が少ないし……お兄ちゃん何とかして)
「何とかしてって……僕もそんなに残弾無いよ」
(私みたいな名前をインディ・ゴウちゃんにもつけてあげてよ!)
(お願い、シモン兄ちゃん!)
「シモン君、私からもお願い。私もそういうセンス無いから」
一人と二体の偽神に頼まれると無下にする事が出来ない。シモンはインディ・ゴウの名前について考えてみる。
(ルーナはその時々で形態を変える所が月のように思えたからその月の変化、新月と満月なを冠した物にしたんだよな。インディ・ゴウも惑星の名前で考えてみるか……)
「ええい、キサマら!! 我を無視して話を進めるな!!」
忘れられていたファルケ・ウラガンは肩を震わせている。無視されている事に激怒しているようだ。
「偶然我の攻撃を退けたくらいでいい気になるなよ! こんな球など壊してしまえば!!」
ファルケ・ウラガンは一足で間合いを詰め、己の攻撃を吸収した太極球に手を伸ばす。衝撃や恐らく魔法などを吸収する能力はあっても直接接触するような攻撃は吸収できない。そう考えての行動だった。
「こんなもの破壊してくれる!!」
ファルケ・ウラガンが右手を振り上げ太極球を叩き壊そうとする。それを見ていたインディ・ゴウが挑発的な思念をファルケ・ウラガンに発した。
(自分の攻撃を食らえ!!)
インディ・ゴウが発した思念を受けたファルケ・ウラガンは大地を蹴り上空に逃れようとしたが一瞬間に合わなかった。太極球から発せられたファルケ・ウラガンの声が直撃する。
「グギャァァァ!!!」
上空でファルケ・ウラガン苦悶の声をあげ、バランスを崩し大地に落ちる。太極球から発せられた声はファルケ・ウラガンにダメージを与えていた。だが、インディ・ゴウが最初に食らったほどのダメージを受けていない。体から血を流しているがその程度で体が内側から沸騰したりはしていなかった。声の攻撃を受けた事が一瞬である事、自分の能力である為、幾分か体制がある故のダメージ軽減だった。
「……バカな、これは我の攻撃!? しかも我の力より強い!?」
(私の作り出したこの球は相手の攻撃を吸収、増幅して相手にぶつける能力があるんだよ)
インディ・ゴウの自慢げな思念にファルケ・ウラガンは怒る。
「小賢しいわ! この木偶人形が!」
ファルケ・ウラガンが再び空を飛ぶ。そして急降下する。体当たりされルーナ・プレーナとインディ・ゴウが転倒する。ファルケ・ウラガンは再び上昇して距離を取る。そしてまた急降下による体当たりを食らわせまた上昇する、ヒットアントウェイ攻撃を行っていた。
「クソッ!! 攻撃方法を変えてきた!? 最大攻撃が通用しないと分かったら攻撃方法を変える。思ったより柔軟な思考をしてくる」
「このままじゃインディ・ゴウが持たない。どうする!?」
サリナの慌てる声にシモンは冷静に答える。
「サリナさんはインディ・ゴウと一緒に太極球を造って下さい」
「太極球?」
(太極球?)
