第三十四話 シモンとアッシュの違い 新たな防御法
「この……愚か者どもがぁぁぁ!!!!」
ファルケ・ウラガンが空をかける。一瞬で最速に到達し空気の壁を破る。衝撃波が発生し、ルーナ・プレーナとインディ・ゴウを襲う。ルーナ・プレーナとインディ・ゴウは障壁を最大で展開し衝撃波を防ぐ。衝撃波で巻き上がった砂塵をインディ・ゴウは風の魔法で吹き払い空を見上げる。
「……すっごい衝撃だった……アイツはっ!?」
ファルケ・ウラガンの姿はなかった。
「どこに行ったの?」
ルーナ・プレーナは四機の魔術武器の内、漆黒の短剣を掴み、五芒星を描きながら呪文を唱える。
「イクス・アル・ペイ!」
シモンのアストラル体は空高く上昇し、サヴァル砂漠を俯瞰して全体を見渡しアストアラル体を本体に戻す。
「……今、サヴァル砂漠全域を見渡しましたがファルケ・ウラガンは確認出来ません」
「魔術ってそんな事も出来るの?」
「修練すれば出来ますよ。よかったら教えますが今は……」
「そうだね、狂神がこのまま見逃してくれるとは思えないし……戻ってきた時の対策を考えておいた方がいいと思う」
「ですね」
「で、どうしようか?」
シモンはしばらく唸りながら考える。
「……ファルケ・ウラガンのあの姿から何を連想しますか?」
「へ? あの姿から……やっぱり鳥かな?」
「ですよね……鳥は空を飛ぶ事が得意でありそれが地に墜ちれば力が発揮できない。だからファルケ・ウラガンも地に墜ちる能力半減。それで行きましょう!」
「でも……どうやって地面に墜とすの?」
「前にアッシュさんと模擬戦した時に行った岩山があるんですがサリナさんはそっちに行って下さい。そして……」
シモンの作戦にサリナは大きく頷いた。
「分かったわ。でもそれだとシモン君が危険じゃない? 囮になるんだから」
「そこはまあ……何とかしますよ」
シモンはそう気楽に言うとルーナ・プレーナがフワリと宙に浮かぶ。ゆっくり高度を上げていく。サリナはしばらく見上げていたがやがて思い出したように宙に浮かび、目的地である岩山に向かって飛翔した。
「シモン君、気を付けてね」
シモンとルーナプレーナはサヴァル砂漠の上空で罠を設置していた。掌で作り出したそれを放り投げ、空間に固定する。
(お兄ちゃん、こんなの意味があるの? もっと強力な物を設置すればいいのに?)
「僕たちは岩山までファルケ・ウラガンをおびき寄せる囮だから。強力な物を設置してついてこれなくなったら意味がない」
(それもそっか……ておしゃべりしてる暇ないね。来たよお兄ちゃん!)
ルーナ・プレーナの正面、まっさらな青い空に一つの黒い点が見受けられた。ファルケ・ウラガンだった。点は恐るべき速さで大きくなっている。
「よし、逃げるよ!」
(分かった!!)
ルーナ・プレーナは踵を返し逃走を開始した。
ファルケ・ウラガンの攻撃には欠点があった。攻撃の為音速を出すとすぐに止まる事が出来ないのだ。だから自分で飛行制御が出来る速度までおちるのを待たなければならない。強力だが間抜けな欠点がある攻撃だった。サヴァル砂漠を越え何キロも離れた所でようやく制御を取り戻し今度はゆっくりと飛行し―――それでも圧倒的に早いのだが―――サヴァル砂漠に戻ってきた。ファルケ・ウラガンは視界の端にに黒い人影を確認した。憎き怨敵が一機、ルーナ・プレーナとその操縦者シモンであった。空を飛ぶルーナ・プレーナの姿を見てファルケ・ウラガンは怒髪天を突く。
「我が領域である空に踏み込むとは……この不埒物がっ!! そこを動くな!! 塵一つ残さず消滅させてくれるっ!!」
ファルケ・ウラガンの恫喝を素直に聞くシモンとルーナ・プレーナではなかった。ルーナ・プレーナは踵を返して逃げ出した。ルーナ・プレーナの飛行速度を見てファルケ・ウラガンは嘲笑する。
「そんな速度が限界が? 空に生きる我の敵ではないわっ!!」
ファルケ・ウラガンが速度を上げ、ルーナ・プレーナの後を追う。捕まえて八つ裂きにして中の人間を食らってやる、その想像に獰猛な笑みを浮かべるファルケ・ウルガン。そのファルケ・ウラガンの額に透明な何かがぶつかる。続いて体に透明な何かがぶつかりガラスの割れたような音を立てながら消滅する。強度的には大した事はなくダメージはないがファルケ・ウルガンの勘に触る。
「キサマァァァ!!!」
ファルケ・ウルガンは雄叫びを上げ、ルーナ・プレーナの後を追うため速度を上げる。そしてまた透明な何かにぶつかる。知らず知らずに飛行速度が下がっていく。
「ガァァァァァ!!!!!」
ファルケ・ウルガンはいらダリの声を上げ、遠ざかるルーナ・プレーナを射殺すかの如く睨みつけていた。
(これってアッシュさんの真似だよね?)
