三十七話 人類初の空中戦、敗北後、復活の……。
(スゴイッ! スゴイッ!! スゴォーーーイ!!!)
障壁の形状をシモンのイメージしたものに合わせただけで自分だけでは出せない速度が出ている事にルーナは興奮した感じの思念を飛ばす。シモンは自分がイメージした戦闘機のイメージが見事にはまった事にニヤリと笑う。だが、頭の中でキンキンと響き渡るルーナ思念にやや引きつった笑みとなってしまう。
(障壁の形状を変えただけでどうしてこんなことが出来たの!?)
「説明はしてあげるけど……もう少し声……じゃなくて思念のトーンを落として……」
(あ、ゴメン! こんな感じでどう?)
「そんな小声(?)にならなくていいから、普通にしてよ」
(ウン、分かった)
シモンは一度コホンと咳込み言葉を続ける。
「それで障壁の形状を変えただけで飛行速度が上がった理由だけど、それは空気抵抗をなるべく受けにくい形状にしたからだよ」
(クウキテイコウ?)
聞いた事がない言葉にルーナは棒読みになる。
「読んで字の如く、僕たちの周りには空気が存在する。これはなければ生きてはいけないけどこれには粘性が存在する」
(ネンセイ?)
「まあ、要は粘っこいって事。そしてこの粘性は速度が上がるほど強くなる。僕がイメージしたこの形状はその空気抵抗をなるべく受けない様にしたものなんだ」
(その……空気抵抗……私も受けているの?)
「ルーナの……その……体は色んなところがでっぱたり……引っ込んだりしてるだろう。そんな所に抵抗は受けるんだよ」
シモンはなるべく言葉を選んだつもりだったがルーナは言葉の機微を感じ取りこう思念を飛ばした。
(お兄ちゃんの……エッチ)
「ゴ……ゴメン……ま、まあそういう訳で抵抗を受けなければ当然速度は上がる。ちなみにこの形状でも少なからず空気抵抗を受けているしそれにより衝撃波が出る。ファルケ・ウラガンはこの空気抵抗に利用して衝撃波を出して攻撃に転用している」
(そうなの!?)
「僕らみたいな工夫をせず生身であんなことが出来るんだからさすがは神といった所か。だけどその領域に到達しようとした人達、空に手を伸ばした人間の執念ほど恐ろしい物はないよ」
(お兄ちゃん?)
「ルーナ……これから僕はもう一つ手を加える。これによって速度は文字通り爆発的に上昇する。正直に言ってすごく危険になるから覚悟してね」
(分かったよ! サリナお姉ちゃんとインディ・ゴウの仇を取る為なら何でもやるんだから!)
「意気込みはいいけど……サリナさんまだ生きてるからね」
「揚足を取らない!」
突っ込まれながらもシモンはルーナ・プレーナに漆黒の杖を握らせた。そしてシモンは火の呪文を唱えた。
「ベイ・エー・トォー・エム!」
シモンの呪文と同時に障壁の後ろ側に火球が出現しそこで爆発を引き起こした。そしてルーナ・プレーナの飛行速度が文字通り爆発的に上昇した。先程とは比べ物にならない速度にルーナは悲鳴を上げる。
(オニイチャッ!? コワッ! コワッ! コワァァァァーーー!!?)
先程とは比べ物にならない速さで風景が変わっていく。障壁がビリビリと震え今にも崩壊しそうである。
(怖いよこれ!!止めて、お兄ちゃん!!)
「……覚悟してって……言ったよね……」
力ずくじゃないと止まらないと考えルーナは障壁を解除しようと考える。
「ルーナ! 障壁の維持して! もし障壁を維持できなくなったら僕たち空気の壁にぶつかってペチャンコだから! 妙な事は考えないで!」
(そんなあ……)
ルーナが情けない思念を飛ばすがシモンは取り合わない。
「僕は火の魔法の維持と……姿勢制御に集中するから……」
絞り出すようなシモンの声を聞きルーナはシモンも必死である事を理解した。ならば自分も頑張らなければとルーナは己を鼓舞する。
(分かった、頑張ろうねお兄ちゃん!)
シモンは何も答えなかった、答えられなかった。僅かでも集中を欠けば速度が維持出来ないし、墜落する恐れもあるからだ。それを察したルーナはシモンが何も言わない事を不満とは思わなった。シモンの頑張りに自分も答えようとルーナは障壁の維持に意識を集中した。
二周目を終えたルーナ・プレーナを見てファルケ・ウラガンは更に唖然としなければならなかった。飛行速度が先程に比べて段違いだ。そして空を切り裂く轟音、ビリビリと伝わる振動。この現象は……。
「まさか……我と同じ速度領域に入ったと言うのか? 人が作りし物が空を飛ぶだけでも驚くべき事なのに同じ速度領域に入ってくるとは……」
危機感を覚えたファルケ・ウラガンは三周目が終わるまで動かないという約束だったがそれを破り飛翔した。一瞬で音速に到達しルーナ・プレーナの後を追った。
「あれは危険だ。神の領域にいとも簡単に入り込む。偽の神と言っていてがこれでは本当の神になってしまう。そうなる前に滅ぼさなければ!!」
(お兄ちゃん、アイツ追って来たよ!)
