三十三話 狂神鳥、登場
ルーナ・ノワとブーケ・ニウスの模擬戦の翌日。サヴァル砂漠の上空を二つの影が駆ける。
一つは漆黒、もう一つは紺碧。一体は漆黒の偽神ルーナ・プレーナ。もう一体は紺碧の偽神インディ・ゴウであった。新たなインディ・ゴウはルーナ・プレーナと同等の能力を持っていた。前機体よりは遥かに強化された防御障壁、攻撃、防御、補助魔法の強化、そして飛行能力を有していた。どんな高レベルの魔法使いでも飛行の魔法は使う事は出来ない。空を飛ぶとなれば飛行能力を持つモンスターを手なずけてその背に乗るぐらいしか方法がない。シモンの魔術の恩恵があったとしても人が作り出した物が空を飛べるなど奇跡としか言いようがなかった。
それだけでも奇跡だというのにルーナ・プレーナとインディ・ゴウは奇跡を更に一歩先に進めて見せた。
ルーナ・プレーナの後方を飛ぶインディ・ゴウからサリナ・ロウエルの声が響く。
「火炎列華!!」
インディ・ゴウの前方に炎の蕾が生み出される。蕾が開かれ一凛の花となり花弁が飛び散りルーナ・プレーナを襲う。それに対し、シモンは呪文を唱える。
「ヘイ・コー・マー!!」
ルーナ・プレーナの周りを浮遊する四機の魔術武器のうち漆黒の杯が反応する。漆黒の杯から水が溢れ出す。溢れた水は巨大な円盤となりルーナ・プレーナの後方に展開される。それに炎の花弁が触れ、一瞬で気化する。急激に膨張した水蒸気は爆発となり二体の偽神を襲うが常時展開されている障壁が水蒸気爆発の衝撃を防ぐのだが推進力を失い、二体の偽神が墜落していくが地面すれすれでコントロールを取り戻し再び空に飛翔し向かい合う形でピタリと止まる。
「やるね、シモン君。でも勝負はこれからだよ!」
インディ・ゴウがルーナ・プレーナを指差し宣言する。
「勝負って……これ起動試験ですよ。魔法で攻撃してくるなんて危ないじゃないですか!!」
「模擬戦は元々やる予定だったんだからいいじゃない。それが空中戦何て……私、すごく楽しい。もっとやろう! ね! シモン君!!」
サリナの声が少し上ずっている。興奮しているようである。逆にシモンはウンザリしている。アッシュもサリナも、いいやそれどころか神殺しの人たちは戦闘狂の集まりなのだろうか。
サリナが呪文を唱え始めるのを聞いてシモンはルーナ・プレーナを高速で移動する。それをインディ・ゴウが追う。ルーナ・プレーナとインディ・ゴウの鬼ごっこが再開された。
「飛んでるな……」
「飛んでますね……」
「凄い速さで……」
「ええ……」
シー・マーレーの操縦室にあるモニターでルーナ・プレーナとインディ・ゴウの空中戦を見ていたファインマンとアマラがボンヤリとした口調で呟いていた。目の前の光景があまりにも非常識すぎて頭が付いていかず陳腐な表現しか出来ないでいた。
ファインマンは頭を振ってボンヤリした頭に活を入れる。
「俺が作った物は一体何になったんだろうな? 偽神に飛行能力何てつけてないんだがなあ」
「ですよねえ……やっぱりシモン君の魔術の影響ですかね?」
「だろうな……なあ、アマラ。お前は魔術という術の事を知っていたか?」
アマラは考えつつ首を横に振る。
「だよなあ。かつて俺たちは狂神に対抗する術を求めた各地を巡ったが魔術なんて術は噂話でさえ聞いた事はなかった。それなのにシモンの父親は魔術が記された書物を手に入れていた……そんな偶然あり得ん。それにシモンはそれを読んで魔術を学んだらしいが……魔術というものを信じて学べるものか?」
「魔法とは別物の技術……効果があるかどうか分からない……普通はヨタ話の類だと考えるでしょうね。でも彼はヨタ話と決めつけなかった」
「愚直に信じて魔術を学んだ……どうしてそんな事が出来たのか? 下手をすれば人生不意にするかもしれんのに。俺はそれが信じられん? アマラはどう思う?」
アマラは答えが出せなかった。
「俺は……シモンが魔術の創始者じゃないかと思っている。それなら魔術の効果を知っていてもおかしくない」
「個人で作り出したって……それにしては完成され過ぎてるじゃないですか? 彼の魔術は生まれて十年そこらの少年が作り出した物ただとは思えません。何百年分の重みがある気がします」
ファインマンが神妙な面持ちになる。
「俺は……シモンが重大な何かを隠しているような気がしてならん」
「それを無理矢理聞き出すつもりですか?」
「それは……したくはないな。それに腹に一物を持っている何てここじゃざらだしな。言い出すのを待つさ」
ファインマンに言われにアマラが顔をしかめた。
「……それだと私たち全員悪党みたいじゃないか?」
「俺たちは神殺し、悪党どころか極悪人だ」
人々が信奉する神を殺して回る、超の付く極悪人と言えるだろう。その事実にアマラが吹き出した。
「違いありません。私たちは全世界の敵、神を殺す極悪人だ!」
笑い合う二人の頭上で警報音が響く。
「何事だ!?」
「ちょっと待って下さい! これから調べます!」
アマラが制御卓を操作して警報を止め、さらに操作をする。モニターにサヴァル砂漠とその周りの地図を出す。
「何、これ!? 南東の方角から無いかが来ます……何、このスピード! それに……この神格値……眷属クラスの狂神が来ます!」
神格値、この数値が高い程人々に崇め奉られている神であり、有名な神であるほど強い力を持つ強敵となる。今回の眷属クラスというのは崇められる主神に属する神の事である。従者的存在であるものの人々に知られているだけ強敵である。
「何の前触れもなくだと……今までそんな事はなかった。目的はここか? いや、違う!そいつの目的は―――」
未だに魔法による攻撃を仕掛けながら追いかけっこをしているルーナ・プレーナとインディ・ゴウの間を恐るべき速さで黒い何かが通過した。通過した後に凄まじい轟音と衝撃が二体の偽神を襲う。
「ウワァァァァッ!!」
「キャァァァァッ!!」
あまりの衝撃にシモンは気が遠くなる。機体の制御が疎かになり、ルーナ・プレーナは重力に従い落下する。インディ・ゴウも同じように落下していた。
(大丈夫、お兄ちゃん!?)