サリナとインディ・ゴウの疑問がハモった。
「魔術力、魔法力を融合させた球の事です。急いで! 時間は僕が稼ぎます!」
シモンは障壁と漆黒の杖及び短剣を用いて二属性の結界を展開する。インディ・ゴウは後方に下がり、両手に魔術力と魔法力を集中する。
「造らせてなるものか!!」
ファルケ・ウラガンはインディ・ゴウを攻撃目標に急降下する。ルーナ・プレーナがインディ・ゴウの間に入る。ファルケ・ウラガンの攻撃は二属性の結界が防いでくれた。
「お前の相手は僕だ!」
「いいだろう……貴様から先に殺してくれる!!」
インディ・ゴウから離れるルーナ・プレーナの後を追うファルケ・ウラガン。
(ヨシ、後を追ってきた。声で時間稼ぎが出来る。後は……あれが出来るか試すのみ)
空を飛ばず地を滑るように移動するルーナ・プレーナ。それではファルケ・ウラガンスピードにかなう訳がなく何度も攻撃を受ける。その度に結界がひび割れ消滅する。ルーナ・プレーナを守るのは常時展開する障壁の身となる。この障壁もファルケ・ウラガンの三度の攻撃で崩れ去り本体がむき出しにされる。絶望故か立ち止まり棒立ちになるルーナ・プレーナ。
「これで! 終わりだぁぁ!!」
「終わりじゃない!!」
ルーナ・プレーナは両手を前に突き出しファルケ・ウラガンの体当たりを受け止めていた。ルーナ・プレーナは魔術専用の形態、膂力は無きに等しい。そんな状態で真正面から受けるのは自殺行為にも等しかった。なら、何故ファルケ・ウラガンの攻撃を真正面から受け止める事が出来たのか。それはルーナ・プレーナの両腕にあった。ルーナ・プレーナの両腕がルーナ・ノワの両腕に代わっていたのだ。
ルーナ・プレーナからルーナ・ノワに形態変化するのに時間はほとんどかからない。だがファルケ・ウラガンの様な高速で動ける相手には形態変化のわずかな時間は致命的な隙になってしまう。そこでシモンは考えたのだ。身体の一部の身形態変化する事が出来ればと、それなら隙は出来ない。それを敢行する為、障壁の上に張る結界を二属性のものにし、杯と円盤は待機させておき、ここぞという所で取り込み両腕の形態変化を敢行したのだった。
ファルケ・ウラガンの急降下の勢いが止まり地面に足を付き、ルーナ・プレーナと正面から対峙する形のなる。
「……両手で受け止めるなど……普通は考えんぞ……バカかキサマ?」
それにシモンは答えない。三体式の構えから中段突き―――崩拳を食らわせた。腹部に深々と拳が突き刺さりファルケ・ウラガンは吹っ飛んだ。
「シモン君!」
後ろからインディ・ゴウが駆けてきた。インディ・ゴウの頭上には太極球が浮いていた。
「シモン君……ルーナ・プレーナのその両腕……どうしたの?」
「それは後で、それより……」
倒れていたファルケ・ウラガンがユラリと立ち上がりルーナ・プレーナとインディ・ゴウを射抜くように睨みつけていた。
「一度ならず二度までもくだらない小細工で……ここまで我を……クソォォォォ!!!!」
怒髪天を突いたファルケ・ウラガンは翼を広げ、高速振動させた。ファルケ・ウラガンの最大攻撃である音撃を行う前の予備動作だった。
「その攻撃は無意味よ。こっちには太極球がある。お前の攻撃は跳ね返されるよ」
(そうだ、そうだ)
サリナの言葉とインディ・ゴウの思念にファルケ・ウラガンは笑う。
「…その球はこちらの攻撃を全て受け止める事が出来るのか? さっきの攻撃は全力で放ったものではないぞ。今度は手加減なしの全力の音撃を食らわせてくれる!! 負ければ間違いなくどちらかが死ぬ……二体の偽の神よ! 勝負だ!!」
燃え上がるような闘志がファルケ・ウラガンの肉体が一回り大きくなったように見える。こちらが有利であるのにインディ・ゴウは気圧され一歩後ろに下がってしまう。
「下がっちゃダメですよ、サリナさん」
下がるインディ・ゴウの肩に手を置くルーナ・プレーナ。ルーナ・プレーナの腕は本来の物に戻っており、杯と円盤はルーナプレーナの週に浮遊していた。
「でもシモン君……」
(何か……一皮むけたって感じだよ。マズいよ、シモン兄ちゃん)
不安げなサリナの声とインディ・ゴウの思念にシモンは落ち着いた声で答える。
「一皮むけた、結構じゃないですか。こっちは更にその上をいき完膚なきまでに倒してやろうじゃないですか」
「そんな事が……出来るの?」
「サリナさんとインディ・ゴウの協力があれば……出来ます! 狂神ファルケ・ウラガン! 勝負だ!!」




