三十五話 術法融合魔法と流体障壁、そして……
ファルケ・ウラガンは高速での体当たりを繰り返す。だがインパクトの瞬間、水の膜が固まり衝撃を受け付けない。ファルケ・ウラガンが手をこまねいているうちに目的地である岩山に到着した。岩山の頂上ではインディ・ゴウがすでに待機していた。
「ヨシッ!! サリナさん、お願いします!!」
分かったとでも言ううようにインディ・ゴウが頷く。そして呪文の詠唱が始まった。
「大地に潜る土の竜! 空を羨み見上げる日々は終わった! 空をかける翼と風を得た!! 天を駆ける竜となり空を飛べ! 地竜翔破!」
呪文の詠唱が終わると同時に岩山周囲の砂が波立った。波立ち隆起し巨大な竜となった。巨大な砂の竜、その数は十九匹。それらが一斉にファルケ・ウラガンを襲う。だがファルケ・ウラガンに届く前に砂の竜が霧散した。
「こんなものが通用するか!!」
霧散した竜が再び竜の形を成してファルケ・ウラガンを再び襲う。砂の竜が再び霧散しファルケ・ウラガンの視界を塞ぐ。
「よし、これで!!」
ルーナ・プレーナが周りに浮かぶ四機の魔術武器のうち漆黒の円盤を掴む。円盤は大地を象徴する魔術武器である。シモンはファルケ・ウラガンの弱点であろう大地の魔術を行おうとしたが。
「それが目的か!? 小賢しい!!」
ファルケ・ウラガンは視界を塞がれてもルーナ・プレーナとインディ・ゴウの位置を正確に掴んでいた。砂煙を突き抜けレーナ・プレーナとインディ・ゴウに迫る。
「マズイッ!!」
眼前に迫るファルケ・ウラガンに対しシモンは棒立ちになる。精神集中も出来ておらず簡単な魔術すら出来ない。脳は無意識に記憶を検索し危機を脱する術を探るが見つからない。周りの動きが緩慢になり音が消えていく。それなのに何故かサリナの声だけが聞こえた。
「魔術の力を食らいて目覚めよ! 真なる竜よ!」
その言葉と同時にファルケ・ウラガンの真下から何かが隆起し、食らいつき上昇していった。
「何だ、これは!?」
それはサリナが生み出したニ十匹目の砂の竜だった。その砂の竜はファルケ・ウラガンに打ち消される事なく食らいつき、ファルケ・ウラガンの肉体を抉る。
「その竜が本命、私の魔法に魔術力を融合したオリジナルの魔法よ! 名づけるなら術法融合魔法!」
「魔術力!? 忌むべき力かっ!?」
驚愕と苦痛に呻くファルケウラガン。
「魔法と魔術力の融合!? そんな魔法をいつの間に!?」
シモンもまた驚愕の眼差しでインディ・ゴウを見ていた。
「私もただボンヤリすごしていた訳じゃないんだよ! この子と一緒に研鑽を積んでいたんだから! そしてこれで最後!!」
高高度に上昇した砂の竜が方向転換し一気に下降。ファルケ・ウラガンを大地に叩きつけられ悲鳴を上げる。
「ギヤァァァァ!!!!」
魔術力を得た砂の竜の牙はファルケ・ウラガンの肉体を抉り回復を阻害する。身動きが取れないものの未だ生きているファルケ・ウラガンに最後の攻撃を仕掛ける。砂の竜は再度上昇する。そこには十九匹の砂の竜が待っていた。そしてニ十匹の砂の竜は混ざり合い一匹の巨大な砂の竜となりファルケ・ウラガンに向かって急降下した。測定するのがバカバカしくなる位の重量がファルケ・ウラガンに圧し掛かった。轟音と共に砂塵が巻き上がる。砂塵が晴れた時、そこには巨大な砂山が出来上がっていた。これだけの重量がかかればいかな狂神でも生きてはいられないだろう。
「成敗!!」
芝居掛かったサリナのセリフにシモンは呆れてしまう。
「……どこの暴れん坊な将軍ですか?」
「? どういう意味?」
「いえいえ、こっちの話です。それよりお見事でした。サリナさんはファルケ・ウラガンの目を眩ませる、そして僕が攻撃をする、そういう作戦だったんですがまさか単体で倒してしまうとは!? それだけじゃなくインディ・ゴウから魔術力を抽出して魔法と融合させる何て驚愕です!!」
シモンの絶賛にインディ・ゴウが胸を張る。操縦槽のサリナは鼻を高くしているのではなかろうか。
「シモン君にだけ負担はかけられないしね。神滅武装は頼りになるけど結局は呪いだから長時間の使用は出来ないし何か新しい攻撃方法は考えないといけなかったし……。シモン君の魔術力はいいきっかけだったよ」
「魔術力の抽出何てどうやったんですか?」
「それなんだけどこの子が……インディ・ゴウが協力してくれたんだと思う」