ルーナの思念が脳裏に響き、シモンは意識を取り戻す。ルーナ・プレーナを制御し落下は止まった。だが、サリナはまだ気を失っているようでインディ・ゴウの落下は止まらない。気を失った状態では障壁は張られてはいないだろう。このままでは地面に叩きつけられてしまう。そうなる前にシモンはルーナ・プレーナを操り、インディ・ゴウを空中でキャッチする。そしてゆっくりと砂地に着地する。
「サリナさん、大丈夫ですか!!」
インディ・ゴウからうめき声が聞こえた。サリナが意識を取り戻したようだ。
「……シモン君?」
「ええ、そうです。サリナさん、大丈夫ですか?」
「ウン、大丈夫……一体何が起こったの?」
「僕はよく分かりませんでした。サリナさんは何か見ていませんか?」
「何かって……そう言えばあの衝撃が来る前にインディ・ゴウの前を何かが通り過ぎたような……」
そう話していた時不意に日が陰った。遮る物がないこのサヴァル砂漠で太陽を遮る物とは。
ルーナ・プレーナとインディ・ゴウが空を見上げるとそこには人型の何かを確認する事が出来た。それがゆっくりと大地に降り、姿を確認する事が出来た。
偽神に匹敵する巨人。その顔は人のものではない、鳥類、それも獰猛な鷹の顔。手足に鋭い爪を持ち背中には二対の翼があった。体は黒い体毛に覆われていた。
「あれはもしかして……」
「狂神……」
二人の声に目の前にいるそれは怒りの声を上げた。
「我をそんな無粋な名で呼ぶな!! 我が名はファルケ・ウラガン!! 主を背に乗せる名誉を授かりし神鳥なり!! 我は主の命により神を殺して回る愚か者どもに天罰を与える者なり!! まずは神のまがい物を完膚なきまで破壊する!!」
狂神ファルケ・ウラガンはそう宣言すると再び飛び上がり恐るべきスピードで地面に向かって落下する。そして大地すれすれで方向を転換する。再びすさまじい衝撃がルーナ・プレーナとインディ・ゴウを襲う。今度は障壁を展開していたため衝撃は幾らか緩和されたが防ぎきれていなかった。体中に痛みが走る。
「一体何をやったの、あの鳥もどき!?」
自己修復が始まっているが痛みが取り除けるわけではない。痛みを誤魔化す為に大声で叫ぶサリナにシモンは応える。
「ソニック・ブームをぶつけてきたんですよ!!」
「ソニックブーム!?」
サリナは聞いた事のない単語に疑問の声を漏らす。ソニックブームとは主に戦闘機が音速を越えた時発生する雷のような轟音と衝撃波の事である。音速を超える為、本体の後方で轟音と衝撃波が発生する。ファルケ・ウラガンは音速で移動する事でソニック・ブームを作り出しルーナ・プレーナとインディ・ゴウにぶつけていた。
「そんな攻撃を生身で行うとは……さすがは神……いいや狂神か」
驚愕の声を漏らすシモンをファルケ・ウラガンは見下ろしていた。
「今の一撃で滅びぬとは……我が慈悲を受け入れ素直に滅びぬか、この知れ者がっ!!」
「滅びろなんて言われて素直に従うワケないでしょ!! このバカ鳥っ!! 本来あなたは金色に輝いているはずでしょう!! それなのに狂神の力を受け入れてそんな汚らしい色に染まって……嘆かわしい!!」
サリナはこの狂神の本来の姿を知っているようである。それ故、変わり果て狂神となった事をなじっていた。そしてサリナの一言はこの狂神の逆鱗に触れてしまった。
「オンナ……主より賜ったこの力を……色を汚らしいだと!! 慈悲を持ってただ滅ぼすだけにしてやろうと思ったが気が変わった。貴様は我が食ろうてやる。我の中で永遠に苦しめてやろうぞ」
「それが出来るものかっ!! 私はお前の仲間を何体も滅ぼしたいるんだ。あなたもその中に加えてあげるから覚悟しなさいっ!! シモン君、やるよ!!」
「はいっ!!」
シモンとサリナは上空のファルケ・ウラガンを睨みつける。その視線をファルケ・ウラガンは更なる怒りで受け止める。
二体の偽神ルーナ・プレーナとインディ・ゴウ、狂神ファルケ・ウラガンとの闘いが今まさに始まろうとしていた。