「……やっぱりそう来たか……」
後ろを見ないでも殺気がビンビン伝わってくる。
(アイツ、やっぱり約束を破ったよ!!)
「三周終わるまでは手を出さないと思っていたんだけど」
そう考えていたシモンの脳裏に第三者の思念が割り込んできた。
(貴様が我と同じ領域に入ってきたのならハンデなど無しだ! 貴様を同等の敵と見なし戦ってやる!)
「これはファルケ・ウラガンか!?」
強力な思念にシモンは顔をしかめる。そうしている間にも徐々に距離が縮まってくる。
(アイツの方が早い、追いつかれる!! その前に攻撃しないと!!)
ルーナの慌てるような思念にシモンは沈黙で答える。
(お兄ちゃん?)
「……ない」
(ないって?)
「攻撃の方法がない……どうしよう」
(それってどういう事!?)
「姿勢と航行、推進力にしている火の魔術の制御に精一杯で攻撃に手が回らない……」
(お兄ちゃん、じゃあどうやってファルケ・ウラガンに勝つつもりだったの?)
「……二周目で航行のコツを掴んで三周目で罠を仕掛けるつもりだったんだけど……その前にファルケ・ウラガンが仕掛けてきたから……予想外……」
(先に罠を仕掛けて三周目で速度を上げていけばよかったんじゃない! お兄ちゃんのバカッ!!)
「ヒドイッ!!」
掛け合い漫才をしている間にも距離を縮められ手が届く距離まで近づかれてしまう。
(ワーワーッ!!)
「もう競争なんて関係ないし、だったら!!」
シモンは急上昇、急下降、更には蛇行などともかく急な動きを加えるがピッタリ後ろにくっつかれ引きはがす事が出来ない。しかもシモンは空中戦のプロではない。急にこんなことをやれば気力、体力共に失われていく。
「……マズいな……」
(それで終わりか。飛ぶ事においては一日の長がある我にかなうと思っているのか、愚か者めっ! 潔く空の藻屑となれ!!)
ファルケ・ウラガンの思念と同時に急上昇する。ある程度上がった所で急降下。元々音速で移動していたファルケ・ウラガンが更に降下速度も合わせ加速した飛び蹴りは強力でルーナ・プレーナの戦闘機形態の障壁を見事に貫通しその下の本体に直撃した。
「ウワァァァァ!!!!」
(キャァァァァ!!!!)
ルーナ・プレーナの装甲を突破、その下の肉体を直撃したその攻撃により集中が途切れ飛行する事が困難になり墜落する。キリモミに墜落しシモンもルーナも上下左右が分からなくなる。ルーナは地面への衝突に備え障壁を再度展開する。その直後に大地に叩きつけられる。咄嗟に張られた障壁は強度が十分ではなく障壁が壊れてしまい、結局は地面に叩きつけられる。障壁がワンクッションとなり落下の衝撃は緩和されたがしばらくは身動きが出来ない。
「クッ……ここは?」
首だけを動かし辺りを見回し自分が今いる場所を確認する。サリナとインディ・ゴウが倒れた岩山の前だった。
「よりにもよってここか!? マズイな……早く移動しないと……」
サリナがまだ目を覚ましていないのだとしたら今日ここで二体の偽神が破壊される事になる。そうなると狂神と戦えるのがブーケ・ニウス一体になってしまう。それだけは阻止しなければ最悪自分が犠牲にならねばとシモンはルーナ・プレーナの手足を動かし這いつくばってでも移動しようとする。そんなシモンの前に絶望を告げる神、ファルケ・ウラガンが舞い降りる。
地面を這うルーナ・プレーナをシモンを見てファルケ・ウラガンが嘲笑う。
「それでいい……地を這う虫けらはそうやっているのがお似合いだ」
「クソッ……」
「あの青い方は逃げたようだがどこまでも追いかけて滅ぼしてくれる。お前は先に死ねっ!!」
ファルケ・ウラガンは漆黒の二対の翼を広げ、細かく振動させる。
「これは……インディ・ゴウを倒したあの技か!?」
「そうだ!。我の音撃は物質を崩壊に導く。貴様は塵一つ残る事はないだろう」
身動きが出来ない今、睨む事だけが今、シモンに出来る抵抗だった。そんなシモンの前に蒼い影が躍り出る。
蒼い影は両手を広げ、ルーナ・プレーナを庇っていた。
「そんな……サリナさん! 目を覚ましたのなら逃げて下さい! 僕は大丈夫ですからっ!!」
ルーナ・プレーナの目に躍り出た蒼い影、インディ・ゴウはサリナは首を横に振る。
「この射線だと僕もサリナさんも攻撃の影響を受ける。離れれば影響を受けるのは一体で済むはずなんです。だから……」
シモンの言葉は途中で止まった。インディ・ゴウの両手のある変化に気が付いたからだ。右手から白い光の球が、左手から黒い光の球が出現していたのだ。
(右手の白い球は魔法力、左手の黒い球はまさか……)