「インディ・ゴウが!? それってルーナみたいな!?」
「そっちのルーナみたいに話はしてくれないけど……何か意識みたいなものがある様には感じられる。それが私に協力してくれた……」
シモンは嬉しくなった。狂竜神の件でインディ・ゴウの仮面に育ちつつあったであろう人格を消滅させてしまった。だが、まっさらになった仮面の中で新たな人格が生まれつつある、新たな人格の誕生がとても嬉しく思えた。
「……それよりシモン君、私にも教えて欲しいな」
「僕が答えれれる事なら!!」
シモンの声が弾んている事を不思議に思いながらもサリナは質問を続ける。
「シモン君がファルケ・ウラガンの囮になっていた時、何度か攻撃を受けていたよね? ルーナ・プレーナの障壁は強力だけどあの攻撃を何度か受ければ壊れるよね。どうやって耐えたの?」
「ああ、それは障壁の外側に貼った水の膜で秘密があるんです」
「水の膜?」
「ちゃんと種明かししますよ」
ルーナ・プレーナが漆黒の杯を掴み、呪文を唱える。すると漆黒の杯の中に水が満たされる。
「これが障壁を覆った水です。触ってみてください」
インディ・ゴウが人差し指を杯の中に突っ込む。
「何か……ヌチョッっとしていて……キモチワルい……」
「ですよね。ところが……」
ルーナ・プレーナが杯を傾ける。中の水がこぼれるが地面に落ちず宙に浮いている。
「これに何か衝撃を与えてみて下さい」
インディ・ゴウが首を傾げながらも宙に浮かぶ水の球を指で弾いてみる。すると水の球は弾けず、表面が硬化し、また元の柔らかい水に戻っていた。
「これは?」
「ちょっと難し話になるんで簡単に話しますとある一定の粘度のある液体は衝撃を与えるとその粘度が上がる。つまり硬化する作用があるんですよ。ファルケ・ウラガンの攻撃がある事に硬化して力を失えば元の液体に戻る。そういう現象でもって防御をしていました」
この液体は実際にあり、タイラント流体と呼ばれている。この液体は簡単に作る事が出来る。水と同量の片栗粉を混ぜればそれだけで造れてしまう。それを大量に作れば沈む事無く水の上を歩く事が出来るがその場で立ち止まれば沈んでしまう不思議な液体となる。これを応用したものが防弾チョッキに使用されている。
ファルケ・ウラガンの攻撃を防いだこの水の膜、名付けるなら流体障壁。
「へえ、そんな水があるんだ? 面白いね」
「理屈が分かればサリナさんも出来ると思いますよ」
「こういう防御が出来るようになれば戦いも楽になる。教えてチョーダイ」
「いいですよ」
詳しい話をしようとした時だった。ファルケ・ウラガンが埋まっている砂山が波立ち崩れ始めていた。
「まさか……まだ生きているのか?」
崩れた砂山からそしてファルケ・ウラガンが現れた。ファルケ・ウラガンはふわりと浮かび上がりルーナ・プレーナとインディ・ゴウの正面の位置でピタリと止まる。その表情には侮りが見られない。目の前の存在が強敵だと判断したのだ。
「……我にここまでの深手を負わせるとは……恐るべし!! このような力を持つ生命体はやはり滅ぶべし!! 我の最大の力で滅ぼしてくれる!!」
ファルケ・ウラガンが己の翼を広げる。翼が高速で振動し始める。羽蟲の様な耳障りな音に寒気を覚える。
「サリナさん、障壁を最大で張って!!」
シモンは咄嗟にそう叫び、自らも障壁を張る。そして漆黒の杯を掴み、障壁の外側に流体障壁を張る。
「食らえっ!!」
開かれたファルケ・ウラガンの嘴から出たのは声ではない甲高い音だった。その音が流体障壁(ウォ―ル)に触れた瞬間、激しく泡立ち爆発を引き起こした。水蒸気爆発を誘発されたのだった。元来の障壁は無事でありダメージはない。だが何故水蒸気爆発が引き起こされたのか分からなかった。
「サリナさん無事……」
シモンは最後まで言う事が出来なかった。隣にいるインディ・ゴウは全身から血を吹き出しており、大地を赤く染めていたからだ。インディ・ゴウは両膝を付き前のめりに倒れた。
「サリナさんっ!!」
シモンはサリナに手を伸ばそうとしてがそれは出来ない。正体不明の攻撃を行ったファルケ・ウラガンが目の前にいたからだ。
「まずは一匹」
そう言って笑うファルケ・ウラガンを睨むシモン。
「人を……一匹、二匹と呼ぶな!!」
「次は……貴様だ! 忌むべき力を持つ者よ!」
偽の神と狂った神、二柱の視線がぶつかり火花を散らしていた。