ファルケ・ウラガンから逃走しながらシモンに尋ねるルーナ。
「確かにそうなんだけど……完全には模倣出来なかった……」
(どういう事?)
「アッシュさんは障壁を薄くして殺傷力のある円盤や大剣を作ったりしてたけど僕にはそれが出来なかった。今足止めしているのは複数展開した小型正方形の障壁だからね」
(どうしてお兄ちゃんには作れなかったの?)
シモンは自分とアッシュの違いを考える。
「恐らくだけど……僕は頭が固い」
(いきなり自分を貶した?)
「最後まで話を聞いて! ……僕は障壁は身を守る物という考え方しか出来ない。それに対してアッシュさんは柔軟に物を考えてそれを実行する。それに武器の扱いや知識が豊富でそれを反映する事が出来る。考え方の差だと思う……」
シモンは言ってるうちに落ち込んできた。
(……どうしたの、お兄ちゃん?)
「……僕ってこの世界では魔術という特殊な力を使える存在何だけど僕の周りにはそんな力、屁でもない人たちが多すぎて……」
(大丈夫、お兄ちゃん十分特殊だから、元気出して)
「ありがとう、ルーナ……」
謝意を伝えるシモンの脳裏にルーナの緊迫した思念が伝わってきた。
(落ち込んでる暇ないよ! アイツ障壁の包囲網突破してきた! 急いでお兄ちゃん!)
小さな障壁の包囲網を突破したファルケ・ウラガンが雄叫びを上げながらこちらに突進してきた。
「ガァァァァ!! 矮小な人間と人形が!! 小賢しい真似をしおって!!」
ファルケ・ウラガンは怒り心頭だった。
「……もう少し手間取ると思ったんだけど」
(そんなノンキな! どうするの!?)
「とりあえず障壁を張って。それから杯を」
ルーナ・プレーナの周囲に障壁が展開される。そして周りに浮かぶ四機の魔術武器のうち漆黒の杯を手に取り呪文を唱える。
「ヘイ・コー・マー!」
呪文の振動が漆黒の杯に伝わり大量の水が溢れ出す。溢れ出した水が障壁をの外側を包み込み二重の防御壁を形成した。
「また、小細工を弄するか!? この愚か者がっ!!」
ファルケ・ウラガンがの飛行速度が上がる。ルーナ・プレーナは追いつかれまいと速度を上げるが双方の距離は縮まりつつある。
「シィィィネェェェ!!!!」
ファルケ・ウラガンがルーナ・プレーナに体当たりをした。狂神の肉体強度と高速を掛け合わせた体当たりはまさに必殺。
「ウワァァァァ!!!!」
(キャァァァァ!!!!)
ファルケ・ウラガンに引かれた事による衝撃で飛行を維持する事が出来なくなりきりもみ回転しながら落下する。落下するルーナ・プレーナを見下ろすファルケ・ウラガンの表情は驚愕に染まっていた。額から大量の血を流していた。
「……何なのだ、あの水の膜の強度は?」
ファルケ・ウラガンが体当たりをした瞬間、障壁の表面を覆う水の膜が信じられない強度を発揮し水の膜も障壁も破壊する事が出来なかったのだ。本来なら水の膜も障壁も突破しルーナ・プレーナ本体を破壊するはずだったのだがルーナ・プレーナ本体は無事、逆に自分が傷を負う結果になるのだから驚かずにはいられないだろう。
きりもみ落下し地面に叩きつけられる直前でルーナ・プレーナは制御を取り戻し、再び飛翔する。傷一つ負っていないルーナ・プレーナにファルケウラガンは歯噛みする。
「一度でダメなら何度でも攻撃をしてその小賢しい壁を壊してくれるわ!」
ファルケ・ウラガンはルーナ・プレーナの後を追った。




